第31話:虚空の王
帝国南部のリーザス村は、
広大な牧場では牛がのんびりと草を
まるで地鳴りのような大きな足音が響く中、
「――みなさん、急いで
「荷物は持たないで! 命が最も大切です!」
「危険なので、この建物から絶対に出ないでください!」
リーザス村よりさらに南、
これを迎え撃つは皇帝直属の
「ふぅー……っ」
一団の先頭に立つのは、
身長187センチ・
巨獣の軍勢が目前にまで迫る頃――
「――総員、戦闘準備! これより
「「「うぉおおおおおおおおおおお……!」」」
銀影騎士団が一斉に行動を開始した。
先陣を駆けるのは、団長のダンケルだ。
「ハァアアアアアアアア……!」
右手に大剣・左手に大盾、重騎士の基本姿勢で、敵の軍勢に向かっていく。
「――オォオオオオン!」
巨獣の放つ蹴りに対し、
「ぬん!」
左の大盾を完璧に合わせた。
「ぐ、ぬ……っ」
尋常ならざる衝撃を受け、左腕が悲鳴をあげる。
身長差は10倍。
体重差は1000倍。
単純な力勝負なら、ダンケルの負けは必然だ。
しかし彼には、磨き抜かれた『
「ハァ゛!」
大盾を斜めに滑らせ、大質量の蹴りをいなし、
「ゴォ!?」
敵のバランスを崩した。
その隙にダンケルは力強く跳び上がり、
「――ズェリャァアアアアアアアア!」
大剣の斬撃を以って、その首を刈り取った。
「ぃよぉしっ! 次ぃイ゛イ゛イ゛イ゛ッ!」
野太い声が空気を揺らし、騎士団の戦意が向上する。
その後、どれくらいの時間が経っただろうか。
中央の
銀影騎士団は、『対亜人』の教科書的な戦法を実践した。
しかし、
(……マズいな……っ)
戦局は劣勢。
帝国の誇る精鋭たちは、一人また一人と捕食され……既に全体の三割が、戦闘不能となっていた。
本来であれば、すぐにでも撤退すべき盤面だが……。
(ここで引けば、リーザス村の人々が喰われてしまう。なんとしても、奴等を討つほかない!)
正義の心を持つダンケルが、剣を握る手に力を込めると、
「――エイミー!」
戦場に甲高い声が響いた。
そちらに目を向ければ――二十代半ばの女性が寄合所から飛び出し、
(あれは……なるほど、子どもが逃げ遅れていたのか)
ダンケルが状況を理解すると同時、
「――オゥオ?」
とある巨獣が
(これはいかん……ッ)
ダンケルは迷わず自身の切り札を――
「――<
自身の魔力を
「どけぇえええええええ!」
周囲の巨獣たちを斬り伏せ、母子のもとへ走り出す。
しかし、ダンケルは
(ぐっ、間に合わん……ッ)
腕力と耐久力に
「エイミー、ここは私に任せて、
「い、いや……お母さんも一緒がいい!」
「馬鹿、どうして言うことを聞かないのよ……っ」
抱き締め合う母子のもとへ、血に濡れた
「に、逃げろォオオオオオオオオッ!」
ダンケルの警告も虚しく――『ぐしゃり』と血の華が咲いた。
(くそ、守れなかった……っ)
彼がグッと奥歯を噛み締めた次の瞬間、
「オォオオオオオオオオオオオ……!?」
見れば、右手の拳がなくなっており、おびただしい量の血が噴き出している。
(い、いったい何が……!?)
