第6話:情欲
ホテルの自室に戻ったボクは、制服をパパッと脱ぎ、水着に着替えていく。
ちなみに今回、特進クラスの31人+引率のフィオナさんには、とても豪華な個室が用意された。
ホテルもビーチも全て貸し切りのうえ、ここに掛かる費用は全て、
(アルヴァラ帝国は『The貴族社会』だから、こういう
せっかくの御厚意だし、ありがたく受け取っておこう。
黒い水着に白のパーカーを着たボクは、大きな
「――うん、いいね」
さすがは原作ホロウというべきか、『顔』と『スタイル』は完璧だ。
(『心』がドブみたいに腐ってなければ、きっと『超人気キャラ』だったろうになぁ……)
そんな感想を抱きながら、自分の部屋を後にし、ホテルの正面玄関を抜けて外へ出る。
カラッとした日差しが照り付け、サーッと吹き抜ける潮風が、なんとも言えず心地よい。
(しかし、綺麗だなぁ……)
正面に見えるのは、宝石のような白い砂浜にエメラルドグリーンの海、まさに『南国のリゾート』だ。
(ここは原作でも綺麗な場所だったけど、
その後、海の家で借りた白と青のパラソルを設置し、
(こういう
レドリック魔法学校には、『貴族・平民の別なく、みな同じ扱いを受ける』という
それに何より、ボクは「手の空いた人がやればよくない?」って考えなので、ササッと済ませておいたのだ。
別に大した労力も掛からないしね。
(しかし、アレンの奴、えらく遅いな……。何かあったのか?)
「ごめん、待った?」
「すまない、遅くなった」
「いいや、大丈夫だ」
男子と違って、着替えに時間が掛かるだろうしね。
「あっ、パラソルとか準備しててくれたんだ、ありがとう!」
「手間を掛けたな、感謝する」
「気にするな」
ボクはニアとエリザの体をあまり見ないようにしていた。
(いきなり二人の水着を喰らったら、情欲が暴れ出すことは確実……)
だから、『グラデーション』を作るのだ。
ちょっとずつ、ちょっとずつ見ていく。
まずは肩、次に足、今度は手。
そうやって段階を刻み、衝撃を緩和しつつ免疫を
(これで厄介な情欲についても、ある程度コントロールできる!)
そうしてボクが『自慢のデバフ対策』を実行していると、
「ねぇホロウ……どう、かな?」
「ホロウ……似合うだろうか?」
ニアとエリザは気恥ずかしそうにながら、期待と不安の入り混じった、熱のある視線を向けてきた。
(くそっ、
ボクの編み出した秘策は、二人のパワープレイによって、いとも容易く突破されてしまう。
(どう思うか、だと!?)
そんな『直球』を投げられたら、無視することは難しい、極めて不自然だ。
(……やるしかない、か……)
悪魔の攻撃を喰らったボクは、ゆっくりと息を吐き――ヒロイン二人の眩しい水着姿に視線を移す。
その瞬間、
(が、は……ッ)
強烈な精神ダメージを受け、心臓がドクンッと跳び跳ねた。
ニアは王道のシンプルなビキニ、白い生地に赤いフリルが施されており、純粋無垢な彼女にぴったりだ。
エリザは黒いホルターネックのビキニ、腰にはお洒落な
率直に言って――最高に可愛い。
(これは、マズい……っ)
予想していた。
警戒していた。
覚悟していた。
(しかし、それらを遥かに上回る『圧倒的な破壊力』……ッ)
大きくて豊かな胸・白く
原作でも超人気のヒロインが、クラスメイトの美少女が、水着姿で感想を求めるシチュエーションは――
(……あぁ、もう限界だ……ッ)
ドス黒い情欲が、腹の底から
ニアとエリザを虚空で
(だが、だがしかし……っ)
ボクは頭を掻くフリをして、五本の爪を後頭部に突き立て――その鋭い痛みによって、コンマ一秒だけ、『平時の思考』を取り戻す。
ホロウ
(ニアとエリザを同時に襲うのは絶対にNGだ。ロンゾルキアのヒロインは、みんなけっこう重たい。ハーレムルートなんて選んだら、心労とストレスで、ボクの胃が爆発してしまう! 自分の体のためにも、将来結婚するヒロインのためにも、相手は絶対一人に絞るべき――そうだろう!?)
