第30話:一石四鳥
ボクが夢を語ると、周囲は
なんとも言えない空気が漂う中、皇帝がゴクリと唾を呑む。
「ボイド殿の夢が……『世界平和』?」
「おや、何かおかしなことを言ったかな?」
「い、いや、素晴らしいと思うよ! しかし、お互いの持つ『世界平和』という概念に、『認識の
「構わないよ」
ボクはコクリと頷き、自分の考えを語る。
「私の虚空は、
「えっ? あっ、あぁ、そう……だね(『ヌポン』!? 『ショーケース』!? 『みんなが家族に』!? 言葉はわかるが、文章として理解できん……っ。こいつはいったい、何を言っているんだッ!?)」
何故か瞳を揺らした皇帝は、小さく頭を横へ振り、複雑な笑みを浮かべた。
「ボイド殿は……なんというか、とてもユニークな人だな」
「そんなことはないさ、極々ありふれた性格だよ」
原作ホロウとして邪悪な思想を持っているけど、それ以外の感性は『The一般人』って感じだと思う。
「なる、ほど……(今、わかった。何故ボイドが、ここまでイカれてるのか。こいつは『自分が普通』だと本気で思い込んでいる。この世で最も
お互いに時間を重ね、それぞれの夢を語り、少なくとも見た目の上では親睦が深まった。
そんな折、皇帝が
「なぁ、ボイド殿」
「どうしたルイン殿」
「同盟を結ばないか?」
「ほぅ(ふふっ、来た来た!)」
その言葉が聞きたかったんだ!
「私たちは
「あぁ、その通りだ」
「互いに相手の
悪くない。
いや、むしろ理想的な展開だ。
「どうだろう、
「実に魅力的な話だね。是非、その方向で調整しよう」
「おぉ、そうか!」
皇帝が笑顔で立ち上がり、ボクもそれに応じる。
「同じ夢を掲げる
「こちらこそ、よろしく頼む」
お互いに手を結び、ここに虚と帝国の軍事同盟が成立した。
「今日は、
「虚にとっては、初めての同盟国となる。良い関係を築きたいモノだ(ルインの嬉しそうな顔、どうせ『イイ武器を手に入れた!』、とでも思っているんだろうなぁ……っ)」
ボクは心の中で
(今の映像、ちゃんと撮れた?)
(はい! 御指示いただいた通り、三つの魔水晶を使って、『観賞用』・『保存用』・『脅迫用』と録画済みです!)
(さすがだね、ありがとう)
特別来賓室の
(証拠は押さえた、これでもう逃げられない!)
(ふふっ、楽しみだなぁ……!)
第五章の最終盤面で、ボクと皇帝は再び握手を交わす。
そのときのことを――絶望に染まったルインの顔を想像するだけで、お腹の底から『黒い愉悦』が込み上げてきた。
(っと、いけないいけない)
原作ホロウの悪性に呑まれると、『怠惰傲慢』がポロリしてしまう。
ボクは小さく息を吐き、緩んだ気持ちを締め直した。
(とにかくこれで最初の目標は、『皇帝とお友達になる』は、無事に達成だ!)
