憂鬱から遠く離れて

塩澤悠

第一章

序.~宿命~

第1話

『彼』がこの世に誕生うまれた時、俺の宿命は始まった。

頭に置かれた大きな手に軽く押され、覗き込んだ寝台の中の小さな、『赤ん坊』。

差し出した指を握る意外にも強い力に驚きながら、そっと、かたわらの父を見上げる。

「この子は誰?」

聞くと。父は俺の頭に置いていた手を自分の胸のちょうど心臓のあたりにかかげ、俺の問いに答えた。

「このお方は、『お前の君主あるじ』。今よりお前は光に添う影、まもる月となり、このお方に仕えるのだ」

今も覚えている。細い三日月の浮かぶ夜だった。

父に連れられて行った広大な屋敷。幾つもの部屋を抜けて通されたその部屋で聞かされた自分の『つとめ』。

もう一度覗き込んだ寝台の中。俺の『君主』は笑っていた。七つ違いの『彼』に、俺は父と同じ仕草を真似、頭を下げる。それは“忠誠”を意味する動作。

七つの俺にとって、護るという事、影となるという事がどういう意味合いを持つのか、真に理解していたとは思えない。

ただ、彼に仕えるということを、俺はあらがう事なく決めていた。

今もそれは変わらない。

月日が流れ、彼が十九になった、今も。

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