3. 王国最強の馬鹿共(メガネと農夫)

「参上が遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます。姫殿下」


 セイルは目を伏せ頭を下げ、謝罪の言葉を述べます。次いで顔を上げ、眼鏡のブリッジをクイっと持ち上げました。妙に似合うというか、まさしくと言った所作ですね。光の反射で目が見えなくなるのが実にそれっぽいです。


「いえ、それは全く構わないのですが。四皇が多忙であるのは承知していますし」


 それよりも、と私はホールの入り口、今しがたセイルが入場してきた方へ視線を向けます。あら、いつの間にかジェムスがいませんね。素晴らしい引き際ですと秘かに感心しつつ、


「この騒ぎと、アレは一体……?」


 扉の先、長い廊下を埋め尽くすように、何人もの貴族が倒れ伏しています。


 死屍累々です。いや、死んではいないでしょうが、絵面が完全に。一体いつの間に私の生誕祭は戦場になったのでしょうかと疑問すれば、セイルは「ああ」と、


「不遜にも、姫殿下の婚約者に立候補する有象無象が多数おりましたので――狩りを少々」

「狩りを!?」


 そんな嗜んでいるみたいに言われても。確かに私の婚約者候補は国内から自薦他薦問わずで集められていましたが、本番前に数を減らしておくとか何のバトルロワイヤルですかコレ。というか立候補者多過ぎませんか。王族として人気があるのは有難いことなのですが有難迷惑というかなんでしょうねこの複雑な気持ちは。ともかく結果的に私の生誕祭が死地と化しました。私が嫁入りして国が傾く前に滅亡しそうです。


 情報整理しきれず困惑していると、セイルから私を庇うように前に立つ者が一人。言わずもがなカリンです。何故だかもの凄い睨みを利かせて、慣れた私でもちょっと怯んでしまいそうです。あら、さすがにやり過ぎだと嗜めてくれるのでしょうか。


「――貴様にアリシア様は渡さん」


 アレそっちですかー? 嬉しいような恥ずかしいような色々と間違っているような。どう声をかけたものかとわたわたしていればセイルは小さく舌打ちし、


「アリシア様、か。上位金家の落ちこぼれ風情が、近衛騎士長などと……」

「実力を示した結果です。四皇後継は近衛になる資格がなくて良かったですね……?」


 あーあー、二人共もの凄いメンチ切ってます。バチバチと火花散らせながら魔力が溢れて、この二人が本気で戦ったら会場がヤバいです。何なら他の貴族たちは既に退避を始めています。あら凄く手際が良い。特に年配から手慣れた様子で、つまりコレは毎代恒例行事ということですか。もっと当事者への情報共有をしてくれればと先に立たない後悔をしていたところ、


「ほいさああああああああ――ッ!」

「きゃあああああああああ――ッ!」


 突然の奇声と共に傍らの床が弾け飛びました! 思わず女の子全開な叫びが出たのはさておき、床下から伸びてきたのはガチガチに固められた土塊です!


 この魔法、今の声は……。


「おお、姫さん悪いな! 遅れたわ!」

「ト、トマス!?」


 ニカッ! と大らかな笑顔を見せ、気さくに右手を挙げる今年で二十三歳の青年。茶色の短髪に大柄な体躯、そして何故でしょう土で汚れた農作業用のつなぎと軍手と長靴を身に着け、頭には可愛らしいリボンの巻かれた麦わら帽子を被っています。


 トマス・ランディール。四皇貴族が一つ、土家どけの今代後継者。


 ハーノイマン王国最強の一角を担う『つち魔法』の使い手、床下から参上です。


「ど、どこから入ってくるのですか!? その格好は一体!?」

「いやあ、畑で姫さんの土産見繕ってたら、下の貴族連中に襲い掛かられてなあ」

「あ、ああ私の婚約者候補ですね……。災難でしたね、申し訳ございませんこちらの管理が行き届いておらず……」

「うんまあそれは良いんだが。全員埋めてきたし」

「埋めたのですか!?」


 いけません遂に死者が!? 土家の系列と言えばこの国の農耕を司る超重要家系、機能不全に陥れば国家転覆待ったなしですか!?


 私の恐慌を尻目に、トマスは「まあまあ」と軍手付きの手を振って野菜の入った籠を手渡してきました。おお、これは間違いなく今朝のとれたて。少々土に汚れていますがどれもつやつやと輝いていて実に美味しそうです、と感想を述べれば、


「――誇りある土家の血族だ。国の礎、姫さんの糧になれて本望だと思うぜ?」

「そんな良い話で死を肯定しないでください!」


 冗談だって、と笑うトマスですが目が笑っていません。そういえば土家の人間は死後、畑に土葬が慣習でしたね。半ば諦め心地で乾いた笑いを漏らしていれば、割り込んできたのはセイルでした。あ、カリンはさり気なく私の肩を引いて背中に庇います。騎士の鑑ですね、さすがです。後で一緒にお野菜食べましょうね。生でもとてもおいしいですよ。


「トマス貴様、王宮の床を抜くとはどういう了見だ!」

「おおセイルじゃねえか! 相変わらずカリカリしてんなあ、トマト食うか!?」

「人の話を聞かんかあ――ッ!」

「いやだってオメエ、外歩いてたら次から次へと襲い掛かられるんだもんよ。一々埋めるのも面倒くせえから隠れて潜って来たんだよ」


 うーん正論と言えば正論なんですが道行く最強に進んで襲い掛かるとか大丈夫ですかねこの国の民は。王家の人間としてはその意気を褒め称えるべきなのでしょうか。あと返り討ちにした相手を一々丁寧に埋めていかないでくださいトマス。それはただのトドメです。


 なおもセイルに問い詰められるトマスは、大体さあ、と口を尖らせると、


「そもそもこれから姫さんの婚約者決めだろ? ――会場なんて跡形も残らんベ」

「跡形も!?」


 また聞き捨てならない言葉が! 本気で暴れるつもりなんですかこの最強者たちは!? トマスの指摘に、セイルは何故かぐぬぬと眼鏡を抑え、


「確かに、農作バカの癖に一理ある。毎回離宮が消し飛ぶからな……」


 納得するところなんですかそこは!? 消し飛ぶ前提で会場が離宮にされているんですか!? そういえば確かにもう人気が無くなってますね、やめて私のために争わないで! 民の税金が無駄になります! そんな私の懇願も空しく、


「ウオオオオオオオオオオ――ッ!」

「今度は何ですかああああ――ッ!」






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