第19話:イレギュラー

 ロンゾルキアの世界に転生して六年、ここまでの成果を軽くまとめてみよう。


 オルヴィンさんから剣を習い、剣術スキルをマスターした。

 フィオナさんを家庭教師として雇い、魔法の薫陶くんとうを受けた。

 固有魔法<虚空>と回復魔法によって、万全の防御態勢を構築。

 エンティアを倒して、母レイラの呪いを解き、禁書庫のアクセスを得た。

 ボイドタウンの開発も、ゆっくりとだが、着実に進んでいる。

 主人公アレンの強化イベントをへし折り、ヒロインであるニアに釘を刺した。

 思いがけず作ったうつろという組織も、なんか勝手に大きくなっている。


(ふふっ……怖いぐらいに順調だな。理想的と言ってもいいだろう)


 でも、大概こういうときなんだよね……。

 とんでもない『イレギュラー』が起きるのは。


 よく晴れたとある日、ボクが特進クラスの教室で、退屈な授業を受けていると、


「おらぁああああああああ……!」


「どりゃぁああああああああ……!」


 窓の外から野太い男の声が聞こえてきた。


(あぁ、またか……)


 見れば、校庭のど真ん中で序列戦が行われている。


(このところ毎日だな)


 入学式の日から数えて二週間は、学校の定める『序列戦奨励期間』。

 この間は、序列戦に設定された一部の規則が凍結される。

 序列が五つ以上離れた相手には挑めないとか、序列戦を戦った者は十日の休戦期間が発生するとか、この辺りの制限が取り払われるのだ。

 自分の序列に――学校側の決めた順位に異論のある生徒は、この期間中に実力を以って示せ、ということだ。


 ちなみに特進クラスに所属する31人はというと……けっこう冷めている。

 ボクの知る限り、クラスメイトの間で、序列戦が行われた例はない。

 みんな自分の序列に納得している――わけじゃない。

 あっちもこっちもくすぶっている奴等だらけ、今は『けんに回っている』という感じかな。


 特進クラスの生徒たちは、そのほとんどが名のある貴族の子女。

 そういう立場のある人間にとって、序列戦で失うのは、自分のくらいだけじゃない。

 たとえば馬鹿フランツのような醜い負け方をすれば、栄誉ある家名に泥を塗ることになってしまう。


 だから、迂闊うかつに動けない。

 相手の固有魔法・戦い方・弱点、必要な情報をきちんと収集し、万全の態勢を整えてから戦いに臨む。


 っとまぁそういうわけで、特進クラスは比較的穏やかな状況だった。


(この調子だと、動きがあったとしても、奨励期間の終わり頃だろうな)


 校庭で繰り広げられる序列戦を眺めながら、ぼんやりそんなことを考えていると、ガラーンガラーンと時計塔の鐘が鳴った。


「――はい、今日はここまで。みなさんお待ちかねのお昼休みですよ」


 フィオナさんはパタンと教科書を閉じ、手荷物を纏めて教室を後にした。


 それと同時、クラス内に弛緩しかんした空気が流れ出す。


「あ゛ー、フィオナさんの授業、レベルたけぇー……っ」


「しっかし、綺麗だよなぁ……。やっぱ彼氏とかいるのかなぁ……」


「知ってる? フィオナさんって、前は魔法省に務めてたんだって!」


「聞いた聞いた。しかも、伝説級の固有魔法持ちだとか?」


「『バリキャリ』って感じでかっこいいよねー!」


 フィオナさんの学生人気は、男女を問わず、すこぶる高い。


(まぁ……アレだ。人間、知らない方がいいことってあるよね)


 さて、ボクもそろそろお昼ごはんにしよう。


 軽く首を鳴らして席を立ち、一階の売店へ行こうとしたそのとき、


「――ホロウくん、ちょっといいかな?」


 主人公アレン・フォルティスが、ボクの前に立ちはだかる。

 その顔はいつになく真剣で、瞳の奥には強い意思が宿っていた。


「……なんだ」


 途轍とてつもなく嫌な予感がした。

 喉の奥が渇き、手汗がにじみ、鼓動が早くなる。


 一秒が永遠と思えるほどに引き延ばされる中、


「――ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、キミに序列戦を申し込む」


 アレンは真剣な表情で、とんでもないことを言い出した。


(……はっ……?)


