第二章
第1話:目覚め
ボクは
右隣には、
(いやしかし、本当に発展したなぁ……)
ボイドタウンの開発に取り掛かって早三年、最初は何もなかったこの真っ白な空間に、立派な街が出来ていた。
中央部には居住地区・商業地区・産業地区があり、外縁部には農業地区・酪農地区・畜産地区が広がっている。
これはもう村や集落を超え、『小規模な都市』と言っても過言じゃないだろう。
(あっ、あんなところに新しいお店ができてる。あっちのは……へぇ緑地公園か、
メインルートの攻略に――主人公対策に疲れ果てた後、ボイドタウンをゆっくりと見て回る。
これがけっこう『心のオアシス』になっていた。
街作りって、こういう完成に至る途中が、『発展していく過程』が楽しいよね。
もちろん、完成した街を眺め歩くのも、それはそれで
つまり何が言いたいかというと……街作り最高。
しかも、このボイドタウン開発計画は、単なる趣味の域に留まらない。
(街としての基盤は完成したし、待ちに待った『研究開発工場』もできた。これでようやく、『モノづくり』の
現代の知識×異世界のアイテム=無限の可能性。
ボクだけの日本の知識と魔力や魔石を組み合わせて、いろいろ面白いモノを作っていくつもりだ。
もしかしたらメインルートの攻略に役立つモノが、ひょっこりと生まれてくるかもしれないしね。
「ふふっ(楽しみだなぁ……!)」
ボクが思わず笑みを零すと、隣のダイヤがそれに反応した。
「どうしたのボイド、今日はまた上機嫌じゃない」
「ここまでいろいろと順調だからね。――それよりも、『
こんな朝早くにボイドタウンを訪れたのは他でもない、ダイヤから<
どうやら昨晩遅く、
「もうすぐ見えてくるわ。私が大切な人のために、ボイドのために作った特別な場所。あなたの喜ぶ顔が見たくて、寝る間も惜しんで作ったのよ?」
「あっ、うん……ありがとね」
ボクは深く長く息を吐く。
(お、
この程度で重いとか言っていたら、ダイヤと一緒にいることは不可能だ。
(ここは
そんなことを考えながら、舗装された道を真っ直ぐ歩くと、前方に
どうやらアレが
「それじゃ、お邪魔するよ」
「えぇどうぞ」
重厚な扉を開けるとそこには――荘厳な
大理石の黒い床が重厚な空気を演出し、壁面には
カーテンが締まっており、
でも、頭上から降り注ぐ淡い光のおかげで、最低限の視界は確保されていた。
(この光は……なるほど、天井に魔石を埋め込んでいるのか)
さすがはダイヤ、いいセンスだ。
ボクがアーチ型の高い天井を見上げていると、服の袖がツッと引っ張られた。
「ねぇホロウ……どうかしら?」
「うん、とてもいい感じだね」
「もう、そうじゃなくて……ほら、何か思い出さない?」
「えっ、なんのこ――」
そこまで口にし掛けたところで、すぐさま続きの言葉を飲み込む。
理由はわからないけれど、ダイヤがとても悲しそうな顔をしていたのだ。
(……マズい、これはマズいぞ。きっとボクは今、『地雷』を踏み抜こうとしている……っ)
ホロウ
(『何故か真っ暗な空間』+『頭上に輝く綺麗な魔石』+『ダイヤの意味深な台詞』……きっとこの虚の宮は、
ボクは余裕に満ちた態度を演じつつ、天井にスッと目を向ける。
「ふっ、少しばかり意地悪を言ってみただけだ。もちろんちゃんと覚えているよ。三年前、キミを地獄から救い出したあの日、初めて一緒に見上げた星空……だろう?」
「……っ!」
ダイヤは大輪の花が咲いたように微笑み、嬉しそうにコクコクコクと小さく何度も頷いた。
(ふぅーっ、危なかったぁ……ッ)
正直「えっ、なんのこと?」って思ったけど、なんとかギリギリのところで思い出せた。
(ダイヤはボクに対して、とても強い恩義を感じている……)
ただ、その感情は死ぬほど重い。
