エピローグ

 ホロウの<虚空憑依>により漆黒の剣を失ったヴァランは、大きく後ろへ跳び下がり――のみとなった得物に目を向ける。


「その異様な魔法、悍ましい魔力……まさか、<虚空>!? もしや貴様、噂に聞くあの・・『ボイド』か!?」


「さすがはヴァランきょう、大魔教団とべったりなだけあって、よく知っている」


 ホロウは自分の固有と正体を隠さなかった。

 それもそのはず、エリザは既にとしており、ヴァランはこれから始末する。

 もはや何を知られたとて、まったく問題にならない。


「私とて裏社会に生きる者、ボイドの噂は放っておいても飛び込んでくる。なんでも『うつろ』なる組織を率いて、派手に暴れているそうじゃないか。教団の連中が、血眼ちまなこになってお前を探していたぞ?」


「だろうな」


 虚と大魔教団は激しく敵対しており、世界各地のあらゆる場所で、散発的に戦いを繰り広げている。

 ホロウもまた『暇つぶし』と『因子収拾』と『ストレス発散』のため、その日の気分如何いかんによって、適当なアジトをいくつも潰してきた。


 その結果、大魔教団の『計画』は大きく崩れ、人員と資金が枯渇していき……。

 今は禁呪や薬物の開発計画を凍結することで、なんとか無理矢理に資本を捻出し、本丸である『魔王因子の研究』を動かしている状態だ。


「しかし、これはいい手土産てみやげができた。ホロウの首を持って行けば、教団からさらに『高次こうじの薬』がもらえるだろう!」


「なるほど、見事な尻尾の振り方だ。貴殿はそうやって成り上がってきたのか」


「……本当に口の減らない男だな。いいだろう、貴様には『最も屈辱的な死』をくれてやる! ――『ひざまずけ』!」


 しかし、当然のように何も起きない。

 ホロウは人を食った笑みを浮かべながら、堂々と二本の足で立っている。


「ほぅ……まさか<支配の言霊ことだま>にあらがうとはな。腐っても『虚空因子』の持ち主、というわけか」


 ヴァランはそう言うと、腰に差した『特別な一振り』を取り、


「相手が虚空使いとあらば、普通の得物えものでは勝てん。特別だ、こいつ・・・を抜いてやろう」


 まるで見せ付けるように、ゆっくりとさやから抜いていく。


「ほぅ……見事な剣だな」


めい神魔断罪剣じんまだんざいけん! 遥か原初の時代、神が手ずから打ち鍛えたこれは、あらゆる魔法を無効化する『究極にして至高の一振り』! 光栄に思え、貴様如きには過ぎた代物だ!」


「虎の子、というわけか」


「くくっ、こいつは本当に高かった。帝都の闇市やみいちに出向き、『300億ゴルド』という法外な金で買ったんだ。しかし、その価値は十分にある。何せこの世界に十本のみと言われる『原初の剣』だからなァ!」


