第2話 久しぶりの同期
「よお、蒼馬!」
カフェエリアへと足を運んだ赤根コノハは、知った顔を見つけた。
思わず駆け寄り、立ち上がったその青年の腰を勢いよく叩く。
もっとも非力なコノハでは、驚かすことくらいがせいぜいである。
「痛ってー!」
しかし、コノハの想定と異なり、叩かれた青年は声を上げた。
(おや??)
内心戸惑いつつ、あくまでも平静に話しかける。
「久しぶり、元気してた?」
ニッコリと笑いつつ相手に向かって右手を上げる。
それを見て、叩かれた蒼馬ユウヤは嘆息する。
「……なんだ、赤根かぁ」
「なに?元気ないじゃん」
「まあ、色々と問題山積でな」
お互いに普段とは異なる砕けた口調で話しをする。
実際、二人は最終学歴の違いはあるが同期入社であり、入社後のレクリエーションを通じてよく話すようになっていた。
「なら、ゲームでもやって憂さ晴らしすればいいじゃん」
何だとばかりにコノハが言う。
本人としては至ってまともな意見のつもりらしいが、ユウヤとしてはバカにされたと思う言葉だった。
「いくらなんでも、デリカシーなさすぎだぞ」
とはいえ、ユウヤは人に怒ることが少ない。
この時も、手に持った缶コーヒーを軽くコノハの額に当てる程度だった。
「あっつ!!!ちょっと何すんのよー!」
まだ缶には熱が残っていたらしく、コノハ額に手を当てて熱がる。
「あ、ごめん!」
熱がるコノハにユウヤが慌てて謝罪する。
しかし、コノハの怒りはそれでは収まらないだろうなと、ユウヤは思った。
コノハは人一倍負けずぎらいであり、恨みごとを簡単には忘れない性格だ。
それゆえにレクリエーションでもトラブルが絶えず、結果としてコノハと親しい同期はほとんどいない状況であった。
(もっとも、からかっていた奴らも学歴コンプをこじらせたような連中だったからなぁ。)
一連の騒動に対し、ユウヤの感想はこの程度である。
とは言え、今は自分でトラブルの引き金を引いてしまったのだ。
土下座してもそう簡単には許されないだろう。
そのことにあたふたしているユウヤだが、倉科を始め周囲の社員は見て見ぬふりを決め込んでいる。
コノハのことは本社務めの社員には知れ渡る程度には有名だったのだ。
いわく、「ゲーム開発部の赤い小悪魔は関わるな、可愛い顔して何されるか分からないから」と。
確かにそれは事実ではあるが誇張されて広まったものであった。
ともかく、ユウヤは手助けしてくれる人を探して左右を見回している間も、コノハの眉間にシワが寄っていっていた。
「……何やってんだ?」
そんな緊迫した空気の中、声がかけられる。
覇気のない男性の声だがユウヤには聞き覚えがない声だった。
「課長~、邪魔しないでください!」
先に声に反応していたコノハが男に返答していた。
その言葉にユウヤは心のなかで「ああっ」と納得した。
彼はゲーム開発部コンテンツ課の課長、五嶋ソウジだろう。
普段は在宅勤務を決め込んでいる通称「引きこもり課長」。
今日は珍しく出社しているのだろうか。
ユウヤがそんなことを考えている間に、彼を放置しコノハと五嶋は話を進めている。
「邪魔も何もコーヒー買ってくるように頼んだのに、いつまでも帰ってこないのは誰だよ」
五嶋が言う。コノハはどうやら課長からお使いを頼まれていたようだ。
「遅いと思うなら、課長が自分で買いに行けばいいじゃないですか、大体お使いなんてパワハラですよ!」
負けじとコノハも言い返す。
やり取りを見ている周囲は無関係ながらもハラハラものであり、一人二人とこっそりとテラスから退出していく。
「はいはい、俺が悪かったから機嫌直してくれ」
ぶっきらぼうに言い放つ五嶋にコノハはまだ納得していないが、そんなコノハに五嶋はさらに言葉を続ける。
「それに、企画書修正の期限は今週いっぱいだから、急いだほうがいいじゃないか」
「やっば!!」
五嶋の言葉を聞いたコノハは血相を変え、疾風の如き速さでカフェエリアを去っていった。
後に残されたのはユウヤと五嶋の二人のみ。
「え、え~と、助けていただいたってことでいいですかね?」
ユウヤは確認するように五嶋に話しかけた。
それに対し、五嶋はニヤリと笑うと「ま、いんじゃね」とだけ残し、ユウヤに背を向けた。
「とりあえずキミには注目しているよ、これからもヨロシクな」
その言葉だけを残し、五嶋はカフェエリアから去っていった。
後には釈然としない表情のユウヤだけが残されたが、社内連絡用のSNSにてユウヤが部長から呼び出しを受けたのは、まさにその時であった。
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