4. そうなんです
革命軍本拠の、恐らくは来賓室なのでしょうか、調度品の質を見るに。カリンと二人で通されまして。何となく床の踏み心地や天井の梁目、音の反響具合などに耳を澄ませていたら案内の女官から「何もしませんから警戒しないでください怖いです!」と悲壮気味に叫ばれてしまいました。
途中に見かけた一室は司令室だったのでしょうか。何故かビリビリに破かれた地図や砕けた駒が散乱しておりまして、そこかしこに臥せる兵たちが「……襲撃? この拠点に? ああ、じゃあ訓練通り対処を……もう突破されてる? 第三防衛ラインまで?」「狙撃兵を下げつつ伏兵を第一陣地に集結させて……移動中に強襲された。視察中の指揮官はどこに。通信途絶?」「一陣は捨てるしかないな。二陣に防衛を集中して時間稼ぎを……、同時に突破されたかそっかあ。ごめんだけど散兵は背後を狙って撤退の時間を、やられたよねそうだよね。詰みだよ詰み。ハッハッハ! クソゲー過ぎるだろコレ」などとうわ言を呟いていましたが大丈夫でしょうか。カリンを看病に出そうか提案したら全力で断られました。お願いだから一緒に居てくださいと。まあ監視を割くのも手間ですもんね。
「あ、カリン見てください隠し通路がありましたよ。コレはどこに繋がって……」
「後方の三陣に繋がってます! お願いですから大人しくしていてください――っ!」
「あっはい、ごめんなさい……」
私しょんぼり。自国民が相手とは言え敵兵の分際ではしゃぎ過ぎました。ちなみに他の三人はそれぞれ本拠の見回りに出ています。救護や炊事、指揮系統の立て直しを手伝ってきてくださいとお願いしましたが、もしかして余計でしたでしょうか。
「的確に相手の泣き所を握り潰しています。感服です、アリシア様」
「いえ、あの、単に人手が欲しいところだろうと……」
「欲しいことはされたくないことの裏返しとご理解くださいッ!」
「あっはい……」
私しょんぼり。気を回せば回すほどに墓穴掘っていますね、コレ。
とにかく大人しくしていようと、女官ととりとめのない雑談などしていたら実はあの布陣の立案者であったらしく。感想戦ということで、紙とペンで先ほどの陣形や侵攻ルートを再現してあーでもないこーでもないと意見を交わしていました。「実は私たち的にはこのように動かれると辛かったのですよ」「そもそもたかが五人で正面突破してくる時点で想定外です対処とか無理です。開けた平地ならまだしも……あっ」「天然の要害がこちらの有利に作用してしまうんですよねえ」「なるほど、戦力が把握できた時点で地形そのものを……」などと、何故か生温かい視線を向けるカリンに見守られながら、
「――失礼します」
ノックの音と、年若い少女の声。
女官が凄まじい手際で机を片付けメモを丸めて懐にしまい、屹立したのを見て、訪れたのが何者であるかを察します。女官がやんわり制止するのを断って、カリン共々立ち上がり、扉を押し開けた彼女の姿を見据えます。
青髪の、少女でした。
年は、私とさほど変わらないでしょう。背中まで緩くウェーブの掛かった長髪、白のブラウスに黒のコルセットスカート。私より少し高い位置で伏せられていた瞼が持ち上がれば、年若い見た目にそぐわぬ意志の強さを秘めた目が、凛とこちらを見据え。
驚愕と、見開かれました。
後に、眉間に皺をよせ、俯いた口の中で奥歯を食いしばり、剥き出し。
「何で、貴女がここに居るのよッ!」
あからさまな、怒りを込めた叫びに。
当然と困惑する私は、しかし、一つの記憶を掘り起こしていました。
「……オリビア、さん?」
ふと浮かび上がった名前に、少女は思わずと顔を上げ、
「覚、えて……」
「ええ、確か五年ほど前……。王都で迷子になっていました、よね?」
「私の、髪が。青だから、ですか」
「無いとは、言いませんが。年の割に、しっかりとしたお嬢さんでしたので。随分と、立派な淑女になられたんですね。さりげない所作から伝わりますとも」
苦笑をこぼすと、少女、オリビアは右手で顔半分を覆い「貴女も年は変わらないでしょうに」と握り締めます。浮かべる表情には、また苦渋が滲んで、
「どうして、そこまでできるのに」
「あ、あの……?」
「貴女は、ここに居てはいけないの!」
え、ええ……? と困惑するばかりの私を、オリビアはキッと睨み、
「王子と姫の婚約者決め生誕祭、最中に起きた突然の革命、苦戦を強いられる中央貴族。その中から、無能と貶められた姫が指揮を執り、賊を蹴散らし勝利する! そうでしょう!?」
「そっ、そうなんですか!?」
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