第25話:盤上のゲーム
「『世界最高の天才軍師』たる
どうやら
実に『アイリらしい』というかなんというか……原作
「さぁ場所を移すぞ、付いて来い」
彼女はそう言いながら、特別
移動中、父とオルヴィンさんが小声で耳打ちしてきた。
「ホロウ、いったい何を考えておるのだ! あのクソガキは、チェスの世界チャンピオンだぞ!? そもそもの話、何故お前が指揮に
「坊ちゃま、どうかお考え直しください! あのクソガキは、史上初の五連覇を成し遂げた、天才的なチェスの指し手! いくらなんでも相手が悪過ぎます!」
「恐れながら、自分はいつも『最適解』を打っているつもりです」
そうこうしているうちにメインホールが見えてきた。
「ふむ……まっ、このあたりでいいじゃろ」
アイリはそう言いながら、中央のテーブルにどっかりと座る。
メインホールは、王城でも特に人通りが多い。
そのド真ん中に陣取ったとなれば必然、メイド・
「これより
アイリは両手を広げ、高らかに声を張り、城内の人達を呼び寄せた。
(うわぁ……。自分で自分の首を絞めていることに、まったく気付いていないんだろうな……)
「さてさて、舞台は整ったが……普通に指すだけでは興が乗らぬ。どれ、一つ『条件』を付けよう」
「なんでしょう?」
「
「はい、承知しました」
即座に要求を呑むと、
「ほぅ……よほど腕に自信があるらしい(この状況で
アイリはそう言って、猫のような目を丸くした。
「さてさて、それでは早速、<
「アイリ殿、少しお待ちください」
「お? どうしたどうした? よもやここまで来て怖気づいたか?」
「いえ、今のままでは、
「どういう意味じゃ?」
彼女は不思議そうに小首を傾げる。
「私が敗れた場合の条件だけでなく、私が勝った場合の条件も定めなくては、『公平な契約』とは言えません」
「かかっ、確かに
「では――
「……同じ、条件……?」
アイリの顔が固まる。
「自分が勝ったら、アイリ殿には土下座をして、心からの謝罪をしてもらう。これでいかがでしょう?」
やっぱり勝負は『対等』じゃないとね。
「か……かかかっ! 面白いっ! あくまで
「はい」
「なるほどなるほど、ここまでの阿呆はレアモノじゃ! その高き自尊心、へし折ってくれる!」
そうしてボクとアイリの対局が始まった。
制限時間は一時間。お互いに手を指すたび、『魔法の砂時計』がグルンと半回転し、それぞれの手持ち時間が減っていく。
ちなみに『トス』の結果は、ボクが黒でアイリが白。
チェスは
「かかっ! 見ろホロウ、こんなにも多くの観衆が
アイリはポーンを突き出し、
「みなさん興味津々ですね」
ボクはすぐにポーンを進める。
「負ければ、大衆の面前で土下座じゃ。中々にスリルを感じるのぅ?」
アイリはクイーンを大きく跳ね、
「ふふっ、怖い怖い」
ボクはナイトでポーンを取った。
「そんな醜態を晒せば、ハイゼンベルク家を継げぬようになるのではないか?」
「あはは、そうかもしれません」
穏やかな微笑みを浮かべながら、軽い
三十分後、
「……」
アイリの
彼女は真剣な表情で盤上を
「そう言えば、今日は夕方から降るそうですよ?」
「……
「ふふっ、ただの世間話じゃないですか」
ほどなくして、
「――見えた! ここじゃっ!」
ビショップが大胆に踏み込んできた。
こちらのキングに圧を掛けつつ、自分のナイトをサポートする、攻防一体の素晴らしい手だ。
「では、こうしましょう」
ボクは一秒と間を置かず、ポーンで領土を広げながら、浮いたクイーンを
「ぐぬ……っ(一手一手が重い、ずっしりと腹に来る。いやそれよりもこのガキ、
ふふっ、さすがにもう気付いたよね?
ボクは『圧倒的な勝利』を周囲に印象付けるため、『
アイリが指した直後、
こうすることで、彼女の心と思考を圧迫しつつ、『ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの圧倒的な勝利』を周囲に印象付けるのだ。
それからしばらく、無言のままに手が進む。
「……(ふふっ、苦しそうだね)」
「……(つ、強い……っ。こんな
ボクは悩むことなく最善手を指し、アイリはそのたびに長考を重ねた。
結果、彼女の持ち時間だけが、ジリジリジリジリと減っていく。
「アイリ殿、そろそろお時間が――」
「――やかましいっ! 黙っておれッ!」
ちょっとした軽口に対して、彼女は声を荒げて怒鳴り散らした。
こうなったら、もうおしまいだね。
アイリ・アラモードは、帝国の侵攻を二度も食い止めた『天才軍師』。
原作ロンゾルキアにおいても、圧倒的な知力を誇るキャラだけど……。
(
アイリは
そこが彼女の『軍師としての限界』だ。
(人は命令通りに動くロボットじゃない)
一人一人に『心』があり、それぞれの『意思』がある。
(ボクはメインルートの攻略に際し、
その理由は一つ――人間にとって心は、『最大の動力源』だからだ。
情熱・意欲・士気、そういう『目には見えない心の発露』が、基礎ステータスを大幅に向上させる。
(アイリは人を『ゲームの駒』と見ているけれど、それは大きな間違いだ)
人には色があり、癖があり、個性がある。
それゆえに思考を読むことができるんだ。
無意識のうちに好む型・嫌う型。
行き詰まったところで、置きに行く型。
(相手の心を読み、自分にとって最高の手を、敵にとって最悪の手を打つ――それが『
その規模が小さければ『チェス』となり、大きければ『戦争』となる。
「ぅ、ぐ……っ(この男、口だけの
ボクはアイリの思考の癖を、呼吸の乱れを、心の揺らぎを掴み――彼女の次の手を正確に予見する。
一方のアイリは、ひたすらチェス盤にかぶりつき、ボクのことをまったく見ていない。
(
至極、当然の道理だ。
(さて、そろそろ詰もうかな!)
ボクがナイトを跳ねると同時、
「……ぁ……っ」
アイリの顔が絶望に染まった。
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