ここまできっかり0.1秒。
「……ふんっ、
原作ホロウの設定に準じた、素っ気ない返答を口にする。
「ふふっ、どうもありがとう」
「いつもながら、素直じゃないな」
ニアとエリザは、嬉しそうに微笑んだ。
なんだかんだで付き合いも長いし、こちらの気持ちが伝わったのだろう。
「そう言えば、アレンはどうした?」
ちょっと無理矢理に話題を変えると同時、
「――ごめん、遅くなっちゃった!」
ホテルの正面玄関から、アレンが小走りでやってきた。
「どうした、何かあったのか?」
「うぅん、ちょっと着替えに手間取っちゃって」
「そうか、まぁそういうこともあるだろう」
主人公はシンプルな青色の水着に丈の長いパーカーを羽織っていた。
首元までしっかりチャックを締めており、体のラインが完全に隠されている。
まぁ、同性にも肌を見せたくない男はいるから、別におかしなことじゃない。
(アレンの可愛い水着姿を見れなかったのは、ちょっと残念だけど……ん?)
なんか一瞬、思考が
(最近ちょっと主人公に対する感情が、おかしな方向に行っているような……?)
まぁ……致命的なことじゃないからいいや。
「――さて、そろそろ行くか」
ボクがエメラルドグリーンの海へ足を向けると、ニアとエリザがこちらを
「どうした、何か付いているのか?」
「服の上からじゃわからないけど、こう見ると凄い筋肉だなぁって……」
「異常に太いわけでもなく、過度に絞ったわけでもない、極々自然な筋肉だな……」
二人は興味津々といった様子だ。
「ねぇ、ちょっと触ってもいい……?」
「
「減るモノじゃないし、別に構わんが……」
軽い気持ちで許可を出すと、
「ぃやった!」
「では、失礼する」
ニアとエリザの柔らかい手が、スッとこちらへ伸ばされた。
「うわっ、大きい。でも、意外と柔らかいわね」
「驚きべき
ニアとエリザはそう言って、ボクの腹筋や上腕二頭筋や大胸筋を触っていく。
(……ぐっ……)
ここに来てようやく、自分の『失策』に気付いた。
(この接触は、ちょっと刺激が強過ぎる……ッ)
せっかく鎮めた情欲が、再び火を噴き始めた。
「おい、もうその辺りでいいだろう」
「えーっ、後ちょっとだけ」
「ふむ、これは中々癖になるな」
「ボク、まだ触ってないんだけど……」
「駄目なモノは駄目だ」
ボクはピシャリと言い放ち、そのまま海へ向かった。
それからみんなで海水浴を楽しむ。
「ふふっ、それぇ!」
「この……やったな!」
「あはは、えいっ!」
ニア・エリザ・アレンの『ヒロイン三人組』は、楽しそうに水を掛けたり掛けられたり、なんとも目に優しい光景だ。
(ボクは……さすがに駄目だね)
原作ホロウのキャラ設定があるから、みんなと同じようにはできない。
でもまぁ、軽く参加するぐらいなら大丈夫だろう。
「どれ」
軽く右手を振るい、水をサッと飛ばした。
すると次の瞬間、
「――あ゛っ」
「えっ? ちょっ、うそ――へぶっ!?」
『巨大な水の槍』が、ニアの全身を直撃。
彼女は後方に三メートルほど飛び、そのままバシャンと落下した。
(そう言えば……ボクって力加減が苦手だったね)
右手で軽く水を掛けたつもりが、とんでもない大惨事となった。
(しかしさすがはニア、『天性の
こういうとき、決まって犠牲になるのは、何故かいつも彼女なのだ。
「あ゛ー……悪い、大丈夫か?」
海水を
「うぅ、ホロウの魔力、苦くてしょっぱい……っ」
「それは海水のせいだ」
死人が出かねないため、『水掛け』は禁止となった。