早速だけど、もっと『仲良し』になるため、軽めの脅迫を――ゴホン、ちょっとした『世間話』をしよう。
「ルイン殿、実は面白い話が――」
ボクが口を開くと同時、扉がコンコンコンと素早く叩かれ、『
深刻な表情の彼は、皇帝の前で膝を突く。
「――陛下、大至急お耳に入れたいことが!」
「なんだ、今は大切な会談の最中だぞ……?」
ルインが
「帝国南部のリーザス村が、亜人の襲撃を受けています」
「ふむ、三か月ぶりになるか……。しかし、南部エリアには、『ダンケル』を置いている。あいつがいれば、万事問題な――」
「――今回の敵は『
「なんだと!?」
皇帝の顔が驚愕に歪んだ。
巨獣は、獣の特徴を持つ亜人の一種だ。
その名の通り、非常に大きな
「ダンケル様の率いる一番隊は、リーザス村の民を守るため、勇敢に戦っております。しかし、
緊急の報告を受け、
((くそ、こんなときに……っ))
ボクとルインは、同時に顔を
帝国は現在、
(銀影騎士団は優秀だから、いつもは撃退できているんだけど……)
第五章のランダムなタイミングで、巨獣の集団が一斉に押し寄せ、甚大な被害を負ってしまう。
そんな折、極めてご都合主義的な展開によって、偶然にも現場へ駆け付けるのは――主人公アレン・フォルティスだ。
彼は覚醒した勇者の力で、巨獣たちを次々に
つまりこの騒動はなんてことない、章ごとにほぼ必ず用意されている、『アレンの強化イベント』だ。
(しかしまさか、こんなタイミングで来るとは……っ)
どの国にとっても、国防は最優先事項。
皇帝はすぐさま執務室へ移り、本件の処理に当たるだろう。
つまり、極秘会談はここで打ち切りだ。
(はぁ、本当にツイてないな……)
……いや、違う。
これはある意味、必然のことだ。
(そうか、『
あらゆる出来事が、原作ホロウにとって
ボクの背負わされた理不尽な十字架であり、
(本当は皇帝に
そのときホロウ
(……そうだ、諦める必要なんかない!)
ボクは世界に嫌われた存在。
今後もあらゆる不条理が、牙を
でも、それを不運と
(主人公の強化イベント『
ホロウ
「――ぬぉお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!」
透明な魔水晶の中、最前線で気を吐く男は、銀影騎士団団長『守護のダンケル』だ。
(へぇ、やるね)
たった一人で
うちの『
そんな分析をしている間、皇帝とディルが話し合う。
「敵の数は?」
「報告によれば、およそ百体です」
「……そうか。では、中央の歩兵部隊と両翼の騎兵部隊を突撃させろ。その間にダンケルと魔法士部隊は撤退だ」
「し、しかしそれでは、歩兵と騎兵が……それに村の者たちも……っ」
「ダンケルたちを逃がすため、彼らには
「増援を送れば――」
「――帝都からリーザス村まで、何時間掛かると思っている? 今からではとても間に合わん」
皇帝の判断は、残酷だけど正しい。
現状、ダンケルたちに百体の巨獣を
ならば、戦術価値の低い駒を捨て石にして、主力たちを安全に下がらせる。
戦局を一瞬で
「ディルよ、貴様と下らん問答を交わしている暇はない。さっさと宮廷魔法士へ連絡を取り、先の命をダンケルたちへ伝えろ」
「……承知、しました……っ」
若き副団長が苦しそうに頷いたそのとき、ホロウ
(ふふっ、
ボクはコホンと咳払いをして、努めて冷静に声をあげる。
「ルイン殿、私が出ようか?」
「ボイド殿が……?」
「えぇ、『友』の窮地を知ってしまった。ここで動かないのは、自分の
「しかし、敵は
「ふむ……
どうやら皇帝は、ボクを
(巨獣たちをサクッと
そうすれば、虚と軍事同盟を結ぶ意味を――自分が取り返しのつかない契約を交わしたことをきちんと理解するだろう。
「であれば、すぐにでも救援を頼みたい」
「あぁ、もちろんだとも」
この一手は、『将来の布石』にもなる。
ボクは遠からず、帝国を支配する予定だ。
つまり、今殺されそうになっているのは、いずれ貴重な労働力となる者たち。
当然、これを見過ごすわけにはいかない。
(巨獣という捕食者に襲われ、絶体絶命の窮地に
民衆の支持なんて、あればあるだけいい。
(そして極め付きには、『主人公モブ化計画』の一環にもなる!)
ボクが
勇者のレベリングに遅延を掛けられる、というわけだ。
(つまり、ボイドとして『巨獣襲来』のイベントを消化すると――①皇帝にボクの武力を見せ付け②帝国臣民の
後はそうそう、ド派手に暴れることで、色欲の魔女に興味を持ってもらえるね。
(ふふっ、まさに『一石四鳥』だ!)
世界の修正力を踏み台にして、最高のルートを描き出すことができた。
やっぱりホロウ
「ではルイン殿、少し席を外させてもらうよ」
ボクは<虚空渡り>を使い、アクアを連れて、帝国南部のリーザス村へ飛んだ。
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