 ヴァランは喜悦きえつに満ちた顔で、自慢気に語った。

『断魔』の力を宿したその剣は、あらゆる魔法を断ち斬るため、虚空にも対抗し得るだろう。


「なるほど……そちらが原初の一振りを抜くとなれば、こちらも『とっておき』を出さねばなるまい」


「ほぅ、貴様も剣を?」


たしなむ程度にな」


「くくっ、面白い!」


 ヴァランは獣の如き獰猛どうもうかおを見せた。

 一人の剣客けんかくとして、ホロウがどんな剣を振るうのか、強く興味をかれたのだ。


「さぁ早く抜け、そして構えろ。私も剣士として身を立てた男だ、それぐらいの時間は待ってやる」


「心遣い、感謝する」


 ホロウは<虚空渡り>を使い――虚空界に保管された、『とある武器』を回収。


 試し斬りとばかりに軽く二・三度振るい、しっかりと調子を確かめた。


「おい……待て……なんだ、それ・・は?」


「――『バールのようなもの』。市場価格『300ゴルド』を優に超える、鍛冶職人の血と汗と涙の結晶だ」


「……あ゛ぁ?」


 ヴァランの額に危険な青筋が走る。


「光栄に思え、ミジンコを潰すには過ぎた代物だぞ?」


「なる、ほど……っ。このヴァランが認めてやろう。人を虚仮こけにすることにおいて、貴様の右に出る者はおらん……ッ」


 剣士としての誇りをおとしめられたヴァランは、もはや我慢ならぬといった風に斬り掛かる。


「ぜりゃああああああああッ!」


 その連撃は、まさしく『嵐』。

 呼吸はおろか、まばたきのひまさえ与えぬ、超高速の100連撃。


 しかも、それらは全て『必殺の一撃』。

 斬撃の一つ一つが凄まじい威力を誇り、寸分違わず急所へ向かう。

 威力・速度・技術、三位一体さんみいったいとなったその技は、まさに『神技しんぎ』。


『神技の剣聖』ヴァラン・ヴァレンシュタイン、その本領を遺憾なく発揮していた。


 しかし、


「何故、だ……!?」


 当たらない。


 ホロウはその場で立ったまま、それも隙だらけの棒立ち。


 だが、かすりもしない。 


 まるで斬撃が意思を持っているかのように、ホロウをひょいひょいとけていく。


「なんとも拍子抜けだな……。如何いかに優れた剣であろうと、担い手がこれ・・では、ただの棒切れと変わらん」


 ホロウの防御術は、極めてシンプルだ。

 猛然もうぜんと迫る切っ先に、バールの先端を優しく添え――流す。

 ただそれを超高速で繰り返すだけ。

 ホロウ好みの『シンプル・イズ・ベスト』な防御だ。


 無論これは、彼の神懸かみがかった剣術スキルがあってこそ為せる、『正真正銘の神業かみわざ』である。


「くそっ、何故だ、何故当たらんのだ!?」


 がむしゃらに剣を振るうヴァラン、ホロウはそれを心底しんそこつまらなさそうに見つめた。


「まるで子どものチャンバラ。神技の剣聖と聞いていたが、これでは『お遊戯ゆうぎの剣聖』だな」


「ぐっ……ほざけぇッ!」


 激昂げきこうしたヴァランは、大きく後ろへ跳び下がり――『二本目のガラス瓶』を取り出す。

 中身は先ほどと同じ、魔王の血だ。


「……もうその辺りにしておけ、戻れなく・・・・なるぞ・・・?」


「構うものかっ! 私は人間を超え、魔人を超え――『究極の生命体』になるのだッ!」


 彼が真紅の液体を呑み干した瞬間、魔力が・・・弾けた・・・


 凄まじい衝撃波がルーデル森林を駆け抜け、大量の砂埃が天高く舞い上がる。


 ほどなくして姿を現したのは――『異形』と化したヴァラン・ヴァレンシュタイン。


「私は……『超越』した」


 身の丈2メートル50センチ、両の白目は黒く染まり、肩には甲羅のような外骨格が形成され、紫紺しこんの鱗が全身をおおう。

 それは『人』と『魔』の融合、まさしく『魔人』と呼ぶにふさわしい姿だった。


 ヴァランがおもむろに剣をぐと、超巨大な斬撃が凄まじい速度で飛び――青々と茂る森林が、地平線の彼方まで更地さらちと化す。


「く、くくく……っ。見たかホロウ、この圧倒的な力を! たった一振りで、地図が塗り替わったぞ!? 私は魔人の神、文字通り『魔神』となったのだッ!」


 ヴァランが高らかに笑い、


「こんなもの……勝てる、わけがない……っ」


 エリザが絶望に瞳を揺らす中、


「はぁ……」


 ホロウは割と真剣に呆れていた。


「そこまで『変異』が進めば、もはや人間には戻れん……。ここまでの愚か者は、そうそう見られるものじゃない。…………いや待てよ、珍種レアものとして飼うのは『アリ』か」