彼女はロンゾルキアが誇る『感情激重ヒロイン』。きっと『付き合って一年目』とか『結婚して何周年』とか、そういう『なんちゃら記念日』を全て覚えているタイプだ。
(やっぱりちょっと重た過……いや、思い出を大切にするのはいいことだね。うん、そういうことにしておこう)
ボクが無理矢理に納得しようとしていると、ダイヤが興味深い提案を口にする。
「ねぇボイド、私達の――
「ボイドタウンに?」
「そう。ほら、虚って仮の拠点はそこかしこにあるけれど、まだきちんとした本拠地がないでしょ? だから、この『虚の宮』をあなたの御所として、周囲に様々な中枢施設を増設し、立派な本拠地を作り上げるの」
「なるほど……それは『アリ』だね」
虚空界に本拠地を構えれば、敵から攻撃を受けることはほぼなくなる。
万が一、超強力な空間魔法で侵入されたとしても、ここはボクの腹の中。
異物が入れば即座にわかるし、みんなを表の世界へ逃がすこともできる。
(それに何より、
ボクは怠惰傲慢を封印し、謙虚堅実に徹しているから、『絶対』だとか『確実』だとか……そういう『強い言葉』を使わないように心掛けている。
しかし、そのうえで断言できる。
(虚空界におけるボクは、限りなく『最強』に近い存在だ)
ボイドタウンは、敵に攻められにくく・攻撃から守りやすく・みんなを逃がしやすく――そしてボクが最も強くいられる場所。
そこに本拠地を構えるというのは、とても合理的な判断だ。
「うん、いいと思うよ。ここに虚の本部を作ろう。どうせなら、大きくてかっこいいのにしたいな」
「ふふっ、わかったわ。すぐに計画を練るから、ちょっと待っていてちょうだい」
二人でそんな話をしていると、背後の扉がゆっくりと開き、スッと人影が伸びた。
「――ボイド様、ただ今戻りました」
「あっルビー、久しぶりだね」
そこにいたのは、虚の最高幹部『
彼女は15歳で、人と龍の混血――『龍人』という珍しい種族。本来は角と尻尾が生えてるけど、人間社会に溶け込むため、<
彩度と透明度の高い真紅のロングヘア、身長は170センチでほっそりとしつつも、豊かな胸が確かな存在感を主張する。
大きくて美しい
虚の中でもかなり悲惨な過去を持ち、そのクールな見た目に反して『超甘えたな性格』から、公式の実施した【甘やかしたいキャラランキング】でぶっちぎりの第一位を誇る。
五獄専用の黒い制服に身を包む彼女は、何がそんなに嬉しいのか、ニコニコとこちらを見つめていた。
すると、ボクとルビーの間に入る形で、ダイヤがズズイと割り込む。
「せっかくいい雰囲気だったのに……。ただの定時報告なら、<
「ふふっ、今日はただの報告じゃないわ。とても大切な書類を持参したの」
「それだって他の者に持たせれば――」
「――ボイド様より直接お褒めの言葉を
「……ふん、まぁそこについては同意してあげる」
二人の視線が静かに交錯し、バチバチッと火花が飛び散る。
(……早い、さすがにちょっと早過ぎるよ……)
今はまだ「久しぶりだねー」の
喧嘩を始めるのは、三手ほど早い。
ボクが小さくため息をついている間にも、ダイヤとルビーはヒートアップしていく。
「ダイヤ、あなた自分が『第一席』なのをいいことに、ボイド様に付き
「ルビー、醜い嫉妬は自分の品格を落とすわよ? 私は五獄の統括として、虚の運営に尽力しているだけ。……まぁ『役得』がゼロとは、言わないけれどね。この前も、二人っきりでコーヒーをいただいたばかりだし」
ダイヤが勝ち誇った顔で余計な一言を口にし、
「ふ、ふふふ、二人っきりで……コーヒー……!?」
ルビーは驚愕に目を見開き、奥歯をガタガタと震わせる。
それから二人は、「わーわーぎゃーぎゃー」と騒ぎながら、ボクとのエピソードを披露し合った。
