第二章

第1話:目覚め

 大翁おおおきなゾーヴァを始末した翌朝の七時頃。

 ボクは虚空界こくうかいに存在するボイドタウンを歩いていた。

 右隣には、うつろの最高幹部『五獄ごごく』の第一席ダイヤが、その美しい銀髪をたなびかせている。


(いやしかし、本当に発展したなぁ……)


 ボイドタウンの開発に取り掛かって早三年、最初は何もなかったこの真っ白な空間に、立派な街が出来ていた。

 中央部には居住地区・商業地区・産業地区があり、外縁部には農業地区・酪農地区・畜産地区が広がっている。


 これはもう村や集落を超え、『小規模な都市』と言っても過言じゃないだろう。


(あっ、あんなところに新しいお店ができてる。あっちのは……へぇ緑地公園か、風情ふぜいがあってイイね)


 メインルートの攻略に――主人公対策に疲れ果てた後、ボイドタウンをゆっくりと見て回る。

 これがけっこう『心のオアシス』になっていた。


 街作りって、こういう完成に至る途中が、『発展していく過程』が楽しいよね。

 もちろん、完成した街を眺め歩くのも、それはそれでおもむきがある。


 つまり何が言いたいかというと……街作り最高。


 しかも、このボイドタウン開発計画は、単なる趣味の域に留まらない。


(街としての基盤は完成したし、待ちに待った『研究開発工場』もできた。これでようやく、『モノづくり』の段階フェイズへ移れるぞ!)


 現代の知識×異世界のアイテム=無限の可能性。

 ボクだけの日本の知識と魔力や魔石を組み合わせて、いろいろ面白いモノを作っていくつもりだ。

 もしかしたらメインルートの攻略に役立つモノが、ひょっこりと生まれてくるかもしれないしね。


「ふふっ(楽しみだなぁ……!)」


 ボクが思わず笑みを零すと、隣のダイヤがそれに反応した。


「どうしたのボイド、今日はまた上機嫌じゃない」


「ここまでいろいろと順調だからね。――それよりも、『うつろみや』だっけ?」


 こんな朝早くにボイドタウンを訪れたのは他でもない、ダイヤから<交信コール>を受け、「視察に来て欲しい」と頼まれたのだ。

 どうやら昨晩遅く、うつろみやというボク専用の――『ボイド御所ごしょ』が完成したらしい。


「もうすぐ見えてくるわ。私が大切な人のために、ボイドのために作った特別な場所。あなたの喜ぶ顔が見たくて、寝る間も惜しんで作ったのよ?」


「あっ、うん……ありがとね」


 ボクは深く長く息を吐く。


(お、おも、重……たく、ない……っ)


 この程度で重いとか言っていたら、ダイヤと一緒にいることは不可能だ。


(ここはうつろの統治者として、大きな度量で受け入れるべき……だよね?)


 そんなことを考えながら、舗装された道を真っ直ぐ歩くと、前方に白亜はくあの教会が見えてきた。

 どうやらアレがうつろみやらしい。


「それじゃ、お邪魔するよ」


「えぇどうぞ」


 重厚な扉を開けるとそこには――荘厳な礼拝堂れいはいどうが広がっていた。

 大理石の黒い床が重厚な空気を演出し、壁面には意匠いしょうった燭台しょくだいが並び、祭壇の代わりに豪奢ごうしゃな玉座が置かれている。

 カーテンが締まっており、燭台しょくだいの火も消えているため、中はとても暗い。

 でも、頭上から降り注ぐ淡い光のおかげで、最低限の視界は確保されていた。


(この光は……なるほど、天井に魔石を埋め込んでいるのか)


 さすがはダイヤ、いいセンスだ。


 ボクがアーチ型の高い天井を見上げていると、服の袖がツッと引っ張られた。


「ねぇホロウ……どうかしら?」


「うん、とてもいい感じだね」


「もう、そうじゃなくて……ほら、何か思い出さない?」


「えっ、なんのこ――」


 そこまで口にし掛けたところで、すぐさま続きの言葉を飲み込む。


 理由はわからないけれど、ダイヤがとても悲しそうな顔をしていたのだ。


(……マズい、これはマズいぞ。きっとボクは今、『地雷』を踏み抜こうとしている……っ)


 ホロウブレインをフル回転させ、必死に現状を解析した結果――とある答えに辿り着く。


(『何故か真っ暗な空間』+『頭上に輝く綺麗な魔石』+『ダイヤの意味深な台詞』……きっとこの虚の宮は、アレ・・を表現している、はず!)


