第12話 まるでラブコメみたいな波動を感じる


「お待たせいたしました。個室のご案内が出来ます」


「了解でーす、ありがとうございます」


「…………」


 レーちゃんが無言でお辞儀してるのをニコニコと眺める私。傍目からはきっとフラグを立てるために先輩権限で高級レストランでのデートだね、と笑っているように見えたことだろう。


 ふふふ……ふふふ……ふははぁ!? ままま不味いよ!? フラグ立てるところが、この後のご飯すら喉を通らないパターンになりませんか!? (現在心の声が暴れています)


 誰かー! 私のミスを帳消しにする魔法の一手を伝授しておくれー!


 なんて心の焦りを他所に置いて店員さんが案内してくれたのは、ちょっと手狭だけれど綺麗な個室だった。ちょっと良いとこの居酒屋の個室みたいなイメージ?


 パニックになっていても、私は先輩。表面上を取り繕うのは慣れていたからレーちゃんを席に案内してメニューを手渡した。


「好きな物頼んでいいからね」


「え、ええ。わかったわ」


 レーちゃんは緊張したままメニューに目を通していく。明らかにお値段のところに目が行ってますね……気を使わなくていいんだよ、とか言ったら逆効果な気がします。


 ふふふ……お、教えて誰かー! こういう時にどうやったら相手の緊張を解くことが出来るんですかー!? 私が前世で付き合ってた女は意気揚々と頼むタイプだったんです! そら付き合ってたなら気にしないって? それはそうだけど!


 まてまてまて、落ち着いて、こういう時は相手の立場になって考えるんだ。自分の立場で思考が固まってしまうからミスるんだ。


 えっと、レーちゃんにとって私は冒険者の先輩で、指導を受け持っている教師役で、ゴブリンから助けてくれた恩人だよね。


 つまり……つまり?


 これ、自分に直接教育してくれる教育係の上司に誘われたサシ飲みじゃねーか! 緊張解せないよ!? しかも指導終わりに唐突に誘って店に直行とか、言い訳できないじゃん!


「これにするわ」


 衝撃の事実により内心パニックになりながら、なんとか顔に出さない様に必死に押さえ込んでいると、そこそこ時間が立っていたようでレーちゃんは無事頼むものを決めていた。


 レーちゃんが選んだのは、値段が下から数えていくらかのところで、食べ応えはあるし明確に安いとまでは言えないライン。店側からもオススメされているので『私が食べたくなりました』と言われたらなんも言えないチョイス。


 一番安いヤツだと気を使ってることがバリバリに透けて見えるし、安さで選んだとなると相手のメンツを潰すことになるので大正解な答えだと思う。


 気遣いの天才か? レーちゃんの優秀度が更に上がっていくな〜〜〜じゃあないんですよ! これはあからさまに上司への対応だろうがッッッ!


「うん了解。そしたら私は決めてあるから店員さん、呼んじゃうね」


 レーちゃんが選んだものに合わせたものを選び、備え付けのベルを鳴らして少しの待機時間が生まれる。そして――気がつく。私が! 先に! どれくらいの値段帯が良いのかを! 示せばよかったんじゃい! 後輩に先に決めさせたら! 気遣いしいな後輩は! 胃を痛めるだろうがい!!!


 と、心の中で叫びつつも表情には出さない私なのであった。誰か助けてー! 恋愛マスター! はよ店員さん来ておくれ〜!


 ……

 …………

 ………………


 この世界で技術チートは出来ない。政治や思想でのチートは元からする気がないけれど、この世界の技術は前世顔負けな部分すら見える。魔法とか魔法陣という摩訶不思議な力の影響だね。


 つまり、料理のレベルもかなり高いのだ。


「……おいしいっ」


 緊張している後輩と内心パニックの先輩が狭い個室に閉じ込められる事件が発生して二十分程待っていると、頼んでいた料理が届いて二人でとりあえず食べようという流れになった。ぶっちゃけ会話が見つからなくてとりあえずで選んだ選択なわけだけど、これが功を奏した。


 おっかなびっくりな様子でスープを一口、それからサラダに手を伸ばして、ソテーをぱくり。もぐもぐと味わって呑み込んだのを見ていれば、レーちゃんの目が内側ならキラキラと輝き出して、それまでの緊張からくる硬さを完全に忘れて目の前の食事に夢中になっていた。


 ……可愛いなぁ。


 レーちゃんが選んだのは《初めて当店をご利用された方にオススメセット:アンタールの恵み》である。うん、そのまんまだね。


 特製ドレッシングがかけられた新鮮なサラダに、透明度の高い野菜スープ。パリパリの皮が見た目も美味しい鳥のソテーと、柔らかくほのかに甘い白パン。


 レーちゃんはソテーが特に気に入ったみたいで、ナイフで小さく切ったソテーを口に入れればとろけるように頬を緩ませてニッコリと微笑む。ほわほわとした雰囲気で味わいながら追加で白パンをちぎって口に入れてしまえば、それはもう幸せそうだ。見ているこちらが幸せになれるくらい美味しそうにご飯を食べてくれている。


 さっきはパニックでよく分からない判断をしてしまったけれど、考えてみればお店側がオススメしてるメニューなのだから、美味しいと感じる可能性は高い。むしろ下手に高いものを頼ませた方が危なかった。前世の私は霜降り肉よりも赤身肉が好きだったよ。油がね……高級なものってキツいよね。


「ふふ……楽しんでもらえたみたいでよかった」


「あっ……え、ええ。とても美味しいわよ」


 あ、やっべ。油断して話しかけちゃった。私のことを忘れて食事を楽しんでたのに水をさしてしまった……! 姿勢を正したレーちゃんが何とも痛ましい。いいんだよ、ご飯食べてていいんだよ。これじゃいじめている気分になってくるよ!