「はっ、下等生物ホロウの安い言葉ちょうはつなぞ、もはや耳にも残らぬわ!」


「耳に残らぬというのであれば、その頭蓋ずがいに刻んでやろう」


「くくっ、好きにほざけ。それが貴様の――最期の言葉になるのだからなァ!」


 ヴァランが地面を蹴り付けると、そこに巨大なクレーターが生まれ、一瞬のうちに間合いが詰まる。


「逃げろッ!」


 エリザの絶叫が響き、


「終わりだァ!」


 原初の剣が迫る中――ホロウは短く呟いた。


「――『ひざまずけ』」


 次の瞬間、


「ぬぉッ!?」


 ヴァランはその場で膝を突き、『虚空の王』にこうべを垂れる。


「これ、は……<支配の言霊ことだま>!? 馬鹿な、あり得んっ。そんなわけがないッ!」


 支配の言霊が正しく効果を発揮するのは――両者の・・・魔力量に・・・・圧倒的な・・・・大差が・・・ある・・場合のみ・・・・


 つまり、これ・・が意味するところは一つ。


「理解したか? お前が魔王の血を飲み、最強と浮かれた力は所詮――俺が無造作に垂れ流す魔力にも及ばん、ということだ」


「お、おかしい……っ。こんなこと、あるわけがない! あってよいはずがない! これは何かの間違いだッ!」


 ヴァランは激しくいきどおり、紫紺しこんの大魔力を解き放った。


「ぬ、ぉおおおおおおおお……!」


 大空が割れ、大地が揺らぎ、大気が震えるも……体はピクリとも動かない。


『王』に頭を下げたまま、『臣下の礼』を取り続けた。


 このとき――ホロウの腹の奥底から、『黒い愉悦ゆえつ』が湧きあがる。


「くくくっ、どうしたヴァランきょう? 『世界最強の剣士』の力は、『魔神』とやらの力は、この程度のものなのか?」


 ホロウはゆっくりと足を上げ、眼下の後頭部を踏み付けた。


「~~ッ」


 ヴァランの顔は怒りに歪み、病的なほどに赤く染まる。


 許しがたき蛮行。

 耐え難き屈辱。

 忍び難き恥辱ちじょく

『闇の大貴族』ヴァラン・ヴァレンシュタインとして、ここまでのはずかしめを受けたのは、その生涯で初めてのことだ。


「ぬ、ぉおおおおおおおおおおおおッ!」


 強烈な怒りに『魔王の血』が呼応し、ヴァランの背中に『紫紺の翼』が生えた。


「ははっ、面白い体になったな。どうする、次は『尻尾』でも生やしてみるか? 俺を笑い転がせば、言霊ことだまが解けるやもしれんぞ?」


「こ、殺す……っ。貴様だけは……絶対に殺す……ッ」


 いくら凄んで見せても、指一本として動かない。


 その後、


「そぉら、頑張れ頑張れ」


「く、ぐ、ぉぁああああああああああ……!」


 ヴァランはまるで泣き叫ぶような雄叫びをあげるが、ホロウの唱えた<支配の言霊>は決して破れない。


 その異様な光景を目にしたエリザは、ゴクリと唾を呑む。


(……ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、なんと恐ろしい男だ……っ)


 ホロウは決して、口だけの男じゃなかった。

 その『怠惰傲慢』な姿勢の裏には、地道な努力によってつちかわれた、『絶大な武力』がある。

 彼は文字通り、次元の異なる存在だった。


(くくっ、名残なごりしいが……そろそろ『締める』とするか)


『邪悪の権化』は楽しそうに微笑みながら――<支配の言霊・・・・・解いて・・・あげた・・・


「ハッ!」


 ホロウの魔力に、<支配の言霊ことだま>に打ち勝った。


 そう錯覚したヴァランは、勢いよく顔を跳ね上げる。


 するとそこには――『絶望』があった。


「……ぁ……」


 それは漆黒の大魔力、底すら見えない深淵の闇。


(……勝てない、これ・・には、どう……やっても……)


 心が、折れてしまった。


 束の間の高揚こうようは、絶望の底に沈んだ。


 最後の希望がついえたそのとき、ホロウは情け容赦なく――ヴァランの顔面をぐしゃりと踏み潰した。


嗚呼あぁ……気持ちいぃ……最高の気分だ……っ)


 かつてないほどの愉悦ゆえつを噛み締めた『極悪貴族』は――ハッと我に返る。


(って、落ち着け落ち着け、ちょっとハイになり過ぎているぞ……っ)


