何もしていないと言う人ほど、何もかもをしている

ミデン

第1章 「図書館の不思議な午後」

桜井真琴は、静かな図書館の片隅で、一冊の厚い本を膝に乗せて座っていた。午後の陽射しが、窓から差し込む光とともに、彼女の周りを穏やかな雰囲気で包んでいた。本のページをめくる音だけが静寂を破り、その音はまるで彼女自身の心の鼓動と重なり合うようだった。


彼女が読んでいたのは、古代エジプト文明に関する本だった。ファラオの黄金の棺やピラミッドの建設技術についての詳細が描かれており、真琴はその内容に夢中になっていた。彼女の心は、本の中の時代に飛び込んでいた。まるで自分がその時代の一員になったかのように感じられた。


その時、隣の席から声がかかる。「真琴ってさ、何してるの?」


振り返ると、黒崎雅人が立っていた。彼はいつも陽気で友達に囲まれているタイプで、図書館にいること自体が珍しい。そんな彼が自分に話しかけてくるとは、驚きだった。


「いや、何も……ただ読んでるだけ」と真琴は少し恥ずかしそうに答えた。


「そっか、でも何の本?」と雅人が興味津々に聞く。


「古代エジプトについて」と言うと、雅人は少し興味を示しつつも「難しそうだね」と笑った。真琴は心の中で彼が理解できないことを知りつつ、再び本に目を戻す。


その瞬間、奇妙なことが起きた。読んでいた本の中から、小さな羽虫のような生き物がふわりと飛び出してきたのだ。それはまるで夢の中から抜け出してきたかのように、軽やかに空中を舞い踊り、真琴の頭の上をくるくる回り始めた。


「えっ、何これ?」と雅人は目を丸くした。


「わ、私も分からない……」と真琴も驚きながら、その小さな生き物を見つめた。体は小さなウサギのようだが、耳がまるでガラスのように透き通るように見え、動き。背中に蝶のような透き通る羽が。そして、どこか人懐っこい顔でこちらを見上げている。


「こんにちは、拙者はフウタと申す者でござる。何でも本の世界から迷い出てしまったらしく――いや、困った困った!」と、その生き物が人間のように話し始めた。


「は、話した?」黒崎はすっかり腰を抜かしたような声を上げる。


「フウタ、ですか?」真琴は不思議と怖さを感じず、むしろ親しみを覚えた。


「うむ、拙者は本の精で、真琴殿が拙者を呼び寄せたのでござるな!いや、これは因果な運命じゃ」と、フウタはおどけたようにくるくる回ってみせた。


「どういうことなの?」と真琴は尋ねた。


「拙者が言うには、真琴殿の心の中にある冒険心が、拙者をここに導いたのでござる。今、世界が危機に瀕しておる。物語の住人たちが、自分の物語から逃げ出し、現実世界に混ざりこんでしまったのじゃ!」


「混ざり込む?」雅人は混乱しながらも興味深そうに聞いた。


「そうじゃ。真琴殿とともに、彼らを元の物語に戻す冒険に出てほしいのじゃ!」


真琴はその提案に驚いた。自分にそんな大きな役割が与えられるなんて信じられなかったが、心のどこかでその冒険が彼女を引き寄せているのを感じていた。


「どうすればいいの?」と真琴が尋ねると、フウタはさらに笑顔を浮かべた。


「まずは、皆を集めることじゃ!仲間を増やし、力を合わせて冒険を始めるでござる!」


その言葉に、真琴の心は高鳴った。自分が何もしていないと感じていた午後が、一瞬で特別な冒険の始まりに変わったのだ。彼女は、フウタとともに新しい物語を紡ぐことに、心躍らせていた。


そして、図書館の静かな午後が、彼女にとっての新たな冒険の幕開けであった。

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