 ボクは余裕に満ちた態度を演じつつ、天井にスッと目を向ける。


「ふっ、少しばかり意地悪を言ってみただけだ。もちろんちゃんと覚えているよ。三年前、キミを地獄から救い出したあの日、初めて一緒に見上げた星空……だろう?」


「……っ!」


 ダイヤは大輪の花が咲いたように微笑み、嬉しそうにコクコクコクと小さく何度も頷いた。


(ふぅーっ、危なかったぁ……ッ)


 正直「えっ、なんのこと?」って思ったけど、なんとかギリギリのところで思い出せた。


(ダイヤはボクに対して、とても強い恩義を感じている……)


 ただ、その感情は死ぬほど重い。

 彼女はロンゾルキアが誇る『感情激重ヒロイン』。きっと『付き合って一年目』とか『結婚して何周年』とか、そういう『なんちゃら記念日』を全て覚えているタイプだ。


(やっぱりちょっと重た過……いや、思い出を大切にするのはいいことだね。うん、そういうことにしておこう)


 ボクが無理矢理に納得しようとしていると、ダイヤが興味深い提案を口にする。


「ねぇボイド、私達の――うつろの本拠地を虚空界に構える、というのはどうかしら?」


「ボイドタウンに?」


「そう。ほら、虚って仮の拠点はそこかしこにあるけれど、まだきちんとした本拠地がないでしょ? だから、この『虚の宮』をあなたの御所として、周囲に様々な中枢施設を増設し、立派な本拠地を作り上げるの」


「なるほど……それは『アリ』だね」


 虚空界に本拠地を構えれば、敵から攻撃を受けることはほぼなくなる。

 万が一、超強力な空間魔法で侵入されたとしても、ここはボクの腹の中。

 異物が入れば即座にわかるし、みんなを表の世界へ逃がすこともできる。


(それに何より、絶対に・・・負けない・・・・自信・・がある)


 ボクは怠惰傲慢を封印し、謙虚堅実に徹しているから、『絶対』だとか『確実』だとか……そういう『強い言葉』を使わないように心掛けている。


 しかし、そのうえで断言できる。


(虚空界におけるボクは、限りなく『最強』に近い存在だ)


 ボイドタウンは、敵に攻められにくく・攻撃から守りやすく・みんなを逃がしやすく――そしてボクが最も強くいられる場所。

 そこに本拠地を構えるというのは、とても合理的な判断だ。


「うん、いいと思うよ。ここに虚の本部を作ろう。どうせなら、大きくてかっこいいのにしたいな」


「ふふっ、わかったわ。すぐに計画を練るから、ちょっと待っていてちょうだい」


 二人でそんな話をしていると、背後の扉がゆっくりと開き、スッと人影が伸びた。


「――ボイド様、ただ今戻りました」


「あっルビー、久しぶりだね」


 そこにいたのは、虚の最高幹部『五獄ごごく』の一人、第四席のルビーだ。

 彼女は15歳で、人と龍の混血――『龍人』という珍しい種族。本来は角と尻尾が生えてるけど、人間社会に溶け込むため、<人化じんか>の魔法で隠している。

 彩度と透明度の高い真紅のロングヘア、身長は170センチでほっそりとしつつも、豊かな胸が確かな存在感を主張する。

 大きくて美しいくれないの瞳・陶器のように滑らかな白い肌、『可愛い』というよりは、『美しい』という言葉がはまる美少女だ。


 虚の中でもかなり悲惨な過去を持ち、そのクールな見た目に反して『超甘えたな性格』から、公式の実施した【甘やかしたいキャラランキング】でぶっちぎりの第一位を誇る。

 五獄専用の黒い制服に身を包む彼女は、何がそんなに嬉しいのか、ニコニコとこちらを見つめていた。


 すると、ボクとルビーの間に入る形で、ダイヤがズズイと割り込む。


「せっかくいい雰囲気だったのに……。ただの定時報告なら、<交信コール>で足りるのじゃないかしら?」


「ふふっ、今日はただの報告じゃないわ。とても大切な書類を持参したの」


「それだって他の者に持たせれば――」


「――ボイド様より直接お褒めの言葉をたまわりたい、そう思うのは当然のことでしょう?」


「……ふん、まぁそこについては同意してあげる」


 二人の視線が静かに交錯し、バチバチッと火花が飛び散る。


(……早い、さすがにちょっと早過ぎるよ……)


 今はまだ「久しぶりだねー」の段階フェイズ

 喧嘩を始めるのは、三手ほど早い。


 ボクが小さくため息をついている間にも、ダイヤとルビーはヒートアップしていく。


「ダイヤ、あなた自分が『第一席』なのをいいことに、ボイド様に付きまとい過ぎじゃないかしら? この件は、他の五獄の間でも、大きな問題になっているわ」


「ルビー、醜い嫉妬は自分の品格を落とすわよ? 私は五獄の統括として、虚の運営に尽力しているだけ。……まぁ『役得』がゼロとは、言わないけれどね。この前も、二人っきりでコーヒーをいただいたばかりだし」


