第6話:特大の異常

 っとまぁそんなことがあって、王都の闇オークションは、ボクの手に落ちた。

 今後はうつろの構成員たちが、健全に運営していく予定だ。


(あそこには、定期的に『激レアアイテム』が流れ着く……)


 当然レアモノが入れば、オークションには出さず、ボクのコレクションに加えるつもりだ。


 ちなみに……オークションを運営していたヴァランの残党たちは、一人残らず家族へ迎え入れ、あの場に居合わせた客たちは、ひとまず・・・・解放することにした。


(闇オークションの運営者が消えたぐらいなら、『裏の事件』として目立つこともないだろうけど……。不特定多数の人間が一夜にして消えたとなれば、『表の事件』になってしまうからね)


 但し、解放する条件として、<契約コントラ>を結ばせた。


『この日、劇場で見聞きしたことは、あらゆる媒体を用いて伝達・記録しない』


 これで虚と闇オークションの関係は、如何いかなる手段を以ってしても、外部に漏れることはない。


(ただ……あそこの客たちは、ちょっと目に余るほど『醜悪な人種』だった)


 また手が空いたときにでも、パパッと素性を調べ上げ――『基準』を満たすようならば、理想郷へ招き入れるとしよう。


 後はそうそう、『目玉商品』として売りに出された少女。

 彼女は現在、うつろの仮拠点で保護している。

 不浄の紋章は浄化してあげたので、体をむしばむ地獄のような痛みはもうない。

 今後はしばらく安静にして、心と体が落ち着いた頃、虚の構成員となるか、表の世界に戻るか――好きな道を選ぶだろう。


 そうして闇オークション襲撃から一夜明けた朝、ボクは休む間もなく『次のイベント』に取り組む。


(今回の目標ターゲットは、『天才魔法研究者』リン・ケルビー)


 本来リンと接触できるのは、一週間後の特別講義なんだけど……。


(ボクの手には、龍の瞳という『極上の餌』がある!)


 これを上手く活用すれば、イベントの大幅なショートカットが可能になる……はずだ。

 大ボスの早期討伐はシステム的にブロックされていたけど、サブイベントの手順省略ぐらいなら問題ないだろう。

 その辺りを検証する意味も含めて、本件には大きな価値がある。


 顔を洗って歯を磨き、自室に戻って制服に着替えたところで――コンコンコンとノックの音が響く。


「フィオナです、少しお時間をいただけないでしょうか?」


「入れ」


「失礼します」


 扉がギィと開き、白衣をまとったフィオナさんが入ってきた。


「なんのようだ?」


 ボクが椅子に腰を下ろすと、彼女はその前でひざまずく。


「ホロウ様の御要望により、開発を進めていた毒薬――その試作品が完成しました」


「ほぅ、見せてみろ」


「はっ」


 フィオナさんは懐から、薬の仕様書とピンク色のカプセルを差し出す。


「こちらは携帯型猛毒カプセル『とろみちゃん』です。私の固有魔法<蛇龍の古毒ヒドラ>で生成した催眠薬さいみんどくが内蔵されており、前回の『ころっとくん』と同様、カプセル下部の小さな針を対象へ刺し、薬剤を注射する形で使用します」


「なるほど」


 彼女の話に耳を傾けながら、仕様書を高速で読み込む。


「本剤を打たれた人間は、思考力が極端に低下し、極めて従順な姿勢を示します。対象者は催眠状態にあるため、複雑な指示を聞くことはできませんが、簡単な問いであれば答えられるでしょう。薬の効果は五秒以内に発現し、およそ一時間ほど持続する見込みです」


「――素晴らしい」


 この毒薬があれば、面倒な尋問を大幅に削減できる。


(『虚空式尋問法』は確かに強力だけど……ちょっと時間が掛かるからね)


 薬一つでゲロッてくれるなんて、まさに夢のような話だ!


「但し、強靭きょうじんな精神力を持つ人には、あまり効果を発揮しないので、その点だけご留意ください」


「あぁ、わかった」


 そんなことは、大した問題にならない。


 雑魚キャラの尋問には、とろみちゃんを。

 小~中ボスの尋問には、虚空式尋問法を。

 大ボスの尋問には、専門家のルビー先生を。

 相手の格に応じて、適宜てきぎ使い分ければいいだけのことだ。


 とにもかくにもこの毒薬は、メインルートの攻略を円滑にしてくれる。


(やっぱり研究職は、『縁の下の力持ち』として、非常に重要な存在だ……)


 ますますケルビー母娘おやこが欲しくなるね。

 早いところイベントをこなして、こちらの仲間に引きり込むとしよう。


 ボクがそんなことを考えていると、


「あの、ホロウ様……『例のアレ』をお願いできればと思うのですが……?」


 試作品の発表を終えたフィオナさんが、熱のこもった視線を向けてきた。

 彼女との付き合いは、なんだかんだでもう五年。

 その目を見れば、みなまで言わずとも、何を求めているのかみ取れる。


「はぁ……わかっていると思うが、これは借金だからな? 返済義務があるものだぞ?」


「はい、もちろんです!」


 フィオナさんとは『月給制』の契約を結んでおり、何か発明するたびに褒賞金ほうしょうきんを出す必要はない。

 そもそも新魔法・魔道具・魔法論文による特許料は折半なうえ、借入かりいれの利子はゼロ――『破格の好待遇』だ。

 世間的に『金払いがよい』と言われる魔法省、そこよりも軽く三倍は出しているだろう。

 実際、彼女が初任給を手にしたときは、「こ、こんなにいただいていいんですか……!?」と声を震わせていたほど。


(さて、今回はいくら貸してあげようかな)


