第4話 2日目で手料理とか最高すぎない?(後編)
僕は、中西さんの手料理ができあがるのをそわそわしながら待っている。
「それにしても、昨日とはずいぶん変わったな……」
そう、部屋の雰囲気は昨日とはまるで違っているのだ。昨日は雰囲気こそあったものの、まだシンプルで、引っ越したばかりというのがよく分かる空間だった。でも、今日は可愛らしいインテリアがいくつも並んでいる。
2人がけのソファの上にはふわふわとしたクッションやぬいぐるみが並び、小さなテーブルには温かみのあるおしゃれなランプ調の照明が置いてある。女の子の部屋って感じだ。もう、匂いからして違う。
「引越しの片付け、バッチリ終わったんだね」
「うん。お母さんが手伝ってくれたから。やっと部屋っぽくなってきたかな?」
「すごくいい感じだよ。女の子らしくて、すごく落ち着く」
そんなことを言う自分が、少し照れくさくなってしまう。でも、中西さんの部屋は本当に落ち着くのだ。味噌を溶かし入れながら、中西さんはこっちを振り向く。家庭的な匂いが、僕のところまでふんわりと届いてくる。
中西さんが日本生まれの日本育ちだってことは分かってるけど、金髪のハーフエルフがお味噌汁を作っているというのは、ちょっと不思議な光景だ。
「褒めてくれてありがとう。でも、哲郎くんは女の子の部屋に慣れてるでしょう?」
「一応、妹の部屋はあるけど入れてくれないから。僕も女の子の部屋に入るのは、昨日が初めてだったよ」
「そうなの? 哲郎くんはモテモテだと思ったけど。じゃあ、初めて同士だね」
ああ、こういうことをサラリと言えちゃうのが中西さんだよなぁ。可愛すぎて抱きしめたくなっちゃう。でも、付き合ってもいないのにそんなセクハラをして嫌われてご飯を食べられなくなったら最悪だから、自重しないと。
鍋から立ち上るお味噌汁の香りが、空腹を否応なく刺激する。しかし、こんなに可愛い子が目の前でご馳走するために料理をしてくれているなんて、まるで夢みたいだ。一人暮らしのズボラ飯のはずが、こうして一緒に晩ごはんを食べるなんて。
「哲郎くん、ちょっとこっち手伝ってくれる?」
「はーい。何をすれば良いの?」
「これ、テーブルに置いておいて。残りももうすぐでできるから」
「分かった。すごくおいしそうだね」
「ふふん、美味しそうでしょう。『低予算で私の手際の良さを見せ付けるメニュー』でこの出来栄えなのだよ。明日はもっとしっかりしたものを作ってあげるから、期待しててね」
「えっ、明日も作ってくれるの?」
「当たり前だよ。だってお隣さんなんだから」
……あれ? お隣さんって普通、そう言う関係になるものだっけ? 僕はエルフィナさんの『チアリちゃんはね、時々ハードルが低いことがあるけど、あんまり気にしないでね』という言葉を思い出して反芻する。あぁ、確かに低いです。よくよく考えると、恋人でもない男性を家に上げて2人きりになっている時点でめちゃくちゃ低いです。
そんなことを考えているうちに、中西さんはテキパキと配膳を終わらせていく。メニューは鶏肉と野菜炒めに、ワカメと豆腐のお味噌汁だ。
野菜炒めは、キャベツともやしがたっぷりと使われていて、香ばしい醤油の香りが漂ってくる。鶏肉はこんがりと焼き色がついていて、見るからにジューシーだ。お味噌汁の香りが食欲を際限なく引き出す。要するに、めちゃくちゃ美味しそうだ。これ、最高すぎないか?
「簡単なものだけど、冷めないうちにどうぞ召し上がれ」
「いや、すごいよ中西さん。美味しそうで、めちゃめちゃ嬉しい。いただきます」
僕は待ちきれずに箸を手に取る。まずは鶏肉だ。キャベツと一緒に食べてみると、外はカリッと香ばしく、中は驚くほど柔らかい。口の中で旨味が広がり、キャベツのシャキシャキ感がそれに程よいアクセントを加えてくれている。
「美味っ」
そう呟くと、中西さんはちょっとドヤ顔気味に微笑んだ。
「良かった、お口に合って。私の料理の腕は、なかなかなものでしょう? 食べたいものがあったらじゃんじゃんリクエストしてね」
「うん、マジで美味い。最高、幸せだよ」
「やっぱり、男の子の食べっぷりって良い感じ。作った甲斐があるなぁ」
中西さんは食事をしながら、僕が食べる様子を眺めている。ちょっと照れるけど、美味しくて箸が止まらない。こんなに美味しくて、ご飯が進まないわけがない。多めに箸でよそって、口の中に放り込む。
「家族以外にご飯作ってあげるのって、初めてだから緊張したよ」
「そうなんだ。勿体ないなぁ、お店を開けるレベルだと思うよ」
「ありがとう。哲郎くんに作ってあげたいなぁ、って思ってたから、良かったよ。こうして一緒に食べるのって、楽しいから」
中西さんにとって、やっぱり僕はただの隣人じゃないのかな? ハードルが低すぎるせいで中西さんの本心はよく分からないところがあるけど、そう思いたい。
「ねぇ、ところで朝は和食派? それとも洋食派?」
「和食の方が好きだけど……え、それって」
「もちろん、朝ごはんも作ってあげるよ。あっ、でも材料代は半分こね。お母さんにも、『そういうところだけはきちんとしなさい』って言われてるし」
エルフィナさん、そこ以外はきちんとしなくても良いんですか? あなたの娘さん、恋人でもない、隣人というだけの同級生の男子を、朝晩と自分の部屋に連れ込もうとしているんですけど。でも、中西さんに惚れてしまっている僕に、拒否する理由なんてあるわけがない。低予算かつ時短レシピなのに、こんなに美味しいのだ。
こうして、『中西さんは異性を部屋にご招待するハードルが低すぎる案件』によって、僕は大変に幸せな食生活をゲットすることができたのだった。
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