二人の音色、二人だけの言葉
鷹九壱羽
Scene 1
大学生って、みんな遊び惚けているイメージがあったけど、意外とそうでもない。
実際に自分がなってよく分かった。講義にサークルにバイトに、大忙しだ。
そりゃ、一年目は忙しくて当然だろう、と覚悟はしていた。
でも二回生になったところで、何も変わらなかった。
まあ、悠々自適なキャンパスライフへの憧れも、二回生の前期の講義が佳境になった七月になって、ようやく諦めがついたって感じかな。
一限目の、ロクに出席者がいない講義を終え、部室へ向かう道中でそんなことを考えていた。
部室の扉を前にして、三回ノックをしてから中へ入る。
「あっ、ソウジ来た! おはよう!」
出入りする人がよく見える位置に座っていた茶髪のボブカットの女の子が、元気良く挨拶してくれる。
その声につられて、楽器の手入れや練習、パソコンで打ち込みか何かをしていた人たちの目が俺に集まる。
「おはようございます」と小さく挨拶をして、彼らの刺すような視線をかいくぐるみたいに、頭を低くして歩いていく。
ボブカットの女の子――ミナトがそんな俺を見て、おかしそうにクスクスと笑っていた。
俺はその傍に腰を下ろした。
「なかなか馴染めないよね、ソウジ」
「仕方ない。入った時期が中途半端だったんだから」
「そうかな~? 私も同じだけど、全然そんなことないよ?」
「男ってのは難しいんだよ」
ミナトが肩を小突いてくる。
俺はその肩をすくめるだけの返事をした。
サークル内で俺がほとんど孤立しているのには、ほかの理由もあるんだけど、わざわざミナトに言うことじゃない。
「そういえば、知ってる? 今日でちょうど一年なんだよ」
「ちゃんと主語を言ってよ。何が一年なんだって?」
「それくらい察してよー!」
つまらなさそうにミナトは口をとがらせていた。
一年前か。いったい何があっただろう。
確かこの時期と言えば、俺がこの軽音楽サークルに入った頃だ。
ああ、そうか。ということは、ミナトとバンドを組んで一年ということか。
「正解は、私とソウジがバンドを組んでから一年、でした!」
「うん。今思い出してた」
高校でもバンド活動をしていた俺は、卒業して大学がバラバラになったとしても、同じメンバーで音楽を続けたかった。
でも互いに忙しくて、メッセージのやり取りはしているものの、顔を合わせる時間がなくて、バンド自体は空中分解してしまった。
それで、新入生が馴染んできたくらいの中途半端な時期に、大学の軽音楽サークルに入ったんだ。
誰かと一緒に音楽をしたかったワケなんだけど、時期が時期なだけに、組んでくれる人が全然見つからなかったんだったけ。
そんな時、ちょうど俺の後を追うように、ミナトが入ってきた。高校からの顔馴染みだったこともあって、二人だけだけど、バンドを組むことになったんだった。
「それで、曲は作ってきてくれた?」
「さすがに、そんな一週間前では出来ないよ」
ミナトの言う“曲”とは、次の大学祭で披露するための新曲のことだ。
高校時代からバンドオリジナル曲の作曲といえば、俺の担当なのだ。
最近は忙しくて、あんまり書けていないけれど、ミナトが「新曲が欲しい」と言ってくれたので、久々に書くことにした。……のだが、課題が溜まっていく一方で、全く手をつけられていない。
「試験勉強もあるし、完成は夏休みになってからになりそうかな」
「そっか。エリートの先端社会学部は大変だね!」
「別に環境学部もそこまで変わらなくない?」
「痛いところを突きますなぁ」と頭を掻くミナトが、白い歯を見せてくる。
とても愛嬌に満ちた表情なんだけど、毎回課題の期限ギリギリ、試験の直前に慌てふためいている様子を見ている俺からは、溜息しか出なかった。
そろそろ練習を始めようかと思い、バッグからギターを取り出して、チューニングを始める。
ミナトも、机に広げていたクリアファイルやペンをリュックに片付けた。
「とにかく、完成したら、私も作詞頑張るからね!」
「だったら先に作詞をしてくれれば、曲のイメージも湧きやすいんだけどなぁ」
「うーん……。それはナシで! ソウジが私の詞に合わせるより、私がソウジの曲に合わせるほうがしっくりくるし!」
ウチの作詞担当には、何かのこだわりがあるらしい。
曲を作る側の俺としては、そういう風に扱ってくれるのは素直に嬉しい。
ミナトが俺の曲を大切にしてくれていると思うと、練習にも一層熱が入った。
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