 ボクは既に『夢の永久機関』を完成させた。

 フィオナさんの給金や貸付金は、うちの経営する競馬場を通じて、ほぼ全額回収できる。

 つまり、どれだけお金を渡しても、痛くもかゆくもない。

 最終的には、ボクの手元に戻ってくるからね。


(でも、あまり簡単に貸し過ぎたら、『ありがたみ』に欠けてしまう)


 だからこうして、彼女が『成果物』を持ってきたときに限り、その『御褒美』として借金を許していた。

 どうせお金を貸すんだったら、しっかりと『恩』も売らなきゃね。


(――よし、決めた。この毒薬はかなり便利なモノだし、今回はちょっと奮発してあげよう)


 ボクは<虚空渡り>を使い、ボイドタウンの隠し金庫と接続。

 漆黒の渦から、ボトボトボトと五つの札束が落ち、


「……ッ!」


 彼女はそれをシュバババッと高速で拾い集めた。


「五百万ゴルドだ。大切に使うんだぞ?」


「はい、ありがとうございます!」


 札束をギュッと抱き締めた彼女は、世界で一番幸せそうに微笑む。


「しかし……このところ随分と張り切っているじゃないか。何かあったのか?」


 ボクの問い掛けに対し、フィオナさんは気恥ずかしそうに頬をく。


「実は私……お金を・・・貯めて・・・いるんです・・・・・


「…………はっ?」


 天才的なホロウブレインを以ってしても、その言葉あんごうを解読するのには、かなりの時間を要した。


あの・・借金馬女が……『貯金』、だと……!? 馬鹿な、あり得ない……っ。これは何か、とんでもないことが起きている……ッ)


 世界の修正力とか地獄モードとか勇者因子の覚醒とか、そんなチャチなものじゃない。

 この世界を根底からひっくり返すような、『特大の異常イレギュラー』が発生しているのだ。


(これはマズい……っ。とにかく身の安全を確保しなければ……ッ)


 ボクはすぐさま<虚空憑依>の出力を最大に引き上げ、全神経を研ぎ澄ませて周辺クリーニングを開始。


(……よし、近くに敵性魔力の反応はないな)


 最低限の安全を確保し、五獄ごごくに緊急連絡を入れようとしたそのとき――フィオナさんが口を開く。


「二週間後に迫った6月16日、『クラインダービー』が開かれます。これは上半期における最大規模のレースっ! 決戦の時に備えて、軍資金をき集めているんですよッ!」


「…………そうか」


 ボクは思わず、ホッと安堵の息をつく。


(よかった、ちゃんといつもの借金馬女クズだった……)


 それから一時間後――レドリックに登校したボクは、特進クラスの教室に入る。


「あれ、ホロウ? 今日はまた随分と早いわね」


「お前がこんなに早く来るとは、珍しいこともあるものだな」


「一限が始まるまで、まだ三十分もあるよ……?」


 ニア・エリザ・アレンの三人は、揃って不思議そうな顔をしている。


「まぁ、たまにはな」


 ボクは原作ホロウのキャラ設定を守るため、いつも時間ギリギリに登校していた。


(極悪貴族が朝一番から教室にいるのは……ちょっと『解釈違い』だからね)


 でも今日は、『とあるイベント』を起こす必要があるので、こうして早めに学校へ来たのだ。


(……というかキミたち、いつの間に仲良くなったの?)


 ニアとエリザはいい。

 この二人は、ボクの大切な手駒てごま――じゃなくて、仲間だからね。

 いつか顔合わせの場を作る予定だったので、むしろ手間がはぶけて助かるぐらいだ。


(しかしアレン、何故お前がその中にいる……?)


 いろいろと聞きたいことはあるけれど……今はいいや。


 現在の目的は、リンとの接触を果たすこと。

 主人公の交友関係については、また後ほど考えるとしよう。

 あっちこっちと目を泳がせていたら、メインターゲットを取り逃してしまうからね。


(――さて、『』の時間だ)


 自分の座席に腰を落ち着かせたボクは、ポケットから深緑しんりょくの小石を取り出し、見せ付けるようにコロコロと机の上で転がす。


 その結果、ニアとエリザがすぐに反応を示した。


「うわぁ、綺麗な石ねぇ」


「何かの宝石か……?」


 二人とも、龍の瞳に興味津々といった様子だ。

 こういうところ、『普通の女の子』って感じがして可愛いね。


「これは龍の瞳と言ってな。魔法の解析を可能にする、遥かいにしえの魔道具だ」


「えっ、これ魔道具なの?」


「古の魔道具か、中々に値が張りそうだ」


「まぁ、それなりにするな」


 相場はだいたい5000万ぐらいだろうか?


 ボクとニアとエリザがそんな話をしていると――教室の前方でガタガタガタッという、慌ただしい音が響いた。

 そちらに目を向けると、とある女生徒が小走りでこちらへ駆け寄ってくる。


(ふふっ、釣れた釣れた!)


 ボクの狙い通り、今回の主目的メインターゲットが、ノコノコとやってきてくれたぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る