 原作ホロウの邪悪な意識が、心の表層にまで上がっていたようだ。


「ふぅー……」


 大きく深呼吸をして気持ちをしずめていると、エリザが片足を引きりながらやってきた。


「ヴァランは……死んだ、のか……?」


「魔人の生命力を舐めるな。見ろ、既に『再生』が始まっている」


 普通の人間ならば、間違いなく即死の一撃だが……魔人の耐久力と回復力は、尋常ではない。

 頭を踏み抜かれるような致命傷を受けても、数日と経てば完全復活を果たすだろう。


「ヴァランの身柄は一度、エリザに預けるとしよう。間違っても殺すなよ? こいつは中々の珍種ちんしゅだ、後々『リサイクル』する」


「り、リサイクル……?」


「俺の家族になる、ということだ」


「……はっ……?」


 エリザは珍しく、ポカンと口を開ける。

 ホロウの返答は、それほどまでに突拍子とっぴょうしもないモノだった。


「気にするな、お前にもいずれ教えてやる」


 彼はそう言うと、話を先へ進める。


「さて、エリザには今後『偽りの英雄』になってもらう」


「どういう意味だ?」


「これを見ろ」


 ホロウが取り出したのは、明日配られる予定の号外だ。


『闇の大貴族ヴァラン辺境伯、聖騎士エリザ・ローレンスによって逮捕される!』


 そこにはエリザの顔写真がデカデカと貼られ、ヴァランの働いた悪事が証拠と共に載っている。

 その内容は――国民の怒りを煽り立て、エリザに称賛が集まり、ハイゼンベルク家に畏敬が向くよう、絶妙な調整がされていた。


 ホロウにとって『最高に都合のいい記事』となっているのは、彼が配下に原稿を書かせたためである。


「こ、こんなものまで用意していたのか……っ(この男、いったいどこまで先を見て

いるのだ!?)」


 エリザが驚愕に瞳を揺らす中、ホロウは淡々と話を進める。


「お前はヴァラン辺境伯を捕えたという『偽りの功績』を以って、聖騎士協会王都支部のおさとなる」


「残念だが、それは無理だ。王都支部の『上』は、あの・・『三人衆』が握っている。どれだけ手柄を立てても、あがることはできない」


「案ずるな。その重役三人ならば、明日の夜遅く『不慮の事故』にい、消える・・・ことに・・・なっている・・・・・


 ホロウは確定事項のように未来を語り、


「……っ」


 エリザは言葉を詰まらせた。


「ふっ、何も気にすることはない。あいつらは、いずれも救えぬゴミばかりだ」


「……知っているよ、嫌というほどにな」


 聖騎士協会の腐敗については、内部の人間であるエリザもよく知るところだ。


 特に王都支部の重役三人は、支部長・副支部長・事務局長は『最悪』。

 ヴァランをはじめとした多くの貴族から裏金をつのり、様々な便宜べんぎはかってきた。

 それだけに留まらず、いくつもの犯罪組織と親密な関係を築き、多くの犯罪者たちを見逃してきた。

 そうして得た汚い金で奴隷を買い漁り、私利私欲の限りを尽くしてきた。


 そこらの重罪人よりも遥かに悪質であり、その罪が白日の下に晒されれば、死刑は確実――つまり、『理想郷ボイドタウン』への入場資格を持っている、ということだ。


「重役三人が一斉に消えれば、王都支部は大混乱におちいる。これを落ち着かせるためには、すぐに別の頭をえ置かねばならん。このとき白羽の矢が立つのは、若手からの信望が厚く国民からの人気もあり、特大の功績を立てた正義の女聖騎士――エリザ・ローレンスの他にあるまい」


 ホロウは邪悪に微笑み、


「おめでとうエリザ、お前は間もなく王都支部のおさとなる。立派に務めを果たすといい」


 パチパチパチと拍手を送る。


「……私は何をすればいいのだ?」


「聖騎士協会の弱みを探ったり、不正を働いている上役うわやくを調べたり、犯罪者のリストをこちらへ回したり……まぁ、いろいろだ。当然、嫌とは言わせんぞ? お前の身も心も、全て俺のモノなのだからな」


「あぁ……覚悟はできている」


「くくっ、よい返事だ」


 ホロウはとても満足そうに頷いた。


「今後の予定については、また後ほど詰めるとしよう。こんなところで長々とする話でもないのでな」


「わかった」


「それから……えて言うまでもないことだが、俺の<虚空ちから>と正体は、誰にも言うなよ?」


「約束しよう」


「ならばよい」


 ホロウはエリザの言葉をあっさり信じた。


(エリザ・ローレンスは、絶対に約束を破らない。ここはニアと同じだ)


 二人は顔も性格も価値観も全て違うけれど、根っこがよく似ている。

 ヒロイン特有の高潔な精神性、この一点において通じるところがあるのだ。


 そうして最低限の情報共有と口止めを済ませたホロウが、虚空界へ飛ぼうとしたところで――エリザが頭を下げる。


「ホロウ、ありがとう。本当になんと礼を言えばいいのか……」


 その言葉を受け、極悪貴族は眉をひそめる。


「おいおい、何か勘違いしていないか? 俺は別に聖人君子ではない。あの孤児院を守ったのは、エリザを飼い慣らす為だ。首輪の持ち主が、ヴァランから俺に代わっただけに過ぎん」


「……やはり・・・お前も・・・そう・・なのか・・・……っ」


 エリザの瞳に絶望が差したそのとき、ホロウは「ただまぁ……」と言葉を続ける。


「俺はヴァランと違って忙しい。エリザたちにずっと構っているほど暇じゃない。お前が裏切りさえしなければ、大人しく俺の言うことに従うのならば――孤児院の連中は、うちの領地でヌクヌクと幸せに暮らすことだろう」


「……えっ、それって……」


 ハイゼンベルク領は、極悪貴族の支配する地。

 大規模犯罪組織はもちろんのこと、他の四大貴族やクライン王国の王族でさえ、簡単に手が出せない『魔境』。

 そこの領地に住まわせてもらえるということはつまり――ハイゼン・・・・ベルク家・・・・庇護下・・・置かれる・・・・も同じ。


「父は心臓をわずらい、母は心を病んでいる。その治療については……?」


「あの二人は大切な『人質』だ、特別に腕のいい医者を手配してやろう。俺のために、一日でも長く健康に生きてもらわんとな」


 エリザの瞳に光が宿る。


「子どもたちの生活は……?」


「病気で死なれても面倒だ、最低限の衣食住は保証しよう。当家の管理する他の孤児院と同水準と思えばいい」


 その目尻に涙が浮かぶ。


「ぷ、プレゼントを……送っても……?」


「プレゼントを……送る・・? 別に構わんが、直接渡してやればいいだろう」


 驚愕に瞳を揺らす。


「あの子たちに会ってもいいのか……!?」


「お前なぁ……俺との『契約条件』をもう一度よく思い出せ。エリザがその身と心を捧げる限り、大切な家族と共に暮らすことを許可する――そう結んだはずだが?」


「あぁ……あぁっ!」


 エリザは心の中で、諦めていた・・・・・


 ――貴族は平気で嘘をつき、何食わぬ顔で約束を破る。


 今回契約を交わした相手は、ヴァランと同じ『闇の大貴族』、ハイゼンベルク家の次期当主。

 どうせあのときの話も、ホロウの都合のいいようにゆがめられる。


 そう、考えていた。


 それがまさか……本当に言葉通りのまま約束を守るなど、夢にも思っていなかったのだ。


「で、では、家族みんなで遊びに出掛けても……!?」


「チッ……くどいぞ。俺は忙しいと言ったはずだ。お前がどこで誰と何をしていようが、そんなもの知ったことではない」


 ホロウが吐き捨てるようにそう言うと、


「……ぁ、ありがとう、本当に……ありがとぅ……っ」


 エリザはポロポロと大粒の涙を流し、感謝の言葉を繰り返した。


 それを目にしたホロウは――心の底から引いた。


(ぇ、え゛ー……っ。原作ホロウのキャラ設定を守るために、かなり強く突き放したんだけど……。もしかしてエリザには、『そっちのへき』があるのか!?)


『感情激重ハーフエルフ』ダイヤ・『不憫ふびん可愛いチョロイン』ニア・『借金馬女』フィオナ・『サディスティックドラゴン娘』ルビー、そして今回新たに仲間となるのが――『被虐ひぎゃく趣味』エリザ。


 ホロウは心の中で、真剣に頭を抱えた。


(いやいやいや、いくらなんでも『属性』が渋滞してるよ……っ。どうしてボクの周りには、まともなヒロインが一人もいないんだ? いったいどこで『ルート分岐』を間違えた!?)