 でも話さないとフラグが立たないし、単なる新人慰労会になっちゃうし……いやでもせっかくご飯を楽しんでくれてたのに邪魔するのはダメじゃない!? 私こんなデート下手だっけ!? あれこれそもそもデートとして成立してるのかなぁ!?


 ご、ごまかせ! 誤魔化すんだ私!


「私のもちょっと食べてみる? ミートスパゲティだからそんなに苦手な人も多くないと思うよ」


 新しいフォークで口をつけていないところを巻いてレーちゃんに差し出してみる。無難オブ無難な選択だけど、食べさせ合いで交流です。食べさせ合いってよくやるよね。……やるよね?


 でもレーちゃんは差し出したフォークを見て固まってしまった。これは、ミスですか。ミスなんなんですか。もう泣いていいですか?


「えっと……じゃ、じゃあ、いただくわ」


 私の心情を察してくれた……訳じゃなさそうだけど、頬を赤く染めながらレーちゃんはそのままスパゲティを口に入れた。あーん、ってやつです。あーんってやつです!? あれぇ!? あ、持ち手側向けてないじゃん!? ふわぁ!?


「お、おいしい……あ、そうよね? うん。そ、それじゃあ……この鳥のソテー、美味しいからどう、ぞ?」


 そしてレーちゃんからも、あーん!? あれ、突然ラブコメ空間になったの!? いいんですか!? 私、パワハラで訴えられませんか!?


「あ、あーん」


 ……ふむ。味が分かりません。


「ど、どう?」


「美味しいね。レーちゃんが気に入るのもわかるよ」


 私のスキル(じゃない)である、取り繕いが上手く成功した手応えを感じる。これでも前世は社会人だったし、恋人のために嘘をつくことには慣れておりますわよ! なんか、擦れてしまった感じがしてやだな、この誇り方。


 とはいえ味が分からないなんて返事よりはよっぽど良いと思う。実際、私の反応に安心したのか、レーちゃんがホッと息を漏らしていた。


 それからまた自分の食事に戻ろうとして、同じフォークであーんした事実に気がついて、レーちゃんの頬がまた赤くなっていく。


 え、本当にラブコメみたいなことが起きてます! 大変、私の恋愛運に確変が起きているのでは!?


 どうなんだい私のスキルくん! え? 立ってない? 恋愛フラグが存在してない? なんで!?


 もうこれバグだろ。スキルくん、一度も恋愛フラグ立ててくれないじゃん。どうしてだよ……いやここで能力不信フラグとか立てないで。信じるから。スキルくんのこと信じるから。もはや脅しだぞ!


「……えいっ」


 スキルに文句を言っていると、悩みに悩んだ末にそのままいくことを選んだレーちゃんが、フォークを変えずに食べましたよ!


 明らかに顔がさっきよりも赤いよ! 関節キスだね! 意識してないとなんでもないんだけど、意識するとこれが結構恥ずかしいんだよねぇ。思わずこっちも照れちゃうな〜なんて。でもさぁ……これフラグ立ってないんだよなぁ。なんか悲しくなってきちゃった。


 でもおかげでパニックは治まったよ。素直に後輩を労ればいいんでしょ。デートだと思って一人相撲してたって気づくのしんどいな〜!


 まあ、仕方ないか。レーちゃんにとって私はただの仕事の先輩。今はそれでいいですよーっだ。


「改めて二週間よく頑張ってたね。お疲れ様。今まで担当してきた人の中で一番吸収が早いから、思わず色々詰め込んじゃったけど大丈夫だった?」


「はぇ!? えっと、あの……そうだったの? 周りの反応からもっと厳しいと思ってたし、予想よりも優しかったと感じたわ」


 周りから拷問官みたいな扱いされてたし、初日から地獄の指導だとか言われてたもんねぇ。そりゃ警戒もしますか。


「ちなみにどんなの予想してたの?」


 ちょっと笑いながら聞いてみれば、レーちゃんは困ったように笑って噂話と、私の指導を受けた先輩からの話を聞かせてくれた。全体的に物騒で色々物申したい噂だなぁ?


「覚えられなかったら殴られると覚悟してたわ」


「その言い方だと私やばい人なんだけど……でも痛みを活用した記憶術はあるよ? そうでもしなければ教え子が死ぬ、って判断したらやることも考えはするかな。加減を間違えたら心の傷になって逆効果になるから滅多にしないけれど」


「え、本当にあるんだ……」


 引かれましたねぇ!? いや痛みで覚えさせるってそりゃ引くよね! 仕方ない……でも悲しいです。私は教えた子に生きていて欲しいだけなのに。これパワハラ上司の思考じゃねぇか!


 まあ痛みによる記憶術は存在するけど、選ぶことはまずない。そうでもしなきゃ覚えられない人はそもそも冒険者をやめた方がいいって案内してるからね。


 それでもどうしても、という人にだけ苦痛を意図的に与える授業をしたりはする。人は自分を傷つけるものから身を守るために優先的に記憶するから、それを利用するわけだ。


 でもトラウマになると逆効果になる。思い出せなくなったり、思い出した時にパニックを起こしたり。だからほんっとうにやることは珍しいのだ。


 ということを語ったら苦笑いされました。どういう反応なのこれは……?

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