孤独なビンゴ

星咲 紗和(ほしざき さわ)

本編

1


住宅街の外れにある古びたスーパー。外観はどこか時代遅れで、看板も色あせていた。普段は閑散としているそのスーパーが、この日は「ビンゴ大会開催!」と大きく掲げたポスターを入り口に貼り出し、賑やかな雰囲気を装っていた。しかし、誰が見てもその光景は奇妙だった。理由は、入り口に立ち並んでいるスタッフの数が異様に多いからだ。ざっと見ただけでも50人はいる。みな同じように無表情で、まるで人形のように静かに立っていた。


その日、スーパーに足を踏み入れた客はたったひとりの青年だけだった。彼の名は健二。家の近くを散歩していて偶然この大会のポスターを見かけ、興味本位で立ち寄った。特に予定もなかったし、何かしらの景品が当たれば儲けものだと思ったのだ。だが、彼が会場に足を踏み入れた瞬間、周囲の異様さに気づいた。


「俺、ひとり…?」


健二は呟いた。店内は広々としていたが、客らしき姿は見当たらない。なのに、スタッフたちは健二を囲むように配置され、彼が現れると微かに微笑んだように見えた。しかし、その笑顔はどこか冷たく、感情の欠けたものだった。


「本日はあなただけの特別なビンゴ大会です」と、受付のスタッフが静かに告げた。無機質な口調と目の奥の光のなさに、健二は背筋がぞくりとした。


2


ビンゴ大会が始まった。ステージに立った司会者は、派手なスーツに身を包み、大げさなジェスチャーで盛り上げようとしていた。しかし、客は健二ひとりだけ。周囲の空気はむしろ静寂に包まれている。健二は居心地の悪さを感じつつも、景品リストを見て少し気が紛れた。現金や家電、旅行券まで、当たればどれも嬉しいものばかりだった。


「さあ、最初の番号を発表します!B-7!」


司会者が声高に叫んだ。健二がカードを確認すると、そこには確かに「B-7」があった。健二は嬉しそうにマーカーで印をつけた。だが、その瞬間、店内の一角に立っていたスタッフが、一人静かに消えていたことに気づいたのは、しばらくしてからだった。


「気のせいか…?」


健二は自分にそう言い聞かせたが、次の番号が読み上げられると、また別のスタッフが消えた。今度ははっきりと確認できた。だが、司会者や他のスタッフたちは何も気にしていないように見える。健二の心にじわじわと不安が広がった。


3


「I-22、N-35…」と、次々と数字が読み上げられる。健二のカードにある数字が開くたび、店内の照明が微かに暗くなっていくのがわかった。まるで空間全体が沈んでいくような感覚だった。スタッフたちはいつの間にか半分ほどの人数に減っていたが、依然として無表情で立っているだけだ。


音楽が流れていたはずなのに、いつの間にかその音が不協和音に変わっていた。耳にこびりつくような不快なメロディが静かに流れ、健二の心臓はますます早く鼓動を打った。彼はふと窓の外を見たが、薄い霧が立ちこめていて何も見えない。まるで外の世界が消えてしまったかのようだった。


「G-50!」


健二のカードにその数字もあった。マーカーで印をつけると、また一人、スタッフが消えた。健二は恐る恐る司会者に問いかけた。「あの、これって何なんですか?どうして他の人たちが…」


しかし、司会者は何も答えず、ただ「次の番号は…」と続けた。


「N-41!」


健二の耳には、その声が異様に響いた。まるで、どこか遠くから聞こえてくるような感じがした。彼はカタカタと震える手でカードを持ち直し、出口に向かって駆け出した。しかし、扉は固く閉ざされていて、びくともしなかった。


4


「次の番号はG-58、B-14…」


読み上げられるたびに、健二の頭の中で何かが回り続けているような感覚に陥った。すでに周囲にいるスタッフの姿はわずかしかなくなっており、彼は完全に閉じ込められている。どこかで逃げ道を探そうと、通路を何度も行き来したが、すべてが行き止まりのように思えた。


「最後の番号です…O-66!」


健二は、その瞬間、ビンゴを完成させた。達成感よりも恐怖が先に立ち、彼はすぐにカードを落とした。だが、その瞬間、店内の照明が一気に消えた。そして、真っ暗な中で、微かに「おめでとうございます」と司会者の声が響いた。健二は何も見えない中、冷たい風が体を包み込むのを感じた。外の世界が完全に遠のいていくような感覚に陥り、意識が次第に薄れていった。


5


翌朝、町は激しい雷雨に見舞われた。空は真っ暗で、風が街を吹き荒れていた。その中で誰もが気づいた。あのスーパーが忽然と消え去っていたことを。跡地には何もなく、ただ荒れ果てた地面が広がっているだけだった。健二の姿も、当然見当たらない。彼の家族や友人は必死に探したが、手がかりすらなかった。


それ以来、誰もそのスーパーの存在を思い出すことはなかった。あの場所にスーパーがあったという記憶さえ、人々の間から消えてしまったかのようだった。ただ、一部の住民たちの間では、深夜にその場所を通ると、どこからともなく「B-7、I-22、N-35…」と数字を読み上げる声が聞こえるという噂が囁かれ続けている。


そして、その声を聞いた者たちは、決して帰ってこないのだという。


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孤独なビンゴ 星咲 紗和(ほしざき さわ) @bosanezaki92

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