この謎の儀式にいったいどんな意味があるのかわからないけれど……なんか楽しそうだ。
(ダイヤとルビー、背が伸びて大人っぽくなったけど、中身はあの頃のままだなぁ……)
虚のみんなのことは、家族同然に思っている。
その中でも『
何せボクが、最初に拾い集めた五人だからね。
(彼女たちとボイドタウンで過ごした三年間は、いろいろと大変だったけど……本当に楽しかったなぁ)
――さて、センチな気持ちに
「それでルビー、今日はどうしたの? さっき『大切な書類を持参した』って、言っていたけど」
「はい、どうぞこちらをご査収ください」
「これは……」
「『クライン王家』の調査報告書でございます」
「おぉ、早いね」
ルビーは王国の諜報を担当しており、クライン王家のことを重点的に調べてもらっている。
ちなみに他の五獄も、みんな同じ感じだ。
エメはアルヴァラ帝国、ウルフはフィリス
(どれどれ……)
ルビーの調査報告書に目を通していく。
・クライン王国の国王は病床に
・王城内部では、次期国王擁立に向けた動きが活発化。
・王位継承権を持つ四人の王族は、王国の東西南北に散り、戦果をあげんと
国王の病状・王城内の状況・王族の現状、さらには王位継承権を持つ王子と王女のプロフィールや所在地などなど……。ボクの知りたかったことが、クライン王家に関する機密情報が、詳細にびっしりと記されていた。
「よく調べられているね、さすがはルビーだよ」
「恐縮です」
彼女は無表情のまま、深々と頭を下げた。
平静を装っているが……こう見えてこの子、めちゃくちゃ喜んでいる。
その証拠に<
これは龍族が興奮状態のときに見せる喜びの行動、きっと本人は必死に隠しているつもりなんだろうけど……バレバレだ、とてもわかりやすい。
「王選はまだまだ先のイベントだけど、傲慢な姿勢は厳禁だ。いつか来るその時を万全の態勢で迎えるため、堅実に準備を進めておきたい。っというわけでルビー、今後も王族の調査をお願いできるかな?」
「はい、もちろんです。この命に代えても、必ずや成し遂げてみせます」
「うん、キミの命の方が大事だからね」
虚のみんなは、やっぱりちょっと重い……。
そんな風に大切な家族と楽しい時間を過ごしていると、元盗賊団のグラードから<
(おぅボス、今ちょっといいか?)
(うん、どうしたの)
(『例のアレ』がそろそろ目覚めそうなんだが……どうする?)
(ちょうどいいタイミングだね。こっちで回収しておくから、グラードはもう仕事に出ちゃっていいよ。見張り、お疲れ様)
(あぃよ)
<
「えーっと、確かこの辺り……かな?」
<虚空渡り>を使って、とある『ボロ雑巾』を取り寄せたボクは、
「よっこらせっと」
漆黒の玉座に腰を下ろし、その両サイドにダイヤとルビーが控える。
ちなみに……ボクの右隣は、いつ何時もダイヤが立つことになっていた。
なんでも主人の右隣は、『右腕のポジション』として、重要な意味を持つらしい。
正直、「どこでもよくない?」と思うんだけど……彼女にとっては大事なことっぽいので、特に口を挟まないようにしている。
価値観というのは、人それぞれだからね。
そうこうしているうちに、
「ぅ、う゛ぅ……っ。儂は……ここは、いったい……?」
起き抜けで混乱している『彼』に、ボクは努めて明るく声を掛ける。
「――おはようゾーヴァ、気分はどうだい?」
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怠惰傲慢な悪役貴族は、謙虚堅実に努力する~原作知識で最強になり、破滅エンドを回避します~ 月島秀一 @Tsukishima
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