いつか住みたい素敵なお城

津麦縞居

いつか住みたい素敵なお城

 目の前には広大な草原、背後には石造りの巨大な城――。


「おぉぉぉ……。うおおおおおおおお!!!」


 まるで本物のような美麗グラフィックに、思わず雄叫びを上げてしまった。サラサラサラ~っと風が草を撫でる音まで鮮やかで、立体音響の極みだ。

 しかし、間もなくその感動は短い電子音で遮られた。右上のコメント枠に『耳元で叫ばないでくださーい by護守』と表示されている。


 志乃しのは、体験型ゲームのテスト……の更に前のテストに協力している。


 大学の先輩に『モニター試験する前に部外者で試したいんだよねー』と上手く乗せられた。ただの呟きのようにも聞こえる言葉だが、志乃にとっては夏休みの数日間を買い取られたようなものだ。

 大学生の趣味に付き合うだけで数千円の謝礼金を貰えるというのだから、悪い話ではない。


 とにかく謝礼金目的でプレテストチームに参加することになった志乃だが、予想以上の完成度にすっかり異邦人の気分を満喫していた。


「失礼しました。感動しすぎて、マイクつけてるの忘れました」

『はいよ~:>』

 ピコン、と短いコメントが出て消える。

護守まもり先輩、モブ……人物や動物もいるんですか?」

『いる。出すとちょっと重くなるんだけど、興味あるならやってみるか』

 左上に『+1400体(モブ)』が表示された。城の上空で何ヵ所かが光ったように見えたので、その周辺に出現したのだろうか。辺りを見渡してみる。

「護守先輩、すごいですよ! 少しも動作変わらないです!」

『うーん』

「『うーん』?」

『城の中に案内役を出したから、ちょっと会いに行ってみてくれない?』

「城に、入って良いんですか?」

『そう。なんか、刺客が出る設定になっちゃってるんだけど、まあCGだし、気にせず強行突破しちゃってね。スキル[壁抜け]をつけておく』

「了解です」

 背後にあった鉄製の柵に触れると、スッと腕が通り抜けた。『スキル』と言われたということは、これは基本仕様ではないのだろう。


 少し進んで、触れられるほどの距離に城壁を見る。石のレンガ一つ一つに模様が彫られている。細かい。

『左側、門に騎士3体いる?』

「います。なんと言うか……警備サボってるっぽいですけど、合ってます?」

『おーけー、通常運転。そのまま玄関からまっすぐ壁を突っ切って』

 ふと、志乃の脳裏に「そういえばこれ、どういうコンセプトのゲームだっけ?」という疑問が浮かぶが、気にしないよう、とにかく前へ進む。


 壁の向こうには芝生が数メートル広がっており、その先に10階建てビルくらいの高さがある城が出現した。


「そういえばさっき、手前の城壁の端が光ってたんですけど、なんだったんですか?」

『多分、王族がこっそり飼ってる猫』

「へえ……」

 だったら見たいんだけど――という言葉を飲み込み、玄関へ回る。まだ、門があった。


 木の門と石の道が稼働し、ゴォォ……と地下通路が出現する。

「地下通路……」

『いつの間にか友達が作ってた』

「コウモリ?が飛んでますよ、すごく滑らかに。なんか、滑空してます」

『それ、エンドレスハントモードって呼んでるバグだ。低確率だけど、狩りの瞬間がエンドレスで再生される。確認済みだよ~』

 コウモリがハンターということは、モブ1400体のうち1000体くらいは虫かもしれない。

「……ところで、ここ、コロッセオとかそういうところをもとにしてますか?」

『あ、知ってた? モデルのひとつはそれだよ。魔法の国に全手動のからくりって面白いでしょ。城の中庭には、古代のエレベーターとかもあるよー』

 地下通路を抜けて再び地上に出ると、ガガガ……と地下通路の入り口が閉ざされた。

「なんでわざわざ地下通路を?」

『馬車に轢かれるモブが続出したから』

「気の毒に……」

『そうだ、ついでに問題の馬車も見てもらおう』


 左上に『+暴走馬車 (ご令嬢各位 !!)』が表示される。


「……? プレイヤーって令嬢なんですか?」

『そう。侯爵令嬢が王城の人々を攻略するゲームなんだ。恋愛ルート、下克上ルート、国家転覆ルート、時空を越える大スペクタクルルート、の4種類がある。王城の人間に出会った時点から分岐がはj――』

