第11話 世界観の説明って必要なのになかなか難しいよね
それから私はレーちゃんの指導役としてお勉強を教えた。基本的に午前中は机の前で学習。実技を中心に指導。三週間で基礎を詰め込もうと思っていたけれど、二週間で終えられたのは想定外だった。レーちゃんは難解なものでなければ問題なく読み書き出来たので、情報を手元に残せる分、知識の吸収力が高かったのだ。やだ……この新人優秀すぎ……?
たった一ヶ月の間に詰め込めるだけ詰め込むから、手抜きは一切できないと考えていたとはいえ、予想以上に優秀なので応用まで含めてのカリキュラムを練り直した。
なんでそんなに急ぐのか? 若さは大切だからさ……!
他の指導役は新人をパーティメンバーに入れて半年くらい一緒に学ばせたりするらしいけれど、そこまでの期間をレーちゃんに割いてフラグが立たなかった場合、貴重な若者の時間を失うことになる。前世で若いうちに行動しないと三十路に入って苦しむことは知っているのだ……!
ということで、魔物の知識、冒険者としての知識、街の知識、住んでいる領の知識、王国の知識、大陸の知識、貴族への知識、生きるために必要なものを詰め込みに詰め込みました。一気に全部を振り返ると膨大なので、必要に応じてピックアップしてお届けします。
§
ということで、最初にやった地理の授業の時間。地理は人間の感覚の中では普遍の環境であり、様々な側面で把握して置いた方がよい要素だ。自分の住んでいる場所と周辺の把握は大切である。地元で迷うと泣きたくなるしね。
「この街が何処にあるかはわかってる?」
「私の村の北にあるから……アンタール辺境領の
「おっ、流石にその位はわかるんだね。更に言うと東七番森前街だよ」
双子大陸のうち、私たち人間が住める北大陸は凡そドーナツの形をしていて、アンタール辺境領のあるバパールタナ王国はその大陸の南側にある国。ドーナツを六等分してその一つ分をまるまる治める大国になる。
アンタール辺境領はバパールタナ王国の王都をドーナツの穴に置いて、六等分した後に、北北東の部分を更に三分の一に分けた一番外側にある場所。
分かりづらい? 王国の北北東に東西に伸びる横長の領地があるって思えばいいと思うよ。
そのアンタール辺境領の北東にあるアンタールの森を囲むように北西から南東に向けて斜めにほぼ等間隔で街が作られていて、領都と呼ばれる辺境伯が住んでいる場所から南東側の七番目にあるのがこの街です。
固有名詞が多い……ッ! 説明が長い……ッ!
つまり簡単にまとめると、大陸随一のでっかい王国、その辺境にある森の近くに出来た街が、今いる場所です。
「ということで、この街で護衛の仕事を受けるのは東西の街への移動か、南に点在する村への移動。王都とかに行く場合は北西へ向かって領都を経由して南西に進む。領を出る場合は許可がいる時もあるから覚えておいてね」
「わかったわ。護衛なんてまだまだ先でしょうけど」
「どうだろ。条件が合えば割と直ぐに任されることもあるから、先のことだと油断して忘れると痛い目を見るかもよ」
「……気をつけるわ」
「この街って東七番森前街って言うんすね」
「なんで新人が把握して、中堅が知らんのだ」
「指導の時にやらなかった?」
「僕はやらなかったと思います、多分」
「誰だ指導したやつ」
「あ、俺だわ」
「「「この髭やろう」」」
「何だこの野郎! 街なんて街で伝わるだろうが!」
「うるさいわ!」
§
次は異世界冒険者お馴染みのランク制度。
「この街のギルドは他所でよくあるランク制度がないんだよね」
「そういえば、冒険者証明書を貰っただけでランクは言われてない……?」
「あ、ランク制度知ってたんだ。有名だもんね」
この国にも案の定あるんだけど、この街に関してはランク制度を廃止させているので無くなっている。
何故って? ふふふ……王国が王を頂点とした国家にまとまる前に冒険者、あるいは類似した組織がそれぞれの場所で出来てしまった結果、場所ごとに制度が違うせいでぐっちゃぐちゃだからだね! まじで困ります!
職業斡旋所と傭兵管理所をまとめて冒険者ギルドって名前にしたって言えば混乱がわかるかい? ともかくめちゃくちゃなんです。
コモン、アンコモン……みたいな振り分け、新人、中堅みたいな振り分け、鉄級、銅級みたいな振り分け、将軍級、王級みたいな振り分け、Eランク、Bランクみたいな振り分け、下等級、上等級みたいな振り分け、一等級、三等級、みたいな振り分け……そのどれもが区分けの仕方に違いがありやがります。
魔物側のランク分けで例を出すならオークのランクは、レアランクで、銅級で、兵士級で、Cランクで、下等級で、四等級。強さどこだよ!? ってなるよね。
当然ながら冒険者側のランクの強さもバラバラ。回数制とか試験の有無とか実力主義とか、ランク昇級の制度がそれぞれ違うんだからそりゃそうなる。
結果、強さの指標となるはずのランク制度で混乱が発生。
馬鹿〜! せめて規格化してからやれ〜! でも今から規格化するとランクが下がる冒険者とかの反発とか色々あるらしくできないんだってさ〜! 世の中しがらみだらけだ〜!