 世界の時が止まり、頭が真っ白になる。


(えっ、なに……ボク、なんか悪いことした?)


 順調だと思っていたら、目の前に特大の死亡フラグが降ってきた。

 自分でも何を言っているのかわからないが、どうやらこれは現実らしい。


(いやいや……勘弁してくださいよ、アレンの旦那ぁ……っ。どうしたって今日は、そんなやる気満々なんです?)


 もうこのまま回れ右をして帰りたいけど、極悪貴族ホロウ・フォン・ハイゼンベルクとして、そんな情けないことをするわけにはいかない。


「……あ゛?」


 限界まで目を見開き、禍々まがまがしい魔力を放つ。


 これが今のボクにできる精一杯の威嚇いかく

 レッサーパンダが二本足で立ち、両手をあげてガオーッてしているアレだ。


 頼むから、これで引き下がっていただけませんか?

 ボクがそんな祈りを送っていると、周囲のクラスメイトたちが大慌てで止めに入った。


「お、おいアレン、やめとけって……!」


「馬鹿、お前……ぶっ殺されるぞ!?」


「特進クラス最下位の――序列第三十一位のお前が、第一位に勝てるわけねぇだろ!?」


 いいぞ、みんな!

 言ったれ! 言ったれ! もっと言ったれ!


 ボクは心の中で必死に声援を送ったが……。

 頭の固い主人公は、首を横へ振った。


「知りたいんだ、特進最下位ボク序列第一位ホロウくんの差を」


 ボクは知りたくない、悪役貴族と主人公の差を。

 世界から忌み嫌われるホロウと世界の寵愛ちょうあいを受けるアレンの『絶望的な格差』を。

 そんなの知ったって、どうせ悲しくなるだけだからね。


 ただ……極悪貴族ハイゼンベルク家の次期当主として、レドリック魔法学校の序列第一位として、ここで引き下がるわけにはいかない。

 というかそもそもの話、序列戦を挑まれた者は、基本的に断ることができない。


 ボクは渋々仕方なく本当に断腸の思いで――アレンの申し出を承諾した。


 戦いの場は地下演習場。

 ニアとの摸擬戦でも使った場所だ。

 今回は『正式な序列戦』ということもあり、特進クラスの生徒がわらわらと観戦に集まっている。


「ニアさんとの戦いは見れなかったけど、これでようやく第一位の実力が拝めるぜ!」


「極悪貴族ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、天賦の才を腐らせてるって噂だが……実際のとこはどうなんかねぇ」


「ホロウくんの固有魔法は、伝説級レジェンドクラスの<屈折>。精緻せいちな魔力制御を要求されるため、実戦向きの魔法じゃないと言われている。彼がどうやってこれを使うのか、実に興味深いね」


 盛り上がっているところ悪いけど、この戦いで手の内を見せる気はないよ。


(原作ロンゾルキアの主人公は戦闘の天才だ。アレンはあらゆる攻撃に適応し、それを経験値として吸収する)


 例えば今回、ボクが多種多様な魔法を使って、主人公に勝ったとしよう。

 その場合、アレンは超大量の経験値を獲得し、数段飛ばしのレベルアップを遂げる。

 つまり、この序列戦自体が『主人公の強化イベント』になってしまうのだ。


(これでは文字通り本末転倒。試合に勝って勝負に負けたんじゃ、何をしていることかわからない……)


 この序列戦における、ボクの『勝利条件』は二つ。

 主人公に経験値エサを与えないこと。

 極悪貴族としての格を落とさないこと。

 これらをクリアしながら、アレンに勝たなければならない。


(まぁ、『飛車角落ち』といったところかな……)


 ボクがそんなことを考えていると、審判役を務める教師がゴホンと咳払いをする。


「両者、準備はよろしいですね? それでは――はじめっ!」


 こうして悪役貴族ボク主人公アレンの序列戦が始まった。

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