ダンケルが混乱を極める中、
「――大丈夫ですか?」
彼が優しい声で問い掛けると、
「は、はい……ありがとうございます……っ」
「お兄ちゃん、ありがとう……!」
命を救われた母子は、感謝の言葉を口にする。
「いえいえ、当たり前のことをしたまでですよ」
突如として現れた仮面は、品位と余裕に満ちている。
「ここは危険なので、あちらの建物へ避難を」
ボイドが紳士的にそう言うと、
「グォオオオオオオオオオオオ!」
右の拳を失った巨獣が、憤怒の
「あ、危ない……ッ」
「お兄ちゃん、後ろ……!」
――ヌポン。
「「……えっ……?」」
消えた。
15メートルを超す大型の巨獣が、まるで手品のように
「危ないので、消えていただきました」
「え、えっと……?」
母は小首を傾げ、
「お兄ちゃん、すごーい……!」
娘は目を輝かせた。
その一方、
「おいおい、今のってまさか……!?」
「
「ってことは、アイツが
あちこちで動揺が生まれる中、ダンケルは驚愕に目を見開く。
(何故、こんなところにボイドが……!? 奴は今、陛下と『極秘会談』を行っているはず……っ)
彼が
「――どうやら苦戦しているようだな」
背後から、涼しげな声が響く。
「なっ!?」
大慌てで振り返るとそこには、
(今のが伝承に残る<虚空渡り>!? いや違う、魔法を使った形跡はない。おそらくは、単純な膂力による『超高速移動』。強い、桁外れに、恐ろしいほどに……っ)」
冷や汗を流すダンケルに対し、ボイドは
「そう警戒せずともよい。皇帝の――『友』の頼みでな。キミたちを助けに来たんだ」
「こ、皇帝陛下の……!?」
ボイドは小さく頷き、
「
「――ラァアアアアアアアア!」
興奮した巨獣が拳を振り下ろし、
「まぁ落ち着け、そう気を立て――」
「――ゴォオオオオオオオオ!」
強烈な酸の
「どうだろう、私の家族に――」
「――ブォオオオオオオオオ!」
周囲の木々や
平和的な解決を求めるボイドに対し、巨獣たちはひたすら攻撃を繰り返した。
その異様な光景を前に、銀影騎士団は言葉を失う。
(おいおい、巨獣の猛攻を受けて無傷かよ!?)
(<虚空流し>、あらゆる攻撃を透過する、『厄災』ゼノの力……っ)
(もはや強いとかそういう次元じゃない、これが『
一方のボイドは、
(ふむふむ、やっぱり『設定の強制力』は凄まじいな……)
こんなときでさえ、抜かりなく『データ』を取っていた。
(ボクの原作知識によれば、
実際に今も、
「「「ガラァアアアアアアアア!」」」
巨獣たちは大きな口をこれでもかと開き、目の前の
(うーん、さすがに
巨獣は、ボイドの好む
暴力性が高いうえ、知性も低過ぎるため、教育を施すのも難しい。
(まぁでも、せっかくの機会だし……とりあえず捕まえておくか)
あらゆる『無駄』を嫌うボイドは、巨獣の確保に
(皇帝たちは、魔水晶を通じてこの状況を見ている……。よし、ここは『
彼が右手を前に伸ばすと、
「――<
巨獣たちの足元に漆黒の
「「「オ、オォオオオオオオオオオオオオ……!?」」」
彼らは脱出せんと両手両足をばたつかせるが……動けば動くほどに体は沈み、やがてヌポンを迎える。
(これは……『戦い』、なのか? 俺は何を見せられているんだ……!?)
ダンケルの前に広がるのは、一方的な
たった一発の魔法が引き起こした、
この情景を一言で表すのなら――きっとそれは『厄災』だろう。
ボイドという『絶対強者』の前では、
『弱肉強食』という原初の摂理が、これでもかというほどに強く現れた瞬間だ。
「「「……っ」」」
赤い眼光を
(確かアレは……この群れのボス、『ルオー』だっけ?)
巨獣を
「ルォオオオオオオオオオオオオオ!」
けたたましい雄叫びをあげながら、この場で最も強き者へ、ボイドへ襲い掛かる。
(ギャラリーもたくさんいるのに、
彼がそんなことを考えていると、
「ルァアアアアアアアアアアアアア!」
ルオーは天高く跳び上がり、右の拳を振り下ろす。
身長差は10倍。
体重差は1000倍。
単純な力勝負なら、
ルオーの放った渾身の一撃は、
「ルォ!?」
ボイドの人差し指によって、いとも容易く受け止められる。
「る、ルァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
パニックに
しかし次の瞬間、
「――伏せ」
神速の拳が振り下ろされた。
「ぁ、ご……!?」
山を砕いたかのような轟音が鳴り、凄まじい衝撃波が吹き荒れ、大地が激しく揺れ動く。
まさに『一撃必殺』。
魔力も
「ルオー、確かキミは……『
ボイドは嬉しそうに呟き、ルオーを家族へ迎え入れた。
「ふむ、まぁこんなところか」
ボイドの
『虚空の王』が、全てを
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