第2話 うちの娘、可愛いでしょう?(前編)
「お母さん、ただいまー!」
「お、お邪魔します」
僕が中西さんの部屋に足を踏み入れると、ふわっとした空気が迎えてくれた。少し肌寒さもある天気だけど、女の子の部屋というだけで、どこか落ち着いた雰囲気がある。間取りとか一緒なんだろうけど、まるで別の空間みたいだ。
「お母さん、連れてきたよ! 哲郎くんって言ってね、同じ大学の同級生なんだって」
中西さんは明るい声を上げながら、玄関で靴を脱いで先に上がっていく。その先には、お母さんらしい女性が座っていた。その姿を見て、思わずぞくりとしてしまう。
「お帰りなさい、チアリちゃん。良かったわね。それと、こんにちは……哲郎くん、だったかしら?」
その声は柔らかく、けれど不思議と存在感がある。プラチナブロンドの髪を一つ結びにして、薄手の白いセーターにエプロンをしていて、服装はいかにも主婦って感じだけど……でかい。何がとは言わないけど、おっきい。
「こ、こんにちは…」
思わず声が裏返りそうになるのを抑えて、僕はなんとか返事をした。中西さんのお母さんは、中西さんとは違う雰囲気を持っている。落ち着きはらった大人の色気に、僕は少し気圧されてしまう。
お母さんは柔らかな笑みを浮かべながら、すっと立ち上がって、僕の方に歩み寄ってくる。その動作は驚くほど優雅で、一流の女優さんみたいだ。背筋が自然に伸びてしまう。
「初めまして、中西エルフィナと言います」
「お母さんはね、第1世代のエルフなんだよ。私はハーフエルフなの」
「まぁ、あなたたち。予定よりもだいぶ打ち解けたみたいで良かったわね?」
「うん、哲郎くんね、とっても良い感じの人だよ。お母さんも安心できるでしょう?」
エルフィナさんの視線が、まるでスキャンするようにつま先から頭のてっぺんへと移動していく。そして、にこりと笑って頷いた。
「そうね、私もそう思うわ。これから、よろしくお願いしますね」
「あっ、はい、こちらこそ。僕も、中西さんが隣の部屋にいてくれて、嬉しいです」
いや、何を口走ってしまってるんだ、僕は。自分で自分の言葉が恥ずかしくなって、耳に血が集まるのを感じてしまう。
「あらあら、似た者同士みたいね。どうぞ、ゆっくりしていってね。飲み物はカフェオレで良いかしら?」
エルフィナさんが「どうぞ」とペットボトルを差し出す指先の動きはしなやかで、すごく色っぽい。息遣いにすら意味があると感じてしまう。これを表現するなら何だろう……そうだ、歩くフェロモンだ。中西さんとは全く違う大人の魅力に、自然と心が引き寄せられてしまう。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
でも、僕の挙動不審な様子を見ながらも、エルフィナさんは態度を変えないでいてくれる。そこにも大人の余裕を感じてしまう。僕はペットボトルを手に、少し緊張したまま部屋に入った。改めて同じ間取りとは思えないくらい、女の子の部屋って感じがする。いや、まだ荷物もほとんど解かれてないんだけど、そんな感じがする。
中西さんが「お母さん、さっそく出前頼んでいい?」と言いながら、お蕎麦屋さんのメニューを手に取った。そう言えば、同じチラシが僕の部屋の郵便受けにも入ってたな。
「もちろん。あっ、チアリちゃん。丼ものとのセットにしなさいね。男の子なんだから、たくさん食べるわよ? もちろん、私の奢りね」
エルフィナさんが僕に視線を流しながら軽く微笑む。もうそれだけで、心臓が止まりそうになってしまう。この母娘の近所の人って、よく心臓が持ったな……エルフじゃなくて本当はサキュバスです、って言われても納得しかないんだけど。
「えっ、でも奢ってもらうとか、それは悪いです」
「学生さんが大人に遠慮しないの。これからチアリちゃんと、長いお付き合いになるんだから。あらそうだ、私のこともお母さんって思ってくれて良いのよ?」
「そうだよ。長いお付き合いになるんだもんね」
中西さんにまでそう言われてしまうと、気を悪くするようなことは言えない。
「分かりました。お言葉に甘えて、ご馳走になります」
「やったぁ。一緒に食べようね、哲郎くん」
結局、僕は押し切られて、出前をご馳走になることにした。
中西さんが電話で出前を頼んだ後は、先に開梱されて広げられていたラグに座りながら、軽い世間話が始まった。入学式までにアルバイトを探す予定であることとか、僕は旅費をケチって一人で引越すことにしたこととか、そんなことを話していく。そしていきなり、エルフィナさんが不意打ちをかましてきた。
「ところで哲郎くん、うちの娘、可愛いでしょう?」
「ちょっとお母さん、いきなり何言ってるの!」
「良いじゃない。ねぇ、可愛いと思わない?」
超ストレートな質問に、僕は固まってしまう。いや、答えは誰がどう考えても一つしかないんだけど、どういう言い方をすべきなんだ? 予想外の質問に、心の中でいろいろな言葉が浮かんでは消える。素直に答えるべきか、適当にごまかすべきか……。
「あ、はい、とても可愛いです」
ようやく口に出せた言葉がそれだった。ごかますのは中西さんの美しさに失礼だと思ったからだ。エルフィナさんはニコニコとしながら僕を見つめる。
「うふふ、うちの子のこと、やっぱり『可愛い』って感じてくれてるのね。やる時はやるのねぇ、チアリちゃんも」
「えっ、だってお母さんもそうなんでしょう?」
「そうよ。だって、お試ししてみたかったんだもの」
エルフィナさんと中西さんはちょっと謎な会話をしているけど、中西さんは顔を赤くして、恥ずかしそうにしている。可愛いとか美人とか、いつも言われていると思うんだけど……思った以上に初心な反応に、答えてしまった僕まで恥ずかしくなってしまう。
「あらあら。可愛いって言われただけでこれじゃあ、前途多難ねぇ」
「もう、お母さんったら……!」
ちょっと拗ねた中西さんも可愛い。そう思いながら、僕たちは他愛無い会話を続けて、お互いの距離感を近付けていくのだった。
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