12

 入院生活は一週間ほど続いた。


 特に酷かったのは左腕だ。エネルギーコアの炸裂に間近で曝されたためか、火事場の馬鹿力の反動か。手首から前腕にかけて複数箇所の骨折。上腕二頭筋や前腕の屈筋の断裂。末梢神経も損傷していて、しばらくは指先一つ動かすのにも苦労した。もう少し酷ければ二度と元のようには動かなくなるところだったらしい。


 ひっきりなしに個室へ訪れる情報部門の調査官たちからは、朝も夜も関係なく根掘り葉掘り聴取を受けた。極めつけには三日目の昼過ぎ、視線で三人くらいは射殺いころしたことのありそうな若い女性の法務将校がやってきて、戦場における私の一挙手一投足に対し法的な観点から執拗とも思えるほどに糾弾しまくってきた。そのせいで、しばらくはドアの開け方一つとっても規律違反になるんじゃないかとビクビクしながら生活することとなる。


 お見舞いには誰も来なかった。私が入院していることなんてごく一部の人間しか知らないのだから、当たり前だ。


 退院した後は、部屋に戻って荷物をまとめた。ギプスを着けた左腕が使えなかったせいで丸一日かかった。


 テキストや参考書は全部置いていくことにした。もう授業に出ることもない。図書館に寄贈するなり焼き芋の燃料にするなり好きにすればいい。


 研究から離れるのだけは、少しだけ気が引けた。引き継ぎだってまだまともにできていないのだ。けれど、今更後悔しても、もう遅い。


 そうしてまとめた私物は、小さなトランク一つに収まった。


 自室だった部屋を後にする。


 廊下ですれ違う学生たちの視線を感じながら、エントランスを抜けて、バイオメディカルコース生用の女子寮を後にする。


 快晴だ。


 門出には、ぴったりな天気である。


 清々しかった。もう少し湿っぽい気分になっても良さそうなのに。


 もう二度と振り返らないつもりで、私は歩き出す。


「──カレンっ!」


 名前を呼ばれた。


 私は立ち止まる。


 背後から、アシュ・レンベルクの声がする。


「……やめるって、ほんと?」


「ええ」


「どうして、」


「避難誘導の無視、正規ライセンス未所持の状態でアーコスに搭乗し無断で出撃。その他もろもろの規律違反。理由なんて挙げればキリがないわ」


「……バカげてる。あなたは人助けのためにアーコスに乗ったのに。それに【ベヒモス】を一人で倒したばかりか、【マローダー】の新種までやっつけたんでしょ? 単独で一個小隊以上の戦果を上げてるんだ、本来だったら勲章をもらってもいいくらいの功績だよ」


「そうね」


 アシュの言葉はまったくもってその通りだったので、私は素直に頷いた。たしかにあの働きは勲章ものだったのだろう。


「なんだったら教授陣に抗議したっていい。うちのプロジェクトのみんなも同じ気持ちだ。コース生を集めてデモでもすれば、流石に頭の硬いアカデミー上層部だって……」


「…………なにか勘違いしてない?」


「え?」


「私、アカデミーはやめないわよ? バイオメディカルコースから転科するだけで」


 私は振り返る。アシュは目を丸くして私の顔を見て、それから視線を胸元に移す。そこには楯形のバッヂが、陽光を反射して鈍く輝いている。


「なにそれ。……本物の勲章?」


「特殊戦果章」


 そう呼ぶらしいが、私もいざ自分が授与されるまで存在を知らなかった。


 戦闘での特異な功績を讃える勲章だそうだ。ただし、あくまでも『特例で』という枕詞がつく。無数の規律違反があった上でも私の戦果を無視することができず、渋々用意された妥協点がこの勲章ということらしい。


「なんだよも〜〜〜〜〜心配してソンした!」


 アシュはへなへなとその場に崩れ落ちる。


 …………ところで。


「──今日はつなぎじゃないのね」


「あ、うん。義足の交換とか戦災者向けカウンセリングとかで休学してたから」


 アシュは珍しく私服だった。


 オーバーサイズの真っ黒いパーカに、でっかいロゴの入ったキャップ。足元にはスポーツブランドの白いハイテクスニーカ。そしてショート丈のソックスに包まれた例のつるすべなふくらはぎは、アースカラーな緑のスカートから伸びていた。


 思えば私はアシュ・レンベルクのことを何も知らない。性別すらも噂や外見や言動の印象から勝手に決めつけていたような気がする。


 ずっとずっと気になっていたことを、一応確認しておく。


「あなたって、ほんとは──」


 女の子だったの、と訊きかけて慌てて口を閉じる。もしかしなくてもこれって、ものすんごく失礼な質問なんじゃないだろうか。そもそもスカートやズボンが性差のアイコンだった時代は半世紀近く前に終わっている。ファッションや身体的特徴から性別を推測するなんて、前時代的な価値観に基づいた恥ずべき行為だ。やっぱり本人に直接訊くのはやめておこう。


 アシュがきょとんとした顔で、こちらを見上げる。


「わたしがどうかした?」


「──なんでもないわ」


 今すぐ知る必要はない。


 どうせこれから、嫌というほど関わるのだ。


 私たちは、ストライダーとアーキニアなのだから。

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