第8話


 側妃ティルスディアに毒が盛られた。

 その知らせはすぐに国王であるシャーロットにも伝えられた。

「ティル!!」

 シャーロットは執務を放り出して、慌ててティルスディアの部屋に入ると、ぐったりとしたティルスディアが力なくベッドで横たわっていた。

「陛下」

「私のティルに毒が盛られたと聞いた。容態は?」

 王宮医はこうべを垂れた後、ちらりとティルスディアを見る。

「あまりいい状態とは言えません。飲んだ毒の量が少量であったことと、そばにいた騎士たちの迅速な応急手当。そしてティルスディア様自身の毒による耐性のおかげで、何とか命を繋いでいる状態ですが、今夜が峠でしょう」

「そ、んな……」

 シャーロットはフラフラとティルスディアのそばに行く。

 白い肌は病的な白さで、生気を感じられない。頬に触れると冷たくて、生きているというのが不思議なくらいだった。

「……毒の特定は済んでいるのか?」

「はい。現在解毒薬を作っている最中です。複数の毒薬が混ざっているため、調合を急がせています」

 長年王族に仕えている王宮医が言うのだから、遅くとも今夜中には解毒薬が作られる。

 それまでにティルスディアが持ちこたえられるかどうかは、誰にもわからない。

「シャーロット陛下。ティルスディア様はもしや……」

 診察している時に気付いたのだろう。だが、その答え合わせをしてやるつもりはない。

「……少し、2人きりにしてくれないか?」

 最愛の妃が毒に倒れたのだ。しかも、その妃は彼の唯一の家族。

 もしかしたら最後になるかもしれないと思えば、王宮医も強くは出られない。

「……わかりました。ですが、お2人にできる時間は四半刻です。それ以上は御身の安全に関わります」

「ああ」

 王宮医が出ていくと、シャーロットはベッドの端に座り、ティルスディアの頬を撫でる。

「ティル。――私の、サフィ。目を覚ませ。いつもなら何故起こさなかったと怒るくせに……」

 反応のないサファルティアを見るのは辛い。

 血の気の無い唇を撫でて、触れ合わせると、僅かに唇が震えた。

「へ、……ぃ……か……」

「サフィ!?」

 意識が戻ったのかと歓喜しそうになる鼓動を抑えるが、夢現なのか、それ以上動くことはなかった。

 シャーロットは怒りに任せて舌打ちをする。

 ティルスディアを……愛しいサファルティアをこんな目にあわせたやつが憎い。

 衝動のまま剣を抜いて、今すぐ犯人を殺してやりたいが、それは王としても、人としても許される行動ではない。

 何よりも、王としても兄としても自分を敬愛してくれているサファルティアが望まない。

「……私のサフィ。お前をこんな目にあわせた犯人を必ず捕まえてやる」

 既に衛兵たちには指示を出してある。

 数日以内には候補くらいは絞り込めるだろう。

 最悪、片っ端から処分することも厭わない。

「サフィに怒られてしまうな。だが、お前が目覚めなかったら本当にやるからな」

 シャーロットはサファルティアが思っている以上に苛烈な性格をしている。

 ただ、サファルティアにカッコいいところを見せたいから我慢しているだけで。

「愛している、私のサフィ」

 シャーロットはもう一度サファルティアに口付ける。

 柔らかくて、ほんのりと温かい唇は、サファルティアが生きていることを実感できる。

 シャーロットは侍従が呼びに来るまで、ずっとサファルティアに寄り添っていた。


 サファルティアの目が覚めたのは、二日後のことだった――。

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