炎の魔王とOL勇者

甘灯

炎の魔王とOL勇者

《魔王城・玉座前》


「魔王!お前を倒す!このエクスカリバーでな!!」


 勇者は魔王に向かって剣の切っ先を向けると、高々に宣言した。


「…勇者よ、一つ聞きたいことがある」


(……ん?)


 【勇者】立花たちばな あずさは動きを止めた。


「勇者には“アイテムボックス”と言う道具があるそうだな?」


(え、なに、この台詞?)


 梓は戸惑った。


梓はこの『勇者が魔王を討伐する王道RPGゲーム』のコアファンで、何度も最初からプレイしている。

もはや顔馴染みである魔王だが、この日彼が発した言葉は聞き慣れているいつもの台詞ではなかった。


(ここは確か…『フハハ、我を倒してみるがいい!!』って言うところだったはず…)


 まさに魔王のテンプレの台詞だったので、梓は一言一句ちゃんと覚えている。


「武器や防具…回復薬や食べ物…あらゆるものがそのアイテムボックスとやらに仕舞えると聞く」


「そ、そうだけど…」


 ゲームキャラの【魔王】に声が届かないとはわかっているが、梓は反射的に声に出していた。


(冒頭のチュートリアルでNPCからアイテムボックスの説明は受けたけど…なんで、ラスボス戦のこのタイミングにアイテムボックスの話が出てくるわけ…?)


 梓はに落ちず、心の中で呟いた。


「そうか。空間から取り出しているように見えるが…どんな絡繰からくりがあるのだ?どうやって何日も食べ物を腐らずしまって置けるのだ?アイテムボックスの容量はどのくらい…」


「ちょ、ちょっと、待ってよ!一気に何個も質問投げかけないでよ」


「ああ…すまん」


「ま、待って!私の言葉が聞こえてるの?」


「ああ」


「…これは、どういう事?」


 梓は困惑した。


「貴方はNPCでしょ?」


「えぬぴーしー?それはなんだ?」


「プレイヤー以外のゲームキャラのことだけど…」


「プレイヤー?ゲーム?」


 梓の言葉に対して、魔王が首を傾げる。


(私、疲れてるのかも…ゲームキャラと話が通じてるとかありえない)


 梓はVRゴーグルを外し、ゲーム機のスイッチを切ると、すぐに寝た。




 チャリン、チャリン。

梓がモンスターを倒すと地面に硬貨が散らばった。


「モンスターを討伐すると、なぜ金貨コインが出てくるのだ?」


(………はぁ…)


 魔王の質問に、梓は露骨なため息をつく。

あの日以来、ゲームキャラである【魔王】と普通に会話が出来るようになっていた。


「なぜって…そういう仕様なのよ」


「ふむ。その仕様というものをもっと詳しく…」


 梓が歩き始めると、魔王も後に続いた。


「…なんで着いてくるのよ?」


「お前には聞きたいことが沢山あるからな」


(ゲームのバグ…な訳ないわよね)


「そもそもお前は勇者だろう?人類で最強の存在である筈なのに、雑魚モンスターを狩って、大した苦労もなく金貨かねを得ている事について、恥ずかしいとは思わんのか?」


「そ、それは、クエストにあるから…」


「クエストというものは知らないが、そのために罪なきモンスターを倒すのか?」


「それは…」


 魔王の率直な問いかけに、梓は言葉を詰まらせた。


「…一番納得いかないのは、なぜ『この私が倒されなければならんのか』と言う事だ」


「それは貴方が“悪”だからでしょ?」


「私が“悪”だとお前は言うが、私が悪事を働くところをお前は自分の目で見たことがあるのか?」


「それは…ないけど。貴方がモンスターに人を襲うように指示しているんでしょ!!」


「それは人間側の勝手な憶測だろう? 私は雑魚モンスターにそんな指示を出した覚えはない」


「うっ」


「そもそも勇者だからと言って私の許可なく、無断で城へ乗り込んで来たが、それは盗賊ら・・・と何も変わらんだろう」


「そ、そんなこと言ったって、魔王を倒すってゲームだし…」


「…解せぬ」


(確かに…私が魔王の立場だったら理不尽だとは思うけど…あくまでゲームだし……)


 魔王の手厳しい言葉攻めに、梓はぐうの音も出ずに押し黙った。


「………まぁ、お前にも勇者なりの“諸事情”があるのだろうな。これ以上、追求するのはやめておく」


 すると見かねた魔王が、なんと自ら助け舟を出してきた。


(あれ…?私が言い返せずに困ってたから気を使ってくれたの?)


 データでしかないゲームのキャラクターが気を使う?・・・・

『いやいや、ありえないでしょ!』と梓は一人ツッコミを入れながら、首を横に振った。


(相手はNPCよ?感情があるわけないじゃない…あ、もしかしてアップデートされてAI機能が追加されたとか…?)


