アパートの隣室の中西さんは、色々とハードルの低いハーフエルフである。
柚子故障
第1話 出会いはお部屋の間違いから。(前編)
さわやかな風が軽く吹き抜ける、春の京都。
古びた町家と新しい建物が混在し、普通に道を歩いているだけで、お寺や神社の静かな佇まいが突然顔を覗かせる。とっても京都らしい町並みだ。
行きかう人は観光客が多い。道を尋ねられてしまうけど、僕も分からないので「すみません。僕も今日から住むので分からないんです」と苦笑いして返答するしかない。ちょっと訛りがあるらしくて、向こうも笑って返す。
桜の花は咲き始めだけど、逆にそれが侘びた雰囲気を醸し出している。狭い路地をちょっと覗くと、何かが祀られていて、猫が日向ぼっこをしながら写真撮影に応じている。こんな良いところに、今日から僕は住むんだなぁ……そう思うと、心が弾む。
そんな風情ある一角に、僕が今日から住むことになる少し古びたアパートが、ひっそりと建っている。
家賃は月6万円。両親がちょっと奮発して契約してくれた、モダンな外観と伝統的な町家風のデザインが混在するその建物に、僕は記念すべき第一歩を踏み入れる。まぁ、周りが観光客でごちゃごちゃしてるのは見なかったことにしよう。何しろ、今日は僕の記念すべき一人暮らしの初日なんだから。
「いよいよか……」
荷物を両手いっぱいに抱えて、隣に住んでいる大家さんから預かったカギを回して玄関のドアを開ける。第一志望で見事に合格した大学のキャンパスから近いという立地条件で選んだこのアパートは、4年間を過ごす場所として理想的な住み家だ。京都らしくて、いかにも京都に住むんだという感じがする。
「こんにちは。これから、よろしくお願いします」
誰もいない部屋にあいさつをして、玄関に荷物を置いて部屋を見渡す。何しろ、1DKだから玄関からほとんど全てが見えてしまう。ガスコンロもあるし、ユニットバス形式だけど、ちゃんとお風呂もついている。一人にはちょうど良いスペースだ。洗濯機や冷蔵庫も備え付けなので、今日から不自由なく生活が可能だ。
「いやー、一人暮らしって最高。母さんについて来ないで大丈夫って言ったのは正解だったなぁ。さて、まずは荷物を片付けないとな」
僕は、迷わず動き出した。性格的にはそこそこ完璧主義者の僕にとって、空間の整え方にはそれなりのこだわりがある。まずは荷物を取り出して、テキパキと脳内シミュレーション通りに並べていく。全てが規則正しく配置されていくと、小さな達成感が生まれる。
よしよし、バッチリと良い感じで部屋が出来上がっていくぞ。持参した荷物や先に届いて大家さんが入れておいてくれた段ボールの中身が減っていくのに、達成感を感じる。そんな時、コツコツと足音が聞こえた。そして、隣の部屋のドアが開く音がする。続いて、「ただいまー」という声がかすかに聞こえる。
「隣の人か……あとで、あいさつをしないとな」
物音からして、隣の人も引越しをしているらしい。それに、今聞こえたのは、女の子の声っぽかった。今日引越しをするということは、もしかして大学の同級生だったりするのかな? 女の子が隣人だと思うと、人生=彼女いない歴、恋愛経験のない僕はちょっとドキドキしてしまう。
「まぁ、いきなり彼女ができるなんて、そんな都合の良い話なんてないよね」
しばらく作業を続けて、ようやく部屋が少し自分のものに感じられてきた頃、僕は一息ついて壁にもたれかかった。この静寂が心地よい。実に一人暮らしって感じがする。さて、そろそろコンビニに行ってお昼ごはんでも買おうかな……
だけど次の瞬間、玄関が唐突にガチャリという音を立てた。
「……えっ、誰ですか?」
僕は確かに鍵をかけたはずだ。それなのに何の前触れもなく、カギが回されてドアが開いていく。母さんにも合鍵は渡していない。ということは、大家さんだろうか? まさか、泥棒ってことはないよね? 息を飲みながら、視線を向けると……
「ただいま! ハサミと飲み物、コンビニで買ってきたよ!」
勢いよく開けられたドアの向こうから、元気な声が響いた。何が起こったのか一瞬理解できなかったけど、次の瞬間には、僕の視界には思わぬ光景が広がっていた。
「えっ?」
戸惑う僕の視界に入ってきたのは、見知らぬ女の子だった。長い耳に、ハリウッド映画でしか見られないようなプラチナブロンドの髪。その髪が、ゆるやかに流れている。瞳の色はエメラルドグリーン。しかも、すごく深みがある。エメラルドってきれいなんだなと思ってしまう。
この一瞬で、大量の情報が僕の視界に飛び込んでくる。現実とは思えない美しさだ。一生懸命に情報処理をして脳裏に浮かんだ答えはただ一つ……エルフ?
「え、あれ? ここ、私の部屋じゃない?」
エルフさんは、ぽかんとした表情で周囲を見渡し、僕と見つめあい、そしてようやく自分が部屋を間違えたことに気づいたようだった。それにしても、すっごく可愛い子だ。こんなに可愛い子が、世の中に存在するだなんて。僕は思わず、見とれてしまう。
「ご、ごめんなさい! お部屋、間違えちゃったみたい!」
エルフさんはちょっと顔を赤くしながら、何事もなかったかのように立ち去っていく。だけど、最初に見せてくれた無防備な笑顔に、僕は心の中で大きく動揺していた。ドアがガチャリと閉まった後も、しばらくその場に立ち尽くしたままだった。
「……なんなんだ、あの美少女は?」
これが僕と、中西さんの最初の出会いになるのだった。
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