魔族のボク、人間のキミに拾われ家族になる

茉莉鵶

序章

第1話 魔族、人間に拾われる

四月五日────


 「おはよう?春花はるか。」


 ダブルサイズのベッドの上で、微睡むボクの真横から、そんな声が発せられた。


 「お兄ちゃん?おはよう。」


 その声に向かって、ベッドの上で身体をゴロンと回転させると、目の前に現れたお兄ちゃんにあいさつを返した。

 ボクとキミは、一緒のベッドで寝ている。そう、ボクがお兄ちゃんに拾われたあの日からずっと。


 「あのさ…?春花。話したいことがあるんだけどさ?」


 一体、どうしたのだろう?お兄ちゃんが真剣な表情をしている。こんな真剣な表情を見るのは久しぶりだ。そう、あの日みたいな。


六年前、三月二十四日────


 あの日は、ボクにとって最悪な終わりの日でもあり、最高な始まりの日でもあった。


 それから更に遡ること数百年前、ボクは中位の魔族の子供として生を受けた。魔族でも成長が遅い種族の為、生まれてから三十年程経っていたが、地球の子供でいえば十歳程にしか育って居なかった。

 そんな時のことだ、長きに渡る勇者と魔王様との争いで、まずは父親が駆り出され亡くなり、母親も駆り出されてしまい結局帰っては来なかった。

 憎き勇者のせいで、両親を失ったボクは、孤児になった。それから、色んな魔族に拾われては捨てられを繰り返しながらも、ボクはどうにか生き永らえ力をつけていた。


 孤児になって数百年後、ボクは“災厄”と呼ばれるようになり、両親の仇の憎き勇者達を苦しめる為、世界各地で暴れ回っていた。


 そして、運命の六年前のあの日。

 いつものように、人里に侵入したボクはひと暴れしようと体勢を整えた。すると突然、ボクの目の前に一人の女神が現れた。


 ──「いた!!やっと見つけたよ。もうさ?こんな事やめにしないか?」


 女神らしくない俗っぽい話し方で、ボクにそう問い掛けてきたのだが、女神とは一戦交えてみたかったボクは、聞く耳を持たなかった。


 ──ガギンッ!!ギギギギッ…!!


 気付かれないと思ってボクは斬撃を放ったが、あっさりと携えていた剣で受けられてしまい、鍔迫り合いの状態になったが、力の差は歴然としていた。ボクの完全なる敗北を喫したと分かった瞬間だった。


 ──「ああ。頭に虫がたかるくらい、遅いよ?もう、終わりにしようか?【退行】!!」


 女神と鍔迫り合いしていた剣から【退行】魔法が伝播し、ボクの身体は孤児となった時点の、十歳ほどの子供の姿へと退行させられてしまったのだ。


 ──「やっぱりな?可愛いらしい表情が出来るじゃないか!!そんな小僧みたいな時代も、お前さんにはあったじゃないか!!なぁ?」


 可愛らしい?そんな事言われた事など…。両親には、言われていたのかも知れないが、遠い昔の記憶だ。覚えていない…。


 ──「じゃあ、行くぞ?【空間転送】!!」

 ──パチンッ!!


