スーサイド・アルカディア 〜ドMゲーマー、鬼畜を求めて駆け回る〜

聖家ヒロ

第1話 鬼畜ゲーでしか興奮できない男



 狂気の闇とそれを纏いし極限たる者が醸し出す威圧感が、木々を、水面を、あまつさえ大気をも揺るがしている。



 烈鱗竜『レイジスケイル』――が己を蝕みし”ウイルス”を克服し、極みに登りつめた究極の形態だ。


 

 そんな中、鎧を纏いし男が大剣片手に額へと汗を滲ませながら、極限たる者へ攻撃を加え続けていた。



 大剣を振るう度に撤退、振るう度に撤退を繰り返す。

 彼の視界には、常に示された時間制限タイムリミットを示す時計が表示されている。


 残された時間は――残り五分。


 それまでに『レイジスケイル』を倒せなければこれまでやって来た事が、全て水の泡だ。


 ゲームをやり切るという事の基準はゲームよって様々だが、いずれにせよ膨大な時間がかかるのは間違いない。


 それが、生半可な実力の人間がやると泡を吹いて倒れるようなならなおさらである。




「終われ終われ終われっ!! 終われぇぇっ!!」



 決死の覚悟で、後隙だらけな大技を極みし竜の頭部へと叩き込む。



 吹き出る赤いホロエフェクトと、砕け散った金色の鱗。

 次なる攻撃を覚悟していた矢先、『レイジスケイル』は弱々しい声を漏らしながら地面に突っ伏した。



「よっ……」



 倒れた竜を見て、男はこれまで苦楽を共にしてきた相棒にも等しい大剣を放り投げた。



「っしぁぁぁぁぁっ!! 『モンスハンティング4Grade』全クエスト制覇完了っ!!」



 竜の亡骸を前にして一人、ガッツポーズを決め込む全身鎧――頭部だけは海賊パイレーツが被っていそうなトンガリ帽子。



 時は二〇五十年。

 カセット、ディスク。そんなゲームは中古屋だけにある存在となり、ヘッドギアを使い仮想空間へ飛び込むフルダイブ型ゲームが主流となった時代。


 彼――本名 天波てんぱタクミがたった今、遊び尽くしたといっても過言ではないゲームも新時代のゲームの一つ。


 『モンスハンティング4Grade』。作り込まれた広大な自然の世界で、巨大なモンスターに巨大な武器で挑むハンティングアクション。

 だが――ソロでクリア不可能ではないかと思うほどに理不尽な難易度で、世界中のマニアを虜にさせた賛否両論なゲームだ。



「ウイルス克服個体とか言うクソシステムがっ!! 散々俺を苦しめやがって……!! 弾かれは弾かれ!? 火力も馬鹿でモーションも速い!! 狩りゲーでそんなんアリかよ!!」



 と、文句を垂れる彼だがその声音はどこか嬉しそうで、「もう一回ゼロからやり直したい」という本音がダダ漏れだったように思えた。




 ◇




 天波タクミ(二十三歳)には、決して他人には話せないシュミがあった。


 それは――ものすごく世間体の悪い言い方をするならばMだということ。


 彼の思う超鬼畜ゲーとは、昨夜彼がクリアした『モンスハンティング4Grade』のようにマルチプレイを前提とした超強い敵が出現したり、これまで彼のお気に入りだった『ダークネスハート』のように何回も死ぬのが当たり前のゲーム性だったりが含まれているゲームを指す。



「いやぁ、解放感が半端ないな。あんな鬼畜ゲー久々にやったかもしれねぇ」



 タクミはベッドへダイブし、昨夜から収まらない高揚感を胸に天井を見上げた。


 彼は『緊迫感』とか『圧迫感』とか『緊張感』とか、そういういった類いの感覚でしか興奮できない異常者。

 故に、現実に満足できない彼はゲームに手を出し、数多の鬼畜ゲーでその欲を発散してきたのだ。



 だが、人が三大欲求を満たさなければ生きていけぬように、この男もその欲を満たし続けなければ死んでしまう。



「とはいえ……早々鬼畜ゲーなんてないんだよなぁ。なんか、俺を興奮させてくれるようなゲームないかなぁ」



 バキバキに割れたスマホを手に取った時、誰かから送られてきたメールに気がつく。



『タクミへ』



 母親か――とも思ったが、実際には違った。

 

 優しい文面で書かれたそれは、高校時代の女友達である『赤井セイラ』からのものであった。




タクミへ



あいも変わらず、鬼畜ゲーで性欲を満たす変態でありますか?


そんな君に、おすすめのゲームを紹介したいと思います!


買うかどうかは君次第だけど、買ったら絶対教えてね。



セイラより




「ほほう……あいつの勧めてくるゲームか」


 序盤の半ば暴言ともとれる文章には一切目もくれず『鬼畜ゲー』という名詞にのみ食いついた彼は、メールと共に添付されていたリンクをタップする。



「『スーサイド・アルカディア』……?」



 その先は『スーサイド・アルカディア』という名のゲームの公式サイトであった。

 色々と流し見してみたが、よくある大人数のプレイヤーがその世界の住民になりきってプレイする『VRMMORPG』というやつだった。


「こういうのって、運営からしたらとにかく人数が必要なゲームだよな……それを鬼畜難易度にしたら、離脱者大多数で経営困難になるんじゃないか?」


 疑心暗鬼になりつつも、タクミはベッドから起き上がった。



「ま……いいか。あいつの勧めてくるゲームだ。俺を満足させてくれるだろうよ」



 何かしらと言っているが、彼を満足させられるのは鬼畜ゲーただ一つである。







 

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