 護守のコメント入力の最中、突然ガラガラガラと車輪の音が響いた。爆音である。

 音量調整機能はないのだろうか、と思った刹那、黒い塊が目の前を通りすぎた。

「……今のが、……暴走馬車」

『見えた?』

「見えなかったです。黒い影になってました。スピード感、バグってます?」

『これもデフォルト。ここで生き残った令嬢が王城内へ進める。やっぱり、注意力のない人は権力の波に揉み消されちゃうでしょ? ちょっとした優しさかな』

「意地悪!?」

 案外、過酷なゲームらしい。


 無事、城の中に入ると『案内役:伯爵家出身の侍女』と『案内役:男爵家出身の執事』が登場した。


「そういえば、音量調節ってどこですか?」

『ゴーグルの右側』

 話しながら侍女を選択する。

 ふんわりと広がるレースと柔らかい色合いのツヤツヤなドレスが可愛い。

『侍女か。これで、恋愛ルート確定ね』

「執事は?」

『国家転覆ルート』

「他は?」

『城門で騎士を拐って下克上ルートか、もしくはここで執事を誘惑して――』

「設定が独特ってのはわかりました。この後は城内を探検できたりするんですか?」

『いや、もう止めとこう』

「どうしてですか?」

『モブが100体くらい、玄関に向かってるみたいだ』

「それなんですけど、『玄関』じゃなくて『エントランス』って言うことにしません?」

『とにかく、退出――』

 何かの不具合が発生したのだろう、と志乃はすぐさまゴーグルを外そうとした。

 しかし、その瞬間に視界の隅で執事の首がだらりと垂れ下がった。思わずそちらへ目を向ける。

「あー! 見ないほうがいい!」

 護守が現実で叫ぶ。


 執事が首から血をしたらせてその場に倒れたのを見届けた時、自分の視界も床に伏せてしまった。

 ただ、ここで諦めたくはないと思った志乃は、[壁抜け]のほかにもスキルが付与されていることに気が付いた。

 咄嗟に侍女を自分の位置と[入れかえ]をし、[音速]で刺客の短刀を叩き落とす。[気絶]で刺客を10人ほど一気に倒したところで、ふと我に返った。


 志乃はゴーグルを外し、殺風景な部屋に戻ってきた。

 ゲーム画面には衝撃的な映像が広がっている。さっきまで居た場所には黒っぽい衣装に身を包む俊敏な人間がさらに100人ほど暴れまわっているのだ。侍女は連れ去られていく。


「ええと、護守先輩……?」

「ハッキングされちゃった」

「はい?」

「友達が怒って、忍者を投入したっぽい」

 王城内の高貴な人々は逃げ惑い、一部の騎士は忍者と戦いを繰り広げている。

「これが、VR……」

「技術の高さは自慢したいけど、忍者って、こんなに派手で良いのか?」

「でも、こういうのも面白いです」

 アクション系忍者が滑らかに動作することに感心しつつ、ああそういえば、と志乃は城壁を映す画面に目を凝らす。

 城壁の内側、その影に猫はいなかった。

 その代わり、うつぶせのまま居眠りをする農夫がいる。

「……先輩、城壁の影におじさんが潜んでいます」

「あー、それは大丈夫。オリジナル。忍者と言えば、農民でしょ?」

「異世界ファンタジーに忍者を入れる案は初めからあったんですね」

「忍者は、ね」


 後日、志乃のもとに謝礼金数千円とゲーム映像が手渡された。

 パッケージイラストは非常に美しいが、

『大草原の大きなお城〈体験版〉~元気な令嬢のドタバタ活劇!~』

と、タイトルに趣味の悪さが染み出している。

 添えられた手紙には、

『ゲームジャンルは異世界ファンタジー×乙女ゲームに決定。忍者の登場シーンで共同開発者と揉めてるので助言求む!』

 とあった。



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