 ふと、昔の事をボクが思い出そうとしてしまった隙を、女神に狙われた。

 指を鳴らした音が聞こえたと思ったら、見知らぬ世界に連れて来られていたのだ。


 ──「これまでの事は、赦してやる。だから、お前さんはここで幸せになるんだぞ?いいな?私は見てるからな?」


 そう言い残すと、女神の姿は徐々に消えていき、完全に見えなくなってしまった。

 急に、こんな見知らぬ世界に、ボク一人だけ置いてかれたと思ったら、頭の中がパニックになってしまった。

 驚くべきことに、思考まで退行してしまっているようだった。先程まで使えていた魔法や能力は、使おうと試みるが発動しない様子だ。


 「なあ?ボク。迷子か?お母さんは?」


 そんな状況下に置かれ、狼狽えていたボクの背後から、急に声を掛けられた。

 身構えながらもボクは、声のする方へ恐る恐る振り向くと、青年がこちらの目線に合わせるようにしゃがみ込んで、ボクを見ていた。


 「ボクには…お父さんも、お母さんも、居ません…。」


 何故かは知らないけれど、この時のボクは目の前にいる青年には嘘つきたくないと感じ、ありのままを語っていた。

 これがボクと、今はお兄ちゃんと呼ぶ…キミの家族になる為の、大切な出逢いだったことには違いない。

 でも、まだこの時のキミには、ボクの秘密を知る由もなかったんだ。


 「マジかよ…?!本当に、居ないのか!?」


 「はい…。居ません…。」


 『ボクの両親は、勇者のせいで亡くなりました。』と言えたら、どんなに楽だっただろうか。今思えば、キミなら信じてくれたかも知れない。


 「うーん…。もう暗くなるしなぁ…。そうだなぁ…。明日、どうするか考えようか?とりあえず、今日は俺の家に泊まってくといい。」


 思い出す程、この日が懐かしいと感じる。もう、キミと出逢ってから六年も経ったのだ。


 そう…。これは…“災厄”と呼ばれた魔族のボクが突然現れた女神に敗北を喫し、その女神の力で人間で言うところの十歳程の孤児になった頃の身体へと退行させられ、地球に連れて行かれた挙句、人間のキミに拾われて、色んな意味でキミの家族になっていく物語。


────


 確か…この頃のキミは、地元の公立高校に通う十七歳くらいの年齢だったと思う。


 「うーん。それにしても、ボク。どこから来たんだ?ご両親、居ないって言ってたけどさ…施設とかから逃げてきたのか?」


 キミと手を繋いだボクは、キミの家までの道のりをゆっくりとした足取りで歩いていた。その間、キミはボクに質問ばかりしてきていたのを覚えている。


 「分からないんです…。どうやってここに来たのか…。」


 「そうきたか…。分からないのが、一番困るんだけどな…。じゃあ、なんか覚えていることあるかな?」


 まともに言えることなんて一つもなかった。『知らない女の人に、無理矢理連れてこられたんです。』とでも、キミに言ってしまえば良かったのかも知れないが、もし言っていたら、今頃ボクはキミの側には居ないだろうな。


 「お腹空きました…。」


 「もしかして、何も食べてないのか?身体中泥だらけだし…家に着いたら、まず風呂に入ろうか?」


 風呂とは一体何なのか、この時のボクには理解出来なかった。それ以前に、この世界の言葉で難易度が高いと言われる日本語を、理解出来てしまっていること自体がおかしかった。あの女神に、ボクは一杯食わされたと、この時点で気付くべきだったが、この時のボクにはこの世界の情報が殆ど無く、パニック状態で全く良いところ無しだった。


 「はい…。お腹空きました。」


 当時、ボクのお腹は常に空いていた。その飢えを満たすかのように、人里を襲撃していた。愛にも飢えていたのだと思うが、ボクは愛については一切向き合おうともせず、知ろうともしなかった。だから、“災厄”と呼ばれる程に老若男女問わず、容赦なく憎き勇者を輩出し続ける人間を、数え切れぬ程葬ってきた。

 女神が“災厄”と呼ばれていたボクを、孤児になって間もない頃の姿に退行させた意味は、六年経った今となっては、理解しているし感謝さえしている。

 孤児になって間もない頃のボクは、家にあったお金で暫くは何とか生きていけていた。でも、騙されてお金も家も失い、他人を信用できなくなり、悪事に手を染めるしか無くなって墜ちていったのだ。

 自分の身体の汚れ具合から見て、家を失って路上生活をし始めたくらいだろう。でも未だに謎なのは、ボクだけが退行させられたのか、時間を巻き戻されたのか、そこは定かではない。


 「そうか!!俺、弟と一緒に風呂入るの夢だったんだよな…。俺ひとりっ子で、両親は居ないしさ?諦めてたんだよ。」


 風呂とは何かをボクが知っていなかったから、今のキミとボクとの関係が成り立っているようなものだ。

 これから巻き起こるひと騒動があるとは露知らず、キミの家へと向かって行った。

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