ってことで、この街に関しては私が色々干渉してランク制度は無くなってる。他所の街に出る時はどれくらい戦えるかをギルドに直接報告してそれぞれでランク分けされてね、って方針。
「よって、どれくらいの魔物を、どれくらいの戦力で、速度で、戦術で攻略したのか――それを不正なく正確にギルドに報告する能力が必要になるよ。戦況を把握する余裕がなければ出来ないから、最初のうちは無理しないでいいけれど……それが出来てやっとここのギルドでは半人前扱いだね」
「お、思ったよりも厳しいのね……?」
「まあね〜。新人にはまず無理な事だから、それを補助するための指導制度でもあるんだよ。先輩が傍でどういった動きをしていたか教えてくれれば、本人も理解しやすくなるし」
「なるほど……本当にソロに厳しい世界なのね」
「ソロが厳しいのは冒険者に限った話じゃないけどね〜」
「最初は出来ねぇよなぁ」
「ベテランでもソロだときちぃだろ」
「僕、ランク制度なんて知らなかったから、これが当たり前だと思って厳しさに泣いてましたよ」
「へー、なんでランク制度ないんだろって思ってたけれど、そんな理由だったんだ。銀級でBランクだって言ってもなんの反応も無かったから来たばっかりの時は腹たった記憶があるわ。ここは良くランク制度止めるなんて出来たわね」
「自分が上げてきたランクが無くなるとか、暴動もんだもんねぇ」
「昔はなぁ、ここも似たようなランク分けしてたんだが……他所との乖離が激しくってな。これくらいなら出来るだろって任せた仕事でヘマこいて大惨事なんてのもザラだったのさ」
「「「あー」」」
「他所から来た人はわかるよね……じゃないよ、雑談すんな。授業の邪魔じゃ!」
§
――と、こんな感じの授業を二週間ほど続けてきたのです。実技は魔物の知識を活用してゴブリン退治とかだね。トラウマになる前に倒させて勝てる相手だと心に教える、という手順も勿論やりました。
最初はゴブリンの前だと身体を強ばらせていたけれど、この短期間に安定してくれた。トラウマで激昂して突っ込むこともなければ、舐めてかかる様子もない。それどころかゴブリンに混ざっていたノラのオークを一刀両断していたからこちらが驚いた。オークはゴブリンを大型化させて豚顔にした、肉厚で三メートル程の大きさがある新人にとって強敵……なんだけど、ゴブリンの次いでみたいに倒せるのならもう心配はいらないと思う。
新人の身ではあるけれど、おそらく中堅レベルには既に達しているくらいの評価にはなっただろう。本当に優秀だねぇ。
だがここで問題がある。私とのフラグが立っていないという大問題がなァ! 冒険者としてのレーちゃんは見てきた。それはもう真面目で授業も実技訓練にも大変熱心で、非常に好感度高いよ? けれど、それは冒険者の新人として、仕事の先輩が頑張ってる後輩に向ける目線なんですよ! わかる? 個人的な関係全く見れてねえんよ! これが小説ならヒロインなのにモブと露出が大差ないって突っ込まれるぞおい!
「だからデートします」
「……へ?」
「二週間頑張ったので、ご飯を奢ります」
「えっと、わかったわ……?」
綺麗な深い青色の瞳に困惑を宿らせるレーちゃんの手を引き、この街一番のレストランにゴーゴー! あっ……ミィちゃんに奢る約束してたの忘れてたな。どっかでデート誘わなきゃ。
……
…………
………………
街はそこそこ大きいわけですが、北側は森があるので警戒門を中心に冒険者ギルド、武具屋、衛兵の詰所、冒険者用の宿など、戦いに関わる施設が多くある。そこから南に向かうと大型解体所、薬屋や錬金術師の工房……と魔物の素材を活用する施設があって、さらに南に行くと街の中心に着いて商業施設が増えてくる。東西は他の街との出入りが多いために個人でのお店よりも商人が使うお店が中心です。
北側の食事処は冒険者向きというか、お酒が中心だけれど、南側は食事中心でなかなかの美味が揃う。その中で特にお気に入りなのが、私がレーちゃんを連れてきたこのお店。
木製のシックなエントランスが街の喧騒から切り離してくれる雰囲気があり、北側では見かけない良い生地を使った制服に身を包んだ店員が、姿勢よく私たちを迎え入れてくれる。今日は男性か〜、ここの女性店員さん綺麗で目の保養なんだけどなー。
「いらっしゃいませ。お二人様ですか? ご予約はされておりますでしょうか」
「してないから空いてるところで良いよ。個室だと嬉しいかな」
「確認して参りますので、少々お待ちください」
美しいお辞儀をして店員がカウンターの裏に回ると、レーちゃんが私の袖を引っ張って声をかける。袖を引っ張るとか、分かってますね。
「……こ、高級店じゃないのここ」
「商人が商談で使ったりするみたいだね〜。個室完備だからゆったり食べたい時に助かるんだよ」
高級店と言っても貴族御用達のマナーガッチリなお店ではなく、最低限の服装であれば問題ないようなお店だ。街の人もたまにの贅沢でここで食事してるみたいだし、緊張する程じゃない。
「さっき言った通り私の奢りだし、将来商人とか貴族と縁が出来た時に良いお店に行くこともあるから、場数を踏んで損は無いよ。気になるならちょっとした訓練だと思えばいいんじゃない?」
「えっと、そうなの……? う、うん。わかったわ」
ふむ……これ、初めてのデートで張り切りすぎて高級店に案内して、気軽なものだと思ってた相手にドン引きされるみたいなダメなデートしてません? 思っきり萎縮させてるんですけど! こら、スキルさん! そういう所だけ頷くような反応を示すな! なーにが人間関係失敗フラグじゃ!
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