第18話:壮大な計画

 夜も更けて久しい頃――。

 軽めの『遠足』から帰還したボクは、黒いローブと仮面で素性を隠したまま、王都の外れにある廃教会はいきょうかいへ足を運ぶ。


 夜のさびれた教会って、雰囲気があるよね。

 特に最奥に置かれた古びたパイプオルガン、あれがなんとも言えない非日常感を演出している。


(えーっと、確かこの辺りに……あった)


 壁面に立ち並ぶ書架しょかの中から、とある聖書を取り出し、所定の位置に移動させる。


 次の瞬間、奥の教壇がゴゴゴッと音を立てて動き出し、地下に続く隠し階段が現れた。


(こういうギミック……『イイ』、よね)


 この仕掛けを作った人は、間違いなく『わかってる側』の人間だ。


(別にこんな手順を踏まなくたって、<虚空渡り>を使えば、拠点にひとっ飛びなんだけど……)


 ボクはこの仕掛けが大好きだから、毎回わざわざこうやって、正規のルートで入っている。


 薄暗い階段をカツカツカツと下りていくと、地下には天井の高い大広間があり、そこには黒いローブを纏った者たちが平伏していた。

 ザッと見たところ、100人はいるだろうか。

 はっきり言って、かなり異様な光景だ。


(えーっと、今日はあの子かな)


 大広間の中央には台座が置かれており、そこに一人の少女が寝かされている。

 彼女は苦しそうな呼吸を繰り返し、その右腕には不浄の紋章が浮かんでいた。


あざの大きさと色の濃さから見るに……ちょっと重めだね)


 過去にダイヤがわずらっていたモノよりは、幾分かマシだけど……。

 それでも全身をさいなむ痛みは、精神を壊すレベルだろう。


 ボクは『うつろの王』ボイドとして、大広間の最奥に置かれた漆黒の玉座に座る。


 それと同時、玉座の右隣に控えていたダイヤが、美しい所作で頭を下げる。


「どうかあの哀れな少女へ、ボイド様の奇跡をお願いします」


「うむ」


 ボクは厳格な態度で重々しく頷く。


 普段、虚のみんなと話す時は、割とラフな感じなんだけど……。

 こういうオフィシャルな場所では、ちゃんと組織のボスっぽく振る舞っている。

 締める時はちゃんと締めておかないと、ただの緩い人になっちゃうからね。

 オン・オフをきっちりするのは、とても大切なことだ。


 スッと右手を伸ばし、<聖浄の光>を発動。少女の魔法因子と魔王因子をいい具合に適合させ、不浄の紋章を無力化する。


 魔王の呪いから――地獄の痛みから解放された少女は、ゆっくりと上体を起こし、ポロポロと大粒の涙を零した。


「……痛く、ない……っ。私の体、綺麗に……よかった……ッ」


 うんうんよかったね。

 二度と不浄の紋章は悪さをしないから、もう安心して大丈夫だよ。


 ボクが温かく優しい気持ちになっていると、ダイヤが少女に声を掛ける。


「不浄の紋章を無力化しても、体に蓄積した疲れは取れていません。今はゆっくりと休みなさい。――ただ、我らの偉大なる主ボイド様が、その貴重なお時間を割いて、救いの手を差し伸べてくださったこと。この御恩は、決して忘れてはなりませんよ?」


 その言葉を聞いた少女は、こちらに目を向けると、


「あ、ありがとうございます……っ。本当に、本当にありがとうございます……ッ」


 何度も何度も頭を下げ、感謝の言葉を繰り返した。

 ボクは軽く手をあげ、鷹揚おうように頷く。


 その後、少女は奥の部屋へ丁重に運ばれていった。

 そこで簡単な治療と現状の説明を受け、心身ともに安定したところで、虚に入るか表の世界に戻るかを決める……らしい。


(虚の運営は基本全部ダイヤに任せているから、あんまり詳しいことは知らないんだよね)


 ただ聞いた話によると、ボクたちが保護した子たちは、全員が全員「虚に入れてください」と懇願するようだ。


(まぁ……不浄の紋章が出ただけで社会を追われ、非人道的な魔法実験に使われたのだから、普通に考えて「元の世界に戻りたい」とは思わないよね)


 虚には自分と同じ境遇の人がたくさんいるし、彼女たちにとってここは、とても居心地がいい場所なのだろう。

 それに何より、うちはめちゃくちゃ待遇のいい『ホワイト組織』だ。

 ここの福利厚生がしっかりしているのは、ダイヤがまだ幼かった頃、ボクが日本の知識を――『如何にブラック企業が邪悪か』をいたからかもしれない。


「『解呪の儀』が終わりましたので、これより『定時報告』へ移ります。ボイド様へお伝えしたいことがある者は、速やかに起立なさい」


 ダイヤの声が響くと同時、情報機関の面々が即座に立ち上がる。


「アルヴァラ帝国の反乱軍レジスタンスが、エリア皇国こうこく密使みっしと接触しました。水面下で武器のやり取りを行っているようです」


「クライン王国北西部にて、大魔教団の隠しアジトを発見しました。幹部クラスはいないようなので、近日中に戦闘部隊を派遣する予定です」


「エインズワース家の地下深くへ、大量の魔道具が運び込まれております。なんらかの儀式に取り掛かっているものかと」


 そうそうこれこれ。

 この週に一度の定時報告が、めっちゃくちゃ助かるんだよね。

 禁書庫の情報も確かに有用だけど、アレはちょっぴり『鮮度』に欠ける。

 こうして生の――速報性の高い情報を集められるのは、人を抱えている組織の強みだ。


(しかし……今回はいつになく報告が多いな)


