第21話:指輪
ニア・エリザ・リン・アレンと別れた後、ボクはハイゼンベルクの屋敷に戻り――ひたすら虚空の修業に打ち込んだ。
(みんながレベリングしたなら、その三倍は努力しなきゃね……っ)
虚空の展開速度と座標計算を中心に、『基礎』を徹底的に磨き抜く。
地味で退屈だけど、結局こういうのが一番効くのだ。
そうして五時間ほど気持ちのいい汗を流し――時刻は深夜零時。
「――さて、そろそろ行こうかな」
黒いローブと仮面を
(最近はちょっとイベントが忙し過ぎて、<
虚の創設者&統治者として、たまには出席しておかないと。
後はそうそう、ダイヤに『指輪』をプレゼントしなきゃだね。
次の瞬間、奥の教壇がゴゴゴッと動き、地下に続く隠し階段が現れた。
(ふふっ、何度見てもいい仕掛けだね)
薄暗い階段を下りていくと、天井の高い大広間に出た。
そこには黒いローブを纏った虚の構成員たちが平伏している。
ザッと200人ぐらいだろうか。
虚の創設当初を思えば、
広間の最奥に置かれた漆黒の玉座、そこへ腰を下ろすと同時、右隣に絶世の美少女が立つ。
白銀のロングヘアが特徴のハーフエルフ、
「それではこれより、定例報告を始めます。ボイド様へお伝えすることがある者は、その場で速やかに起立なさい」
「皇帝が陣頭指揮を
この短期間で城塞都市を立て直すなんて……さすが帝国だ。
皇帝が出張ったとはいえ、基礎的な国力がとても高いね。
「王国西部の
天喰の進行速度と出現位置は、シナリオと全く同じ。
つまり、最終盤面はライラック平原で確定。
忘れないよう『ポイント』にマーキングしておかなきゃ。
「
メインルートの流れ的に、霊国と皇国のイベントは、まだけっこう先の話だ。
いい具合にガス抜きして、戦争を回避させよう。
ホロウ
「まずは帝国の足を止める。アクアに<
『原作知識』という『最強のチート武器』をフルに使い、『最善の指示』を出す。
「以前にも伝えた通り、来週6月30日ライラック平原で
<虚空渡り>を使い、玉座の真下にある『秘密の小部屋』へ飛ぶ。
「――ふぅ、疲れたぁ」
肉体的疲労というよりは、精神的なモノだ。
200人の前で堂々と振る舞うのは、何度やっても慣れない、今でもちょっぴり緊張する。
(でも、みんな元気そうでよかった)
(みんなにはたくさん働いてもらってるし、メインルートの攻略が終わったら、それなりの報酬を用意しなきゃね)
そんなことを考えながら、仮面を外してローブを脱ぐと――隠し階段からダイヤが降りてきた。
「お疲れ様。相変わらず、とんでもない情報処理能力ね」
「ふふっ、お世辞でも嬉しいよ」
ホロウ
「っと、そうだ。忘れないうちに――はいこれ」
白い小箱を取り出し、パカッと開けると、『白銀の指輪』が現れた。
「まさか、プロポ――」
「――プレゼントだよ」
勘違いが生まれる前に、超高速で修正した。
ちなみにこの指輪は、今朝方にドワーフ族の長ドドンから受け取ったものだ。
仕事が早くて助かる。
「……綺麗……」
ダイヤは宝石のような瞳を丸くして呟く。
「ねぇボイド……」
「なに?」
「あなたので手で、お願いしてもいい……?」
彼女はそう言って、左手をスッと差し出した。
どうやら、ボクに指輪をつけてほしいようだ。
(……
即座に理解した。
目の前に真っ直ぐ伸びるのは
左手×薬指×指輪、それが意味をするところは――『結婚』。
(ほんと、この世界は一ミリも油断できないね……)
もしもこれに気付かず、求められるがまま、左手の薬指に指輪を通した場合――『ダイヤルート』が確定していただろう。
(いや、彼女はとてもいい子だし、ヒロイン候補なんだけど……)
そういう
(だからここは――
指輪を優しく摘まみ、白く細い指に通した。
その瞬間、
「ふふっ」
ダイヤが不敵な笑みを浮かべ、
「えっ?」
ボクは驚愕に目を見開いた。
いったいどういうわけか、人差し指に
(ば、馬鹿な!?)
