第31話 敗走
シエルを襲った黒い影は、アニスたちの前に着地した。そして、宙を舞ったシエルはアニスたちの後方に音を立てて、落下した。
シエルを突き飛ばし、停止した黒い影の姿が見える。焦げ茶色の体毛。大地を踏みしめる四本の足。口から見える鋭い牙。
その特徴は、迷いの森に生息する、突進イノシシと呼ばれるモンスターで間違いなかった。しかし、そのサイズは一般的な突進イノシシとは一線を画す大きさだった。一般的な突進イノシシのサイズは八十センチ前後なのに対して、その突進イノシシのサイズは子供程度の身長──少なくとも百二十センチを超えていた。
「この大きさは……まさか、ボスモンスターですか!? しかし、第五層のボスモンスターの復活までには、まだ猶予が十分にあるはず!」
シエルを襲った突進イノシシの大きさを見て、ロキが驚きの声を上げる。
ダンジョン内の各層に陣取るボスモンスターは、おおよそ一カ月周期で再復活する。冒険者ギルドでは、魔石の買取などでおおよそ討伐されたモンスターの種類や数を把握しているため、討伐後の再復活までの時間予想を公開しているのだ。ボスモンスターは通常のモンスターと比較すると強力なため、この情報はあまり強くない駆け出し冒険者には命綱になることもある。
カイニスが第六層のボスモンスターの復活を知っていたのも、冒険者ギルドの再復活時間の予想によるものだった。しかし、第五層のボスモンスターに関しては、冒険者ギルドの再復活時間予想によると、まだ一週間以上の猶予があるはずだった。
「ねえ、シエルが! どうしよう……」
アニスがシエルに駆け寄った。アニスが悲痛の声を上げる。シエルは地面に仰向けになって倒れている。振り向きざまに突進されたためか、脇腹から腹にかけて血がにじんでいた。シエルが起き上がろうとして、うめき声を上げた。
「っ! 拙僧が回復の秘跡を、痛み止めくらいにはなります」
アニスの言葉とシエルのうめき声に、ロキが行動に移ろうとした。しかし、シエルはそれを制止した。
「……かまわない。回復ポーションがある。かなりの怪我も治せるものだ。アニス、俺の腰のポーチからポーションを取ってくれ、蓋が六角形のものが回復ポーションだ」
「うん」
頷いたアニスがシエルのポーチを開けた。そして、ポーチの中を覗き込んだ。そうして、アニスは青い顔をしながらシエルに言った。
「シエル、どうしよう! ポーション、全部割れてる……!」
「……なんだって?」
シエルの腕が重そうに腰のポーチを漁った。しかし、ポーション容器の固い感触は無かった。シエルの手が感じたのは、ビチャビチャとした液体の感覚。それと、砕けた後と思われる小さな破片の感触だけだった。
「クソッ! 落下の衝撃で全部割れたのか! すまないロキ、前言撤回だ。回復の秘跡、頼めるか……?」
シエルが悪態をついた。しかし、その言葉で脇腹の傷が痛んだのか顔をしかめた。そして、申し訳なさそうにロキに回復の秘跡を頼んだ。
「お任せください。しかし、ここにとどまって秘跡をかけるより、突進イノシシから逃げつつかけたほうがよいと思います。現在の拙僧たちでは、足止めが命取りになりかねない。その、運ぶ際に少し、痛むかもしれませんが」
「わかった。それでいこう」
シエルはそのロキの提案を即決で快諾した。
「シエル殿は拙僧が抱えます。これでも鍛えておりますので」
「それは見ればわかる」
背中にカイニスを背負っていながら、力こぶこ作るロキ。ロキ自身、上半身に何もつけていないため、その立派な筋肉は十分に見て取れた。
「アニス殿は
「わかった」
ロキの指示にアニスが頷いた。ロキはその返答に満足そうに頷くと、
「では、三秒後に走ってシエル殿を回収、離脱します」
そう言って、突進イノシシと正面切って対峙していた足の向きをゆっくりと変えていった。
「三、二、一……、今!」
そう言うと、ぐるりと足に合わせて腰をひねり、ロキは走り出した。片手を下にして、シエルの身体を抱き起こし、抱えた。
ロキの急激なその動きに反応して、突進イノシシの前足が、大地を削った。何度か、その場で試すように足を動かした後、突進イノシシはロキに向かって勢いよく駆けだした。
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