その代わり、海水に魔力を流し込み、弾性を持たせた状態にして遊ぶ。
「ふむ、まぁこんなところか」
ボクがお得意の魔力操作で、海水をトランポリンにしたり、巨大な滑り台にしたり、アスレチックにしたりすると、
「うわぁ、凄ーいっ!」
「驚いた、ここまで自由に水を操れるのか!?」
「さすがはホロウくん、とんでもない魔法技能だね!」
ニアもエリザもアレンも大喜びで、『魔法士の海水浴』を楽しんだ。
それからほどなくして、今度はビーチバレーで遊ぶ。
砂浜にあみだくじを作り、チーム分けをした結果、ボク+アレンVSニア+エリザとなった。
「ホロウくん!」
アレンが綺麗にトスをあげ、
「任せろ」
ボクは完璧なタイミングでスパイクを放つ。
「フッ!」
その
「ナイススパイク!」
「ふんっ、当然だ」
アレンの称賛を軽く流していると、
「ちょ、殺す気……!?」
「死ぬかと思ったぞ!?」
ニアとエリザが真剣な表情で、
「まったく、何を言うかと思えば……。スポーツは真面目にやらねばつまらんだろう?」
それに万が一、首の骨が
となれば、全力を尽くすのが道理というモノだ。
そんなボクの主張も虚しく、死人が出かねないため、『ビーチバレー』も禁止となった。
お次はビーチフラッグだ。
ボク・ニア・エリザがプレイヤーとなり、アレンは審判役に回ってくれた。
ルールは簡単。
ボクたちは砂浜にうつ伏せで待機し、アレンが「スタート」の合図を出す。
それと同時に立ち上がり、砂浜に刺さった『
公式ルールに則って、スタート地点から旗までの距離は、『20メートル』に設定されたんだけど……。
いったいどういうわけか、ボクのセットポジションだけ、旗から『50メートル』の位置にされた。
「おい、なんだこれは?」
「何って、『ハンデ』よハンデ。普通にやり合ったら、絶対に勝てないもの」
「悪いがホロウには、私達よりも30メートル後方でスタートしてもらう。それでようやく『対等』だ」
ボクの実力を知るニアとエリザは、さも当然のように言い放ち、
「いくらなんでも、ちょっとやり過ぎじゃ……っ」
審判役のアレンは、苦笑いを浮かべた。
「ふむ、まぁいいだろう」
ニアとエリザの考えは、『半分正解』で『半分間違い』だ。
それからボク・ニア・エリザがうつ伏せの姿勢を取り、
「「「……」」」
「――スタート!」
アレンの大きな声が響いた。
「「……!」」
ニアとエリザは、ほとんど同時に立ち上がり、
「「ハァアアアアアアアア……!」」
目の前の旗だけを見つめて、全速力で駆け出した。
(ふふっ、いいね。二人とも本気で勝ちに来てる!)
こうじゃないと、勝負は面白くない。
ニアとエリザが激戦を繰り広げる中――ボクはゆっくりと立ち上がり、砂浜を右足で軽く蹴り付ける。
次の瞬間、爆発的な推進力が生まれ、
「――よっと」
そのまま地面を水平に跳び、旗をサッと
「そ、そんな!?」
「ば、馬鹿な!?」
敗者二人は、
「ふむ、俺の勝ちだな」
ハンデを求めるのは正しい。
(でも、たかだか『30メートルのビハインド』なんて、あってないようなモノだ)
それぐらいの距離なら、一歩で詰められるからね。
「いや、どんな
「ホロウの実力を
「おめでとうホロウくん、凄い速度だったね!」
そうして午前中は楽しい時間を過ごし、お昼はみんなで一緒に海の家へ行き、おいしいランチをいただくのだった。
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