あり得ない。
ボクは人差し指へ狙いを定め、確かにそこへ通したはず……っ。
(……ダイヤの固有は
つまりこれは、物理的な現象。
おそらく超高速で腕をスライドさせ、人差し指から薬指へズラしたのだ。
『目にも留まらぬ
さすがは五獄の統括、恐ろしい
「ありがとうボイド、一生大切にするわ」
「あ゛ー、うん、どういたしまして……」
切り替えよう。
うちの可愛いダイヤが喜んでくれた、それでいいじゃないか。
「さて、『仕上げ』をしよう」
「仕上げ?」
「ほら、指輪の台座部分に無色透明な魔水晶が見えるでしょ? そこにボクとダイヤの魔力を注ぐ、それで『完成』だ」
「つまりは……『共同作業』!?」
「ま、まぁそういう表現もできるね」
何故だろう。
どんどんマズい道に入っている気がする。
もしかしたらボクは、既に引き返せないところまで来ているのかもしれない……。
「二人の魔力を込めると、どうなるのかしら?」
「それはやってからのお楽しみ」
「ふふっ、わかったわ」
ボクとダイヤは指輪に手をかざし、お互いの魔力を注ぎ込む。
漆黒の魔力と白銀の魔力が
よし、成功だね。
「これが、私とボイドの『愛の結晶』……っ」
ダイヤが
「……」
ボクはただひたすらノーコメントを貫いた。
これ以上は、冗談抜きでマズい。
男としての本能が、そう告げたのだ。
「最後に、指輪の力を説明しておこうか」
コホンと咳払いをして注目を集める。
「それは『虚空石の指輪』という、とても貴重な装備品でね。魔水晶に魔力を流すことで、疑似的な<虚空渡り>が使えるようになる」
「えっ……うそ!?」
ダイヤが指輪に魔力を込めると、正面に漆黒の渦が出現した。
非常に不安定で弱々しいが、
「これがあれば、移動の手間がちょっと
虚空界への
①現実世界に『スポット』を決め、そこへ『マーキング』を付けておく。
②虚の構成員がスポットへ移動し、ボクへ<
③マーキングを目印に<虚空渡り>を使い、ボイドタウンへの道を開ける。
『
はっきり言って、けっこう手間が掛かる。
ボクも大変だし、みんなも
そこで活躍するのが、虚空石の指輪だ。
「ダイヤの使った
「なる、ほど……」
「
「こんな貴重なモノ……本当にもらっていいの?」
「うん」
キミはちょっと働き過ぎだ。
疑似的な<虚空渡り>で移動の手間を減らし、仕事の効率化を図って、もっと休む時間を増やしてほしい。
「でも、万が一これが、敵の手に渡ったら……」
「大丈夫。虚空石の指輪を使えるのは、ボクと一緒に魔水晶へ魔力を注いだ者だけ、つまりダイヤだけだ」
そもそもの話、虚空界に侵入する馬鹿なんていない。
(あの世界は、虚空使いにとっての『聖域』、言い換えれば『腹の中』だ)
ボクはただ指をパチンと鳴らすだけで、ボイドタウンにいる『大翁』ゾーヴァ・『闇の大貴族』ヴァラン・『獣災』ラグナ、大ボス三人組を消し飛ばせる。
細胞のひとかけらさえ残さず、滅ぼすことができるのだ。
(つまり、虚空界に足を踏み入れた時点で、その敵はもはや死んだも同然)
だから、侵入者を警戒する意味も必要もない。
そんなに入りたければ、「どうぞご自由に」って感じだ。
もちろんその場合は、ボクの家族になってもらうし、二度と外に出さないけどね。
「あなたからの『信頼の証』として、生涯この指輪を大切にするわ。ありがとう、ボイド」
「どういたしまして」
そんなに重く取らないでいいよ。
残り四個の指輪が出来上がり次第、他の五獄たちにも渡すモノだしね。
「じゃ、ボクはそろそろ
<虚空渡り>を使おうとしたそのとき、ルビーから<
(――ボイド様、夜分遅くに申し訳ございません。至急、御報告したいことが)
(いいよ、どうしたの?)
(たった今、『王室会議』が終わり、
(なになに?)
(明日の正午、
(おぉっ、ついに来たか!)
第四章中盤の『メインイベント』だ!
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