 梓は今起きている不可思議な出来事の原因について考えるのだった。



あくる日。


「その雑草をどうするのだ?」


 梓が薬草を引っこ抜いていると、背後から魔王が声をかけてきた。


「雑草じゃない。薬草よ。これを使ってポーションを作るの」


「ほう」


 梓はVRゴーグル越しに表示された画面上のメニュー表から【合成】を開いて、集めた薬草をセットした。

すると“ ポン ”と軽快な効果音がして、手のひらに『ポーション』の小瓶が現れた。

ゲーム画面が見えてない魔王からしてみたら、いきなりポーションが現れたようにしか見えない。

素直に驚いた魔王の顔を見て、梓は思わず「ぶっ!」と吹き出した。


「錬金術か?」


「ま、まぁ、そんな所」


「…容器ごと精製したのか?」


「容器?」


「ああ…容器は何処から出したんだ?」


「え、えっと…」


「……ああ、そういう仕様なのだな?」


「そ、そう!」


「うむ、そうか…」


 最初はゲームシステムについて質問攻めの魔王だったが、梓が答えに詰まるとそれは勇者の事情で言えないと勝手に自己解釈して、深く聞くことはなくなっていた。


 『ゲームキャラの【魔王】と会話が成り立つ』

梓はこのイレギュラーな現象について、アップデートの際にAI機能が追加されたからだと考えた。

だがよくよく考えれば梓が遊んでいるこのゲームは家庭用VRゲーム機にパッケージ版『専用ゲームソフト』を差し込んで、終始オフラインで遊べるタイプのもの。


(これ、そもそもアップデートする必要のないゲームだものね。言うなれば90年代頃の家庭用ゲームみたいに…今はオンラインゲームが主流だからアップデートなんて当たり前にあるけど。やっぱりバグなのかしら?…最近、疲れ過ぎて私の頭・・・の方がバグってるのかも)



「…ああ、お前も言えない諸事情があるだろうに…色々と聞いて、すまんな」


 考えに没頭して黙っていた梓を見て、困らせたと勘違いした魔王が急に謝ってきた。


「別に…言えないんじゃなくって、説明するのが難しいのよね」


 梓は頭を切り替えて、顎に手を当てながら思案した。


ゲームキャラクターに話したところで、“ ネットゲームという『概念』がない者 ”がそれを理解できるとは到底思えない。


「そうか…すまんな。しかし、目の前で理解出来ないことが起こると聞かずにいられない性分なのだ」


「普通はそうよ。私も今のこの状況を説明してくれる人が居たら質問攻めすると思うわ」


 魔王の意見には激しく同意だと、梓は大きく頷いた。

梓が肯定することが意外だった魔王は、思わず目を見張った。


「お前も…そうなのか?」


「まぁね。でも今の状況は別に悪くはないって思ってるけど」


 梓はポーションをアイテムボックスへ仕舞うと、歩き出した。


(ま、素直に楽しめばいいわよね)


 梓はあれこれ考えるのが面倒になって、そういう仕様だと割り切ることにした。


「そう言えば、貴方って名前はあるの?」


「イグニス」


(あ、ちゃんと名前あるんだ)


 ゲームのキャラ紹介には【魔王】としか記載されていなかったので、彼に名前があったのは意外だった。


「ふーん、ならこれからは『イグニス』って呼ばせてもらうわね」


「ああ。…お前の名前も聞いていいか?」


「…アズサよ」


「そうか、なら私もこれからは『アズサ』と呼ばせてもらう」


「う、うん」


 魔王に名を呼ばれて、梓はなんだか照れ臭くなった。





    ◇◇◇◇    ◇◇◇◇





魔王と交流し始めて、数週間が経った。


《魔王城・食堂》


「私を討伐する目的は果たさないのか?」


「…貴方が悪いことをしたら倒すつもりよ」


「そうか」


(もし倒したら、もう二度と会えなくなるかもしれないじゃない)


 ただのゲームキャラなのにいなくなったら寂しいと思えるほど、梓は魔王と過ごすことに心地よさを感じていた。


 ー魔王を倒せば、ゲームはエンディングを迎える。

また最初からプレイした場合、目の前にいる『イグニス』が再び現れるとは限らない。

むしろ一度リセットされることになるから、【魔王イグニス】のデータが初期化されてしまう可能性の方が高いかもしれない。


「…ディナーに誘っておいて物騒な話をするのね」


「ああ…すまない」


「それにしてもイグニスがいきなり食事をしようなんて言うから、びっくりしたわ」


 重い空気を払拭するように、梓は茶化ちゃかすように笑った。

 

「そうか?…しかし、まさかアズサが食事を取れないとは思わなかった」


「体力が減ったら食べ物を摂取して回復するけど、貴方みたいに口で食べるという行為はしないわね」


「ふむ。ちなみに睡眠は取るのか?」


「取るわよ。宿屋で寝たら体力全回復できて、状態異常も治るし…」


「なるほど」


 魔王にとって、梓の話すことすべてが刺激のある内容だった。


「ただ、それは『この世界』での話よ。現実世界では食事も睡眠もしっかり取っているわ」


「現実世界…?」


「そう。現実世界にいる方が本物と言うか…生身の身体なのよ」


「…わからんな。なら今私の目の前にいるお前は…一体なんなんだ?」

 

