第17話:死んだわ

 大ボスたちが静かに見つめ合う中――ボクは一人のロンゾルキアのファンとして、静かに心を躍らせた。


(これは原作にもない『超々貴重なイベントシーン』! 台詞せりふの一つだって、聞き逃すものか!)


 そうして全神経を集中させていると、ゾーヴァがおもむろに口を開く。


「ヴァラン、お主その体……魔人になったのか」


「成り行きでな。そのおかげで天喰そらぐいの呪いを克服できた」


 ヴァランはそう言って、自由に動く左脚を見せる。


「しかしゾーヴァ、貴様は魔法実験で死んだと聞いていたが……。なるほど、ホロウに消されたのか」


「……あぁ、儂は負けた、完膚かんぷなきまでにな」


「ふんっ、いろいろと聞きたいことはあるが……そのはどうしたんだ?」


 ヴァランは心配そうな表情で、ゾーヴァの瞳を指さした。


 うん、その気持ちはとてもよくわかるよ。

 ゾーヴァのキラッキラッな目、いったいどうなっているんだろうね。


「まぁ、いろいろあってのぅ」


 大翁おおおきなは長いひげを揉みながら、どこか遠いところを見つめた。


「それにしても……お主の誇る『隠蔽工作』でも、ボイド様からは逃げられなんだか。まぁ無理もない。この御方に目を付けられたが最後、一巻の終わりじゃからな」


「はっ、なんだそのおよごしは? あの尖っていた『大翁おおおきな』様が、随分と丸くなったじゃないか、えぇ?」


 ヴァランは悪意に満ちた笑みを浮かべ、挑発的な言葉を飛ばした。


 しかし、ゾーヴァはそれに乗らない。


「儂は知ったのだ、決して・・・届かぬ・・・高み・・を。ボイド様は『厄災』ゼノそのもの。文字通り、次元の異なる存在じゃ。……三百年、随分と遠回りしたが、ようやく身の程を理解した」


 彼は肩を揺らし、自嘲気味に笑う。

 実際は、『身の程を理解した』のではなく、『体に教え込まれた』というのが正しい。

 もしかしたらゾーヴァは、ルビーにしつけられた記憶を消しているのかもしれない。


(まぁ……それが正解だと思う)


 そうでもしないと精神こころが壊れちゃうからね。


「ヴァランよ、世界というのは存外に広い。儂はこの虚空界で生まれ変わった、純粋な魔法研究の楽しさを知った。どうじゃ、お主も『第二の人生』を歩まぬか?」


 ゾーヴァは手を伸ばし、


「まったく、何を言い出すかと思えば……貴様には失望したぞ」


 ヴァランはそれを拒絶した。


「私は……『大翁おおおきな』ゾーヴァ・レ・エインズワースに憧れていた。四大貴族として絶大な力を誇りながら、愚直に魔法の深淵を歩むその在り方には、『華』があった! 狂気に彩られた貴様には、闇の貴族としての魅力カリスマが、確かにあったのだ! それがなんだ、このザマは!? こんな腑抜けた姿を見るぐらいならば、この手で殺しておけばよかった……っ」


「……そうか、すまぬな」


 ゾーヴァは多くを語らず、静かに目を細めた。

 その瞳の奥には憐憫れんびん諦観ていかん郷愁きょうしゅう、複雑な色が浮かぶ。


 そうして二人の会話は打ち切られ、


「……」


「……」


 重々しい沈黙が、この場を支配する。


 新たな人生を踏み出す第一章の大ボス。

 過去の妄執もうしゅうに囚われる第二章の大ボス。

 二人の在り方は、とても対照的だ。


(いや、驚いたね。まさか『闇の大貴族』ヴァランが、『大翁』ゾーヴァに憧れていたとは……)


 おそらく二人の関係性は、一般に公開されていない――『原作キャラの裏設定』だ。


(そんな極秘情報を生で見られるとは……ボクはなんて幸せ者なんだろう! 素晴らしいっ! 最高の気分だッ!)


 とにかく、今ので『心』が決まった。


(ボクはこの先、第三章・第四章・第五章……各章の『大ボス』を可能な限り家族にする!)


 そうして大ボス同士の貴重な絡みを、原作にはない超々貴重なイベントシーンを、舞台の最前列で――特等席で観賞するのだ!


(ふふっ、この世界は本当に楽しませてくれるね!)


