8件目 知らなかったこと
「うわぁ、やっぱり混んでるなぁー」
とある祝日のこと。
久しぶりに一日中、なんの用事もなく暇を持て余しそうだったので、俺は街のショッピングモールにやって来た。
そこは案の定、カップルや家族で来ている人たちが多く、一人で歩いていると少し寂しく感じてしまう。
辺りを見渡すと、楽しそうに水着を選んでいる女子高生や、父親の腕を引っ張ってゲームセンターへ入っていく子ども。なんだか懐かしい気分になる。
特にこれといった目的も無い俺は、店内をぶらぶら歩き回っていた。
「……そういえば、あの漫画の新刊が出てたんだったな」
急ぎ足で、目に入った本屋に入り、新刊コーナーへ向かった。
青年ジョンプ、青年ジョンプ〜♪
案外、自分の欲しい漫画を探す時間は嫌いじゃない。他のことを考えず、一つのことに没頭するという時間はなかなかに悪くないものだと思う。
「お、あったあった!」
残り一冊のその本に手を伸ばす。
すると、隣からも違う手がスッと伸びてきて、同じ本を掴んだ。
あ、あぁ……。あぁ……。
クソっ、俺は欲しい本すら取れないのか…ッ!
「——あら、お兄さんもこの漫画読んでたのね」
突然聞こえてきた声に驚いた。
それは、とても優しくて温かい、聞き慣れた声だった。
「えっ、お、お姉さん!?」
「こんにちは。今日は家にいてもやることがなかったから、散歩ついでにここに来たのよ」
「そうなんですか。それで、この漫画は……」
「あなたも好きなんでしょ?残り一冊だし、あなたに譲るわ」
「よっしゃ!…あ、けど、それじゃあ、お姉さんはどうするんですか?」
「そうね……。今日、私の家に来ない?そこで先に読んでもらって、そのあと私に貸してもらえるかしら?」
「えっ!?」
これって、お家デートのお誘いなのか!?もし、そうじゃなくても、これはお姉さんとの距離を縮めるチャンスなんじゃ!?
「ダメ、かしら?」
彼女は不安そうに首を傾げる。
そんな姿すらも可愛いと思ってしまうのは、この世で俺だけではないだろう。
俺は、早く自分の意思を伝えたく、即答した。
「いえ!行かせていただきます!」
「ふふっ、よかった。ずっと一人だと寂しかったの」
反則だろ、その発言ッ!!
「お姉さん、寂しがり屋なんですね」
「仕方ないでしょ。これでも女の子なんだから。……それに、私のことずっとお姉さんって呼んでるけど、ちゃんと
腰に手を当てて、俺の前で人差し指を立ててそう言ってくる。
そういえば、名前はあんまり見てなかったな。他の人の荷物はちゃんと確認してるのに。
「えっと、里美、さん……?」
「ふふっ、よろしい。なんですか、
一瞬、時が止まったかのように感じてしまった。俺の名を呼びながら微笑む里美さんの姿が、あまりにも無邪気で可愛らしかったからだ。
「そ、それはほんと反則ですよ……」
「ん?」
恥ずかしさで押し潰されそうだった俺は、しばらく彼女と目を合わせることができなかった。
「どうして俺の名前を…?」
「名札に書いてあったからね」
「なるほど…」
「それとも、お姉さんにはなんでもお見通しって言ったほうがよかった?」
「いや、そういうのは別に大丈夫です…」
「ふふっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます