第7話:犯罪者釣り

『聖騎士懐柔計画』を立てたボクは、狙い定めた『おいしいイベント』の発生日を待ちつつ、目の前のタスクを淡々とこなしていく。


 日課である虚空の修業・剣術の修業・魔力操作の修業。

 当然、自分のことだけをやっていればいいわけじゃない。

 主人公の監視・ボイドタウンの開発・虚の定時報告、そして新たに追加された『ハイゼンベルク家の闇の仕事』などなど、盛りだくさんだ。

 隙間時間を有効に活用しないと、全てのタスクを回すことは難しい。


 焦らずはやらずおごらず、謙虚堅実を心掛け、地道に一つ一つこなしていくとしよう。


 夜も更けて久しい頃――。


「ふぅ、今日もよく働いたなぁ……っ」


 その日の業務を全て片付けたボクが、息抜きにボイドタウンを散歩していると……信じられないモノが目に飛び込んできた。


「……えっ……?」


 街のど真ん中で、『超大規模な建設工事』が行われているのだ。


「――A班とB班は、基礎となる石を敷き詰めなさい! C班は魔力で基礎の強化と固定! D班は石の切り出し! E班は全体のサポートよ!」


「「「「「うっす!」」」」」


『安全第一』のヘルメットをかぶったダイヤが、元気よく陣頭指揮を執っている。


「いったい……何が……?」


 ボクが呆然と呟くと……ダイヤのエルフ耳がひょこひょこと動き、バッとこちらを振り向いた。


 その瞬間、


「……!」


 彼女の凛々りりしい顔がパァッとはなやぎ、トタタタタと小走りで駆け寄ってくる。


「ボイド、来ていたのね」


「これ、どうしたの……?」


「ふふっ、前に話したアレ・・、『虚の本拠地』を作っているの」


「あ、あー……なるほど……」


 ボクは建設予定地をチラリと見て、しばし考え込む。


「……あのさ、図面とかってある?」


「簡易的なモノならここに」


「ちょっと見せて」


「はい、どうぞ」


 全体像を拝見する。

 魔王城もビックリの超巨大建造物だった。


「ボイドが『どうせなら、大きくてかっこいいのにしたいな』って言っていたから、頑張って図面を引いてみたの。もちろん私なんかじゃ、あなたの理想とする本拠地は作れない。でも、少しでもそこへ近付けるよう、精一杯頑張るつもりよ」


「そ、そっか……ありがとね」


 ダイヤの瞳には強い決意が宿っており、とても「ちょっとやり過ぎじゃない?」と言える空気じゃなかった。


(重い……重いよ。全てが重た過ぎる……っ)


 ボクは確かに言った。

『どうせなら大きくてかっこいいのにしたいな』って。


 でもさ、普通ここまでやるなんて思わないよね?


 あのときは本当にただ、「本拠地を作るのなら大きくてかっこいいのがいいなー」っていう、気持ちを口にしただけ。

 誰もここまでやれとは言ってないし、こんなことになるなんて思ってもいない。


(さすがはダイヤ、『感情激重ハーフエルフ』だ……)


 彼女の手に掛かれば、ボクのちょっとした呟きが、何十倍にも拡大解釈されてしまう。


「それじゃ、私はまだ作業が残っているから、完成を楽しみに待っていてちょうだい」


「あっうん……無理はしないようにね?」


「ふふっ、ありがとう」


 ダイヤは小さく手を振り、現場監督の仕事に戻っていった。


「いやしかし、これは凄いのができそうだなぁ……」


 ボクがぼんやり完成図を想像していると、


っつつつ……ッ」


 石を切り出している元盗賊の男が、顔をしかめながら、プラプラと右手を振っているのが目に付いた。


「手、痛そうだね」


「ぼ、ボス!? いえいえ、どうかお気になさらず! これぐらいどーってことありませんよ!」


「ふーん、そっか」


 よくよく見れば、彼の手のひらには、痛々しい豆ができていた。

 それとなく周囲に目を向けると、みんなの手には大なり小なりの豆があり、痛みを我慢しながら作業を行っていた。


(ふむ……)


 ボクはこれまで、『炎』や『水』のような『汎用性の高い魔法因子』を優先的に集めてきた。

 そういう日常生活に応用が利く魔法は、ボイドタウンの文明水準を大きく引き上げてくれるからね。


(でもそうか、『斬』の魔法因子を持つ犯罪者は、まだ一人も捕獲できていなかったか……)


 であれば必然、石を切り出したり、加工したりするのは、今のようにクサビとハンマーを使った原始的な手作業となる。


(ゾーヴァなら一般魔法で、斬属性のモノを使えるだろうけど……。彼は貴重な研究職であり、工場長としての役割があるから、安易に動かせない)


 ……まぁ、ボイドタウンの住人は、表の世界に出せない重罪人ばかり。

 ここには更生施設的な意味もあるし、彼らの手に豆があろうが痛もうが潰れようが、知ったことではない。

 そう、決して可哀想だなぁなんて、これっぽっちも思ってないけれど……作業効率向上のため、斬属性の魔法因子がすぐに必要だ。


 っというわけで早速、夜の王都に繰り出した。


(ふむふむ……。やっぱり狙いは『切り裂きジェイ』かな)


 聖騎士の詰め所からこっそりと拝借した、犯罪者の手配書リストを読みながら、薄暗い路地を歩く。


 ここは王都で、最も治安の悪いエリア。

 日中はただの商業地区なんだけど……太陽が沈むと同時、街の色がガラリと変わる。

 筋骨隆々の酔っ払い・怪しい薬の売り子・顔を隠した謎の集団、道行く人たちはみな、どう見ても普通じゃない。


 ボクはそんな危険地帯ホットスポットで、『犯罪者釣り』を行う。

 黒いローブを羽織り、フードを目深まぶかにかぶり、体から放出される魔力をゼロにし――『うっかり危険な場所に迷い込んだ、土地勘のない気弱な少年』を演じる。

 ポイントは、時たま周囲をキョロキョロと見渡し、怯えた空気を醸し出す……ってところかな?


 そんな風にして、十五分ぐらい人気ひとけのない路地裏を歩き続けていると……背後にぴったりと『不審な影』が付くようになった。


(おっ……?)


 ボクが歩く、彼も歩く。

 ボクが止まる、彼も止まる。


 どうやら釣れたみたいだ。


(この辺りに出現する重罪人は、『切り裂きジェイ』か、『暴虐のマット兄弟』か、『血濡れのアマス』か……ふふっ、楽しみだなぁ!)


 釣れた犯罪者を確認するまでの極々短い時間、ボクはこれがたまらなく好きだ。

 ガチャを引く直前のように、カードを開封する直前のように、スピードくじを引く直前のように――脳汁がドバドバ溢れ出す。 


(ふふっ、これだから『犯罪者釣り』はやめられない……!)


 そんな風にドキドキワクワク胸を高鳴らせていると――背後から声が掛かった。


「……キミぃ、一人かぁい?」


「は、はい……っ」


 震えた声で返事をしつつ、ゆっくりと振り返る。


 するとそこには、邪悪な笑みを浮かべた、痩身そうしんの男が立っていた。


(こいつは……『切り裂きジェイ』! やったぞ、大当たりだッ!)


 彼は斬属性の魔法因子を持つ、今ちょうど欲しかった犯罪者だ。


 ボクが心の中でガッツポーズを決めていると、ジェイはゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。


「なるほど一人なのか……。くくくっ、それはいけないなぁ?」


「ど、どうしてですか……?」


「だってこの辺りには……こわーい殺人鬼が出るからねぇ!」


 ジェイが両手をバッと広げた瞬間、鋭い風の刃が解き放たれる。


 しかし、


「……えっ……?」


 風の刃は全て、虚空に呑まれて消えた。


「なっ、何が起きた……!?」


 動揺するジェイを他所よそに、ボクはキョロキョロと周囲を見回す。


「お前、一人か……?」


「だ、だったらなんだ……!(こいつ、空気が変わった!?)」


「なるほど一人なのか……。くくくっ、それはいけないなぁ?」


「えっ、えっ……」


 狩る者と狩られる者、その立場が一瞬にして入れ替わる。


「だってこの辺りには……こわーい『因子コレクター』が出るからねぇ!」


 ボクは邪悪な笑みを浮かべ、漆黒の虚空を展開した。


「ひ、ひぃ゛……助けて……ッ」


 本能的に死を悟った殺人鬼が、みっともなく腰を抜かしたそのとき――白銀の剣閃けんせんが宙を走る。


「おっと」


 ボクはフードを手で押さえながら、軽くバックステップを踏み、鋭い斬撃をヒョイとかわす。


(ったく、いいところだったのに……誰だ……?)


 斬撃の放たれた方へ目を向けると――暗がりの奥から、剣を持った美しい女性が現れた。


(聖騎士の隊服、純銀のロングヘア……。こいつ、エリザか)


 レドリック魔法学校序列『第五位』エリザ・ローレンス、15歳。

 身長168センチ、美しい白銀のロングヘア。

 強い意思の宿った大きな銀の瞳・シルクのように滑らかな白い肌・目鼻立ちの整った綺麗な顔、ロンゾルキアが誇る絶世の美少女だ。

 豊かな胸と細い腰が目を引く、魅力的な体付きをしており、現在は聖騎士の白い隊服を着ている。


 清く正しく万人に優しく、聖騎士協会でも絶大な人気を誇る、若手のホープだ。

『魔法士殺し』の異名を持ち、白銀の太刀たちを活かした『超高速近接戦闘』を得意とする。


 ちなみに……公式の実施した『自分色に染めたいヒロインランキング』で、五年連続ぶっちぎりの第一位。

 悲惨な過去を持つエリザは今、とある大貴族に『首輪』をめられており、無理矢理に言うことを聞かされている。


 ヒロインの高潔な精神性を持つ彼女は、自己矛盾に葛藤しながら、その屈折した在り方に苦しみながら――それでも尚、『自分の命より大切なモノ』のために剣を振るい続ける。

 その姿は美しく痛々しく……とにかく『守ってあげたくなる女の子』だ。


(そうか、ここはエリザの担当地区だったのか……)


 思わぬところで、クラスメイトと出くわしてしまった。


 ボクの原作知識は、大まかなルートの流れとキャラ設定を網羅しているけど、さすがにヒロインの巡回ルートまではカバーできていない。


(とりあえず……身バレだけは避けないと)


 漆黒のローブで体型を隠し、フードを深くかぶり直し、声もちょっと低めにしておこうかな。


 ボクがそんなことを考えていると、


「――ようやく尻尾を掴んだぞ、貴様が『神隠し』だな?」


 エリザはそう言って、油断なく剣を構えた。


「神隠し?」


とぼけるな。近頃、王都を中心に凶悪な犯罪者が消えている。いや、何者かの手によって消され・・・ている・・・鑑識かんしきが探知魔法を使っても、まったく消息を辿れない。まるでその場から消えたとしか思えない犯行……我々聖騎士協会はこれを神隠し・・・と名付け、秘密裏に調査していた」


「ふむ……」


 なるほど、確かにそれはボクの仕業だね。


「さっきの『黒い渦』は、空間支配系の固有魔法だな? 何が目的だ? 何故、重罪人ばかりを狙う? まさかとは思うが、世直しのつもりか?」


「ふっ、そんな高尚こうしょうな考えはない。俺はただ、そいつの因子が欲しいだけだ」


「因子……やはり『大魔教団』の手の者かッ!」


「えっ? いや、それは完全に別口べつくち――」


「――問答無用!」


 白銀の太刀を抜き放ったエリザは、凄まじい速度で駆け出し、目にも留まらぬ連撃を繰り出す。


「ハァアアアアアアアア……!」


 袈裟斬けさぎり・斬り上げ・斬り下ろし・突き、迫りくる斬撃の嵐に対し――ボクは必要最小限のステップで、ひょいひょいっとかわしていく。


(そう言えば……エリザの固有は、伝説級レジェンドクラスの斬属性。彼女を拉致すれば、本拠地の建築工事はかなり短縮され……いや、さすがに駄目か。エリザ・ローレンスは、第二章で重要な役割を果たすネームドキャラ。ここでさらったら、メインルートの進行に大きな支障が出る。うーん、どうしようかなぁ……)


(こいつ、私の連撃をいとも容易く……っ。この実力……『幹部』クラスと見て間違いないッ!)


 激しい斬撃の嵐を軽くいなした直後、エリザはバックステップを踏み、間合いを外した。

 彼女は白銀の太刀を鞘に納め、静かに呼吸を整える。


 あっ、固有を使う気だね。


「――<銀閃ぎんせん・抜刀>ッ!」


 次の瞬間、エリザの姿は霞に消え――ボクの胴体を一刀のもとに両断する。


 しかし、


(……なんだ、今の『奇妙な感触・・・・・』は……!?)


<虚空流し>、ボクの胴体部分を虚空へ飛ばし、エリザの斬撃をすり抜けた。


「貴様、いったいどうやっ……てぇ……?」


 突然、彼女は呂律ろれつが回らなくなり、その場で千鳥足ちどりあしを踏む。


 おっ早いね、もう効き始めたのか。


「……ぁ、う……っ(なんだ、これは……? 視界が、揺れる……。思考が、上手く……纏まらな、い……ッ)」


 すれ違いざまに『携帯型猛毒カプセル』を注射した。

 中身は即効性の神経毒、フィオナさんの固有魔法<蛇龍の古毒ヒドラ>で生成したモノだ。

 呼吸器には作用しないタイプなので、安全かつ速やかに敵を制圧できる。


「貴様、私に……何、を……した……っ」


「即効性の神経毒だ。安心しろ、殺しはしない」


「ふざ、けるな……!」


 エリザはそう言って、斬り掛かってきた。

 まだ動けるなんて、凄い精神力だね。


(でも、これ・・はもう避けるまでもないな)


 ノロノロと振り下ろされた剣をひとさし指でピンと弾く。

 その結果、白銀の太刀はエリザの手を離れ、クルクルクルと宙を舞い……カランカランと路傍ろぼうに落ちて転がった。


「あっ」


 武器を失った彼女は、ボクの胸へ寄り掛かり、そのまま四つん這いに倒れる。


「ふむ……」


 エリザのあごを掴み、すくい上げるようにして、グイとこちらへ引き寄せた。


「くっ……こ、の外道、め……ッ」


 エリザはそう言って、屈辱と恥辱を噛み締める。

 キッと睨み付けているが……目の焦点が合っておらず、ろくに抵抗してこない。

 どうやら、完全に毒が回ったようだ。


(よしよし、いい具合に意識が混濁こんだくしているね。即効性は十分。強靭きょうじんな体を持つエリザにこれだけ効くのなら、その他大勢にも効果アリと見ていいだろう)


 この毒薬……思った以上に使えそうだ。


 相も変わらず、フィオナさんの仕事は素晴らしい。

 また今度、『馬代うまだい』として金一封きんいっぷうを包んであげるとしよう。

 きっと狂喜乱舞して、大はしゃぎするだろう。

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