第1章 出向辞令が出た
第1話 人員整理の噂
「はい。承知いたしました。わざわざご連絡いただき誠にありがとうございます」
青年はデスクに頭が付かんばかりに深く礼をする。
業務用スマートフォンは耳に当てているので当然ながら相手の姿は見えない。
しかし、日本人の悲しい
彼はそのままの姿勢でしばらくいたがおもむろに「失礼いたします」とだけ呟くと、体勢を戻しつつスマートフォンの通話を終了させた。
「またダメだったか?」
「ええ、やっぱり新規のITインフラを単発では導入ムリっすね……」
横の席から興味津々とばかりに声をかけてきた先輩に対し、青年は天井を見上げながらぼやく。
「だよなー、IT革命なんて言われていた頃ならいざ知らず、今や会社にネットワーク回線は必須だからなぁ」
先輩も同じように天井を見上げ答えつつ、青年の方にちらりと視線を送る。
その視線に青年は気が付く。
「何か?」
「ちょっと付き合えよ」
先輩はそう言いながら席を立つ。
「連れションする趣味はないですよ?」
青年『蒼馬ユウヤ』はやれやれと言わんばかりに苦笑しながら後を追っていった。
二人が来たのは社内のカフェエリア。
自販機と簡易的なテーブルが並ぶそこは、社員の休憩の他に簡単な打ち合わせの場としても使われている。
適当な自販機から各々飲み物を購入した二人は、窓際に設置されたテーブルに腰を下ろした。
しばらく互いに購入した物を飲んでいたが、ユウヤはおもむろに私物のスマホを取り出した、原則として社内での私物の通信機器は使用は禁止されているが、カフェエリアや食堂は別であり、よく見ればユウヤの他にもスマホの画面に見入っている社員をちらほら見かける。
そんなユウヤのスマホを先輩がそれとなく覗き込む。
画面には3Dで描かれたキャラクターが立っており、おそらく敵味方に分かれて交互に攻撃を繰り返していた。
「それ、面白いのか?」
「う~ん、そうですね人気原作のゲームだから手を出してみましたが、戦闘は典型的なヤツなんでなんとも……」
質問してきた先輩の顔も見ずに画面をタップしキャラクターを操作していたユウヤが答える。
「典型的って、同じシステムだったら、複数のゲームをやる意味あるんかね?」
「『現代人は時間がない』そんな感じで短時間でできるシステムが多いですからね、みな考えが同じ方向に行ってしまうんだと思いますよ」
興味なさそうに言う先輩に、ユウヤは真面目に答える。
そうこうしている内に派手なエフェクトが表示されたかと思うと、画面奥側のキャラクターが消滅し『勝利』の文字が浮かぶ。
「勝ったみたいだが、お前のパーティにいるやつ、原作の敵じゃないか?しかも今、倒した奴は主人公の昔の姿に似てたぞ」
「そのまま昔の姿ですし、パーティ編成に原作の敵味方設定はあまり関係ありませんよ」
「いいのか、そんな設定無視で?」
思わずツッコミを入れる先輩に、ユウヤは顔を上げる。
「原作とは違う世界で、キャラクターたちは一時的に呼び出されているって設定なので問題ないですよ」
真顔で答えたユウヤはスマホをしまい、冷め始めた缶コーヒーを口にする。
「で、話ってなんですか?」
ユウヤの問いかけに先輩は少し考えるそぶりをした後、切り出した。
「近々社内の編成を変えるって噂は知っているか?」
「ええ、業務を整理してグループ全体で最適化を図るって話ですね」
間髪入れずにユウヤは答える。
ユウヤ自身は社内政治に興味は無いが、自身の身の振り方が決まるとなれば別だ。
元々ユウヤ達の所属するIT事業部は2000年代前半に国内で膨れ上がるITインフラの整備を主軸とする新規事業部として設立された部署だった。
その頃は時勢に乗り業績を伸ばしていたが、大企業の整備がひと段落した2010年代以降は、社屋移転や新規支社設立などが起きない限りは大型案件はなかなか無くなり、不足品の補充などルート営業が主体となっていた。
そのようになってしまえば、大人数は必要なくIT事業部は慢性的に人員過多が問題となっていた。
そのような状況であれば、自然と人員整理の噂は立ち上がる。
「次の人事査定の時に、IT事業部は大幅に人員整理を実施するって話だ」
「……つまりはリストラってことですか……」
あえて窓の外を見て、互いに顔を見ないように会話は進む。
「倉科さんは問題ないでしょうね、セキュリティ部門の売上トップですし」
ユウヤがポツリと言った。
彼の先輩、つまり横に座る倉科はセキュリティ関連商材の売り込みで業績上位をキープし続ける営業課のエースである。
そんな倉科と比べれば、入社2年目とは言え営業成績が上がらないユウヤにとってリストラの話は厳しい現実を叩きつけられる思いだ。
「まあ人員整理とは言っても、リストラまでは言及されていない、悪くても他部署へ転属だな」
ユウヤを気遣うように倉科は語る。
倉科にとって人員整理の話は前置きに過ぎない、ここでユウヤの心が折れても困るのだ。
「なあ蒼馬、もう一度、俺の下でセキュリティの営業をやらないか?」
「えっ!?」
細心の注意を払うように告げる倉科の言葉にユウヤが驚きの声をあげた。
ユウヤが部署に配属された当初、倉科は教育係として共に活動していた。
セキュリティ商材の営業には製品の善し悪しの他に、担当者の知識と人柄、顧客担当者との相性が販売を左右することがある。
その点、ユウヤは知識はまだまだだったが、ユーザー企業の担当者に寄り添おうとする姿勢を倉科は評価していた。
「……先輩の申し出はありがたいんですが、少し考えさせてください」
ユウヤはそれだけ言うと、席を立とうとする。
そんなユウヤに倉科はとっさに肩を掴み止める。
「なあ、蒼馬。お前が遭遇したあの2件はもらい事故みたいなもんだ。俺だって連続で遭遇したことが無い」
諭すように話しかける倉科。
それに対しユウヤは寂しそうな視線を先輩に向けた。
「個別にならあったんですよね。オレは両方の件で懲りてるんですよ……」
絞り出すようなユウヤの言葉。
倉科は気まずそうに掴んでいた肩から手を離した。
「じゃあ、オレ戻りますね」
「……あ、ああ」
かぶりを振ったユウヤは一転して明るい声と笑顔で倉科に告げる。
それを見ながら、倉科は自分の不甲斐なさを痛感していた。
とその時であった。
勢いよくユウヤの腰が叩かれる。
「痛ってー!」
思わず叫んだユウヤは、後ろを振り向く。
「よお、蒼馬!」
そこにいたのは、久しぶりに見た小柄な同期入社の女性だった。
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