 ダイヤが勝ち誇った顔で余計な一言を口にし、


「ふ、ふふふ、二人っきりで……コーヒー……!?」


 ルビーは驚愕に目を見開き、奥歯をガタガタと震わせる。


 それから二人は、「わーわーぎゃーぎゃー」と騒ぎながら、ボクとのエピソードを披露し合った。

 この謎の儀式にいったいどんな意味があるのかわからないけれど……なんか楽しそうだ。


(ダイヤとルビー、背が伸びて大人っぽくなったけど、中身はあの頃のままだなぁ……)


 虚のみんなのことは、家族同然に思っている。

 その中でも『五獄ごごく』のみんなは、ダイヤ・ルビー・エメ・マリン・ウルフは特別な存在だ。

 何せボクが、最初に拾い集めた五人だからね。


(彼女たちとボイドタウンで過ごした三年間は、いろいろと大変だったけど……本当に楽しかったなぁ)


 ――さて、センチな気持ちにひたるのはこの辺にして、そろそろ仕事の話に移らないとね。


「それでルビー、今日はどうしたの? さっき『大切な書類を持参した』って、言っていたけど」


「はい、どうぞこちらをご査収ください」


「これは……」


「『クライン王家』の調査報告書でございます」


「おぉ、早いね」


 ルビーは王国の諜報を担当しており、クライン王家のことを重点的に調べてもらっている。


 ちなみに他の五獄も、みんな同じ感じだ。

 エメはアルヴァラ帝国、ウルフはフィリス霊国れいこく、マリンはエリア皇国こうこく、メインルートの攻略に備えて、下準備をしてくれている。


(どれどれ……)


 ルビーの調査報告書に目を通していく。


・クライン王国の国王は病床にし、そう長くは持たない模様。


・王城内部では、次期国王擁立に向けた動きが活発化。


・王位継承権を持つ四人の王族は、王国の東西南北に散り、戦果をあげんと躍起やっきになっている。


 国王の病状・王城内の状況・王族の現状、さらには王位継承権を持つ王子と王女のプロフィールや所在地などなど……。ボクの知りたかったことが、クライン王家に関する機密情報が、詳細にびっしりと記されていた。


「よく調べられているね、さすがはルビーだよ」


「恐縮です」


 彼女は無表情のまま、深々と頭を下げた。


 平静を装っているが……こう見えてこの子、めちゃくちゃ喜んでいる。

 その証拠に<人化じんか>の魔法が一部解け、尻尾がブンブン丸になっていた。

 これは龍族が興奮状態のときに見せる喜びの行動、きっと本人は必死に隠しているつもりなんだろうけど……バレバレだ、とてもわかりやすい。


「王選はまだまだ先のイベントだけど、傲慢な姿勢は厳禁だ。いつか来るその時を万全の態勢で迎えるため、堅実に準備を進めておきたい。っというわけでルビー、今後も王族の調査をお願いできるかな?」


「はい、もちろんです。この命に代えても、必ずや成し遂げてみせます」


「うん、キミの命の方が大事だからね」


 虚のみんなは、やっぱりちょっと重い……。


 そんな風に大切な家族と楽しい時間を過ごしていると、元盗賊団のグラードから<交信コール>が飛んできた。


(おぅボス、今ちょっといいか?)


(うん、どうしたの)


(『例のアレ』がそろそろ目覚めそうなんだが……どうする?)


(ちょうどいいタイミングだね。こっちで回収しておくから、グラードはもう仕事に出ちゃっていいよ。見張り、お疲れ様)


(あぃよ)


交信コール>切断。


「えーっと、確かこの辺り……かな?」


<虚空渡り>を使って、とある『ボロ雑巾』を取り寄せたボクは、


「よっこらせっと」


 漆黒の玉座に腰を下ろし、その両サイドにダイヤとルビーが控える。


 ちなみに……ボクの右隣は、いつ何時もダイヤが立つことになっていた。

 なんでも主人の右隣は、『右腕のポジション』として、重要な意味を持つらしい。

正直、「どこでもよくない?」と思うんだけど……彼女にとっては大事なことっぽいので、特に口を挟まないようにしている。

 価値観というのは、人それぞれだからね。


 そうこうしているうちに、眼下がんかのボロ雑巾がモゾモゾと動き出し、ゆっくりと目を覚ました。


「ぅ、う゛ぅ……っ。儂は……ここは、いったい……?」


 起き抜けで混乱している『彼』に、ボクは努めて明るく声を掛ける。


「――おはようゾーヴァ、気分はどうだい?」

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