 脳裏によぎる、『人選ミス』の四文字。


 しかし、エリザは苦労して手に入れた手駒。

『聖騎士懐柔かいじゅう計画』の中核を成す重要なピースであり、『第二章の特別クリアボーナス』のようなもの。

 そう易々と手放すわけにはいかない。


(もしかしたらさっきのは、ボクの『勘違い』かもしれない。……そうだよ、あの高貴で清廉な女剣士エリザが、そんな『特殊なへき』を持ち合わせているはずがない! ……よし、今度はさらにドギツイことを言って、その反応で確かめよう!)


 ホロウは飛び切り邪悪な笑みを浮かべ、エリザに脅迫めいた言葉を述べる。


「くくっ、覚悟しておけよ? これからお前には、馬車馬ばしゃうまのように働いてもらうのだからなァ?」


「あぁ、もちろんだとも。お前の命令ならば、どんなことだって喜んで聞くさ」


「……そう、か(あっ、これもう駄目だわ……)」


 ホロウは静かに瞳を伏せ、残酷な現実から目をそむけた。



 エリザと別れたボクは、『うつろみや』へ飛び、漆黒の玉座に腰を下ろす。


(さて、父から受けた仕事は、これで無事に完了だ)


 指定された期日より二か月以上も早く、ヴァラン辺境伯を適切な形で始末できた。

 父からの評価も、きっと高まることだろう。

 このまま信頼を勝ち取っていければ、ハイゼンベルク家の当主を継ぐのは、そう遠くない話かもしれないね。


(そしてさらに、『聖騎士懐柔計画』も大成功!)


 エリザは『特殊な癖』を持つ『残念美少女』だったけど……優秀であることに変わりはない。

 今後は彼女に聖騎士協会の内情を探らせ、奴等の弱みを握る。


 後はそうそう、最新の犯罪者リストや現在の捜査状況などなど、いろいろな情報を回してもらわなきゃね。


(エリザが王都支部のおさくことで、ボクは聖騎士の目を気にすることなく、王都で自由に『家族』を増やせるようになる)


 その他いろいろな悪巧みをするときも、のびのびと気持ちよくやれる。


(とにもかくにも、目障りだった『聖騎士協会王都支部』は、ボクの支配に下った)


 これでこの先、聖騎士から派生するBadEndは、ほとんど全て消滅。

 おそらく100本以上の死亡フラグが、同時にバキッとへし折れたことだろう。


 この計画はエリザがいしずえとなっているから、万が一にも彼女が裏切れば、全て水の泡になるんだけど……。


(ダンダリア孤児院を押さえている限り、エリザは絶対に逆らえない!)


 そうだ、ローレンス夫妻と子どもたちには、これでもかというほどに幸せになってもらおう!

『甘い飴』を与え続け、こちらに『依存』させるのだ!


 そうすればエリザは、一生ボクの元から離れられない!


(ふふっ、我ながら悪魔的な計画だね……!)


 さて、これで『原作第二章:闇の大貴族ヴァラン編』は終了だ。


(第一章を100点とするならば――第二章の出来栄えは120点!)


 最速かつ最高効率でクリアできたうえ、特殊クリアボーナスとして、王都の聖騎士協会を支配下に収められた。

 これ以上ない『最高の結果』と言えるだろう。


(第三章を迎えるにあたって、唯一の懸念となるのは……やはり主人公アレン・フォルティス)


 地獄モード×勇者修業によって、アレンは多くの経験値を獲得した。


 しかし、それも既に『真・主人公モブ化計画』で対策済み。

 アレンの強化イベントを先回りして潰しつつ、彼のことを蝶よ花よと愛でるように守ってやる。

 そうすることで、勇者因子の覚醒条件――『強い情動』を抑制するのだ。

 さらにそこへ、祖父ラウルという『精神安定剤』を加えれば……勇者対策はもう万全と言っていいだろう。


(くくくっ、素晴らしい! 我ながら、完璧なストーリー進行だ!)


『第二章:闇の大貴族ヴァラン編』は、理想を上回る形で攻略できたが……当然、油断と慢心は禁物。

 このまま『怠惰傲慢』を封印し、『謙虚堅実』に努力を続け、死亡フラグをへし折りつつ――第三章も最高の形でクリアするとしよう!

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