 魔王は困惑した。


「…それを説明するのは、なかなか難しいわね。こちらの世界に来るためには『アバター』っていう、そうね…『この世界に適応した身体』がないと駄目なのよ」


「…うーむ。それは、つまり…依代よりしろが必要ということか…?」


「まぁ、そんなところね。意志のある動く人形とでも思ったらいいんじゃないかしら」


 『血も通ってないし』と、梓は身も蓋もないことを心の中で呟いた。


「なかなか信じ難い話だな…」


「そうね…貴方の立場ならそう思うわ」


 魔王の立場になって考えると、キャパオーバーしそうな話だ。


「ちなみに現実世界のお前は今の姿と同じ姿なのか?」


「全然違うわ。このアバターみたいな西洋の顔じゃないし、スタイル良くないし、美人でもないし」


「そうなのか?しかし現実世界のお前にも一度は会ってみたいものだな」


「ふふ…会ったらきっと幻滅するわよ」


 梓は皮肉に笑った。


「そんなことはない」


 魔王が即否定し、梓は思わず面食らった。






「え…起動しない!?」


いつものようにゲームを起動しようとした梓だったが、VRゴーグル越しの視界は暗闇のままだった。

本体のゲーム機のスイッチを何度か入れ直してみるものの、起動する際の機械音が全くしない。


「壊れた……?」


 梓は呆然とした。


「これ旧型モデルだから…もう出回ってないのに」





 その数日後。


(問い合わせの返答メールが来たけど…案の定、保証期間はとっくに過ぎてるから修理対応が出来ないって、ことだし。フリマアプリで探してるけど、やっぱり古い型のせいか……全然売り出されてないし)


 梓はパソコン画面を見つめながら、深いため息をついた。

梓の探しているゲーム機は今現在売られている最新型のゲーム機の二つ前の代物しろものだ。

運良く、ゲーム機が見つかるまで彼には会えそうになかった。


「また会えるのかしら…?」


 梓の目にじわっと涙が溜まってきた。






 しばらくゲーム機を探していたが結局見つかることはなく、梓がイグニスに会えなくなってから、1ヶ月が経とうとしていた。


「梓さん、VRゲーム機を探してるんだって?」


 ある日、同じ職場の男性が声をかけてきた。


「はい、でも旧型のゲーム機で全然見つからなくって…もう諦めようと思ってて」


「それって、もしかしてこれ・・?」


 男性はスマホを操作してある画像を、梓に見せてきた。


「あ!!そ、それです!!」


 梓は途端に大きな声を上げた。


「これ、よかったらあげるよ。起動するけど最新型のゲーム機があるからさ。そろそろ処分しようと思ってたところだったんだ」


「本当ですか!?ありがとございます!!」


 梓は職場ということを忘れて、思わず大きな声を上げた。




 ゲーム機を譲り受けたその日、仕事から帰った梓はすぐにゲームを起動した。


「いない…」


 魔城に着いた梓だったが、肝心の魔王の姿がどこにもない。


「……どこにいるんだろう」


 梓は魔城内を探し始めた。




「ここにもいない…イグニス…どこにいるのよ」


 梓は膝を抱えて、その場にしゃがみこんだ。


(もし会っても…以前のイグニスじゃなかったらどうしよう…)


 何が起因であの現象が起こっていたのか分からない。

以前と揃っていたものが一つ・・でも違ってしまった時点で、例えゲームソフトのデータを引き継いでいたとしても、『梓の知る魔王イグニスではない』可能性は十分にある。


「…………」


 途端に不安になった梓は、クズっと鼻をすすった。


「…何を泣いているんだ?」


「!?」


 懐しい声に、梓は顔を上げた。


「…イグニス?」


 魔王の名を呼び、梓はすくっと立ちあがった。


「しばらく会わないうちに私の顔を忘れたか?」


 魔王は悪戯ぽく、梓に笑いかける。


「わ、忘れてないわよ!」


 梓は袖で涙を拭って、強がって見せた。


「そうか、それは安心した。…しかし待ちくたびれたぞ」


「私を…待っててくれてたの?」


「ああ。何かあったのかと心配していた」


「それはごめんなさい…」


「別に謝ることはない」


 魔王は首を横に振った。


「ああ、そうだ。アズサに聞きたいことがあるんだ」


「え…なに?」


「沢山ある。アズサが居ない間に聞きたいことを書き留めていてな」


 魔王は懐から洋紙を取り出した。

それはまるで巻物のように床に付く長さで、びっしりと文字が書かれている。


「ど、どんだけあるのよ!?」


 梓は目を見開いた。


「ざっと100ぐらいはある」


「多すぎよ!!」


「これでも厳選したつもりなのだがな」


 イグニスの言葉に、梓は呆れてため息をついた。

しかしそれが梓が『好きな魔王イグニス』なのだ。


「…いいわよ。とことん聞いてやろうじゃないの」


 梓はドン!と床に胡坐あぐらをかいた。

イグニスは少し驚いたが、実に嬉しそうな笑みを浮かべる。


「恩に着る。早速だが…」




 



【 この二人が真のエンディングを迎えるのは……まだまだ先のお話 】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

炎の魔王とOL勇者 甘灯 @amato100

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