 ボクがご機嫌な表情を浮かべていると、ヴァランがこちらへ目を向けた。


「ホロウ、貴様の目的はなんだ? どうして私を生かした?」


「ボクの目的は生き残ること。キミを活かしたのは、シンプルに利用価値があるからだね」


「利用価値、だと?」


「そっ。ヴァランの『情報操作能力』には、目を見張るモノがある。キミを殺すのはとても簡単だけど、それはちょっと『もったいないな』と思ったんだ。後はその中途半端に『変異』した体も、けっこうなレアものだから、コレクションとしても欲しいね」


 ボクが淡々と理由を述べると、ヴァランは静かに首を横へ振った。


「私はホロウに敗れた、その圧倒的な力に絶望した。しかしそれでも――『闇の大貴族』としてのプライドがある、意地もある、矜持きょうじもある。どうして膝を折ることができようか」


「素直に従う気はない、と?」


「無論」


 彼の瞳には、固い決意が宿っている。


「うーん、困ったなぁ……」


 虚空界では、必殺の『虚空式尋問法』が使えない。

 ここに事物じぶつを虚空で消した場合、『虚無きょむ』に飛ばされてしまう。

 そこは完全なる『無』の世界。

 二度と取り返しのつかない『根源的な消滅』だ。


(ボクは、ヴァランの心を折りたいだけで、別に殺したいわけじゃない……)


 つまり、今ここで必要なのは、彼を適度に痛め付けること。


(でも、虚空界にいるボクは、全能力ステータスが大幅に強化されて・・・しまって・・・・いる・・……)


 これは所謂いわゆる『環境強化バフ』、自動的に適用されるモノであり、こちらでオンオフの調整ができない。


 こんな状態でヴァランを痛め付けようものなら、軽いデコピンで頭部粉砕・軽いパンチで胴体に風穴・軽い手刀で首チョンパ……。


(うん。どう考えても、ろくな結果にならないね)


 もちろん彼は魔人だから、異常な生命力を持っているから、きっとすぐには死なないだろう。

 ただ、万が一ということもある。


 昔から『餅は餅屋』と言うし、やっぱりこういうときは、その道の『達人プロ』――ルビー先生にお願いすべきだろう。


 ボクは早速、<交信コール>を発動した。


(ねぇルビー、今ちょっと大丈夫?)


(はい、もちろんでございます! ボイド様より優先すべきことなどありません!)


(ありがとう。実はさ――)


 かくかくしかじかと状況を簡単に説明する。


(――承知しました。いつでもお呼びください)


(よかった、助かるよ)


 ボクが<虚空渡り>を使うと、黒い渦の中からルビーが現れた。


「いつも急でごめんね」


「何を仰いますか、ボイド様にお呼ばれするのは、私にとって至上の喜びです」


「あはは、ルビーは大袈裟だなぁ」


 そんな風に二人で仲睦なかむつまじく話していると、ゾーヴァが突然ガタガタガタガタと震え出した。

 どうやら彼には、『ヴァイブレーション機能』が搭載されているらしい。


「る、る、る、ルビー様……ご、ごき、ごき、ご機嫌、うるわしゅうで、ございまする……っ」


 ゾーヴァは無茶苦茶な敬語を使いながら、その場で膝を突いた。


(うわぁ、もう完全に『トラウマ』じゃん……っ)


 かつて邪心の塊であった彼は、『仲良しの家』でルビーの調教を受けた。

 その結果こういしょうが、あのキラッキラの瞳だ。


(ルビー、ほんとゾーヴァに何をしたの……?)


 前々からずっと気になっているけど、未だ一歩を踏み出せずにいた。

 人間、『知らない方がいいこともある』って言うしね。


「ときにボイド様、この紫色のボロ雑巾が、ヴァランなる愚物ですか?」


「うん、こう見えて中々に強情でさ。いい具合に『折って』もらえる?」


「かしこまりました。この私にお任せください」


「さすがはルビー、頼りになるね」


「恐縮です。――おい、行くぞ」


 ルビーの命令に対し、


「……」


 ヴァランは沈黙でこたえた、『ガン無視むし』したのだ、先生のことを。


(おいおいおい、死んだわ、こいつ……っ)


(な、なんと愚かなことを……っ)


 ボクとゾーヴァは、揃ってゴクリと息を呑んだ。

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