 メインルートが本格的に始動したことで、各キャラクターの個別ストーリーが、同時並行して進んでいるのかもしれない。


「――ボイド様、今宵こよいの報告は以上となります」


 ダイヤが報告を締めくくり、ボクはゆっくりと立ち上がる。


「帝国における反乱軍は、生かさず殺さずの状態を維持したい。霊国との繋がりを注視しつつ、革命の機運が高まった場合は、すぐにダイヤへ連絡を取れ。それから王国北西部にある大魔教団の隠しアジトはフェイクだ。周囲に伏兵が潜んでいるゆえ、戦闘部隊の派遣は即時停止。次に――」


 ホロウブレインの圧倒的な情報処理能力と原作知識をフルに活用して、最善の手を指示していく。


「そして最後に、エインズワース家には近付くな。あそこは『大翁おおおきなゾーヴァの巣』だ。下手に突けば、面倒なことになる――以上」


 一通り指示を出し終えたボクは<虚空渡り>を展開、ここの真下にある『秘密の小部屋』へ飛ぶ。


「あ゛ー、疲れたぁ……」


 暑苦しいローブと息苦しい仮面をポイポイと脱ぎ捨て、高級そうな黒いソファにどっかりと座り、思い切りグーッと体を伸ばす。


 怠惰傲慢な演技だけでも大変なのに、そこへ組織のボス感を一摘まみしつつ、みんなに指示を出すのは……正直かなり消耗する。

 でも、定時報告で得られる情報は、めちゃくちゃ有用だ。


(ちょっとしんどいけど、これからも頑張るとしよう)


 ちなみに……ボイドの正体が、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクだと知っているのは、虚の中でも極々一部のメンバーに限られる。

 具体的には、ダイヤを筆頭とした最高幹部『五獄ごごく』のみだ。


(いずれどこかでホロウ=ボイドの図式は、世界に広まってしまうんだろうけど……)


 今はまだそのときじゃない。

 極悪貴族と虚の創始者、二つの仮面を使い分け、メインルートの攻略に活用しよう。


 ボクがそんなことを考えていると、階段からダイヤが降りてきた。


「お疲れ様、ボイド」


「お疲れ、ダイヤ」


 軽い挨拶を交わすと、彼女は目の前のソファに腰を落ち着かせ、白銀の長い髪を軽くサッとき流した。


(……こう改めて見ると、大人っぽくなったよなぁ……)


 透き通るような白銀のロングヘア・すらりと伸びた手足・どこまでも澄んだ綺麗な瞳、ハーフエルフの種族的特性なのか、どこか浮世離れした美しさだ。


「いつものことだけど、よくあれだけの情報を同時に処理できるわね……。ほんとあなたには驚かされてばかりだわ」


「どうも」


 あれはボクの頭じゃなくて、原作ホロウの処理能力が、ずば抜けているだけなんだけど……。

 まぁ細かいことはなんでもいいや。


 ちなみにこのダイヤ、虚の第一席として表に出るときは、ボクに敬語を使っているけれど……こうして二人っきりのときは、昔みたいに砕けた口調で話す。

 彼女は公私をきっちりと分けるタイプなのだ。


「そう言えば、『五獄ごごく』の他の四人は? 最近あんまり見掛けないんだけど?」


 虚はボクを頂点としたトップダウンの組織。

 ボイドの下には最高幹部である五人がいて、その下には各機関の長がいて、そこに戦闘員だったり連絡係だったり諜報員だったり……いろいろな構成員が所属している。


「ルビーはクライン王国、エメはアルヴァラ帝国、ウルフはフィリス霊国、マリンはエリア皇国。みんなそれぞれ、世界と戦うための下準備をしているわ」


「そっか、大忙しだね」


「えぇ。こうして遣り甲斐のある仕事ができているのは、新たな秩序を創造するために働けているのは……全てホロウのおかげよ。あなたが不浄の紋章を無力化して、あの地獄から救い出してくれなければ、今の私達は存在しないもの」


 ダイヤは「ありがとう」と微笑み、ボクは「どういたしまして」とえて軽めに返す。あまり恩着せがましいのは、好きじゃないからね。


「ところでホロウ、そっちはどうなの? 前に話してくれた『例の計画』は、いい感じに進んでる?」


「うん、今のところはかなり順調だよ。と言っても、まだ始まったばかりなんだけどね」


 ボクは今、とある『壮大な計画』を実行に移している。


(原作ロンゾルキアは剣と魔法のRPG、メインルートが進行するに連れて、敵もどんどん強くなっていく)


 でもそんなとき、主人公が十分に育っていなければ……例えばアレンが序盤のレベリングに失敗した場合、いったい何が起きるだろうか?


 ボクが導き出した答えは――『モブに堕ちる』、だ。


 これは自論だけど、主人公を主人公たらしめる最大の要因は、その強さにあると思う。

 邪悪な敵を倒し、ヒロインを助け出す。

 おぞましい魔物を討伐し、困っている村を助ける。

 やがて魔王を討ち滅ぼし、世界に平和をもたらす。


 物語におけるスーパーヒーロー、それが『主人公』であり、その根幹にあるのは『圧倒的な強さ』だ。


(ボクはそれを台無しにする……!)


 基本的な方針――主人公への不干渉は維持しつつ、アレンの強化イベントを潰して回る。

 そうして彼を徹底的に弱体化させ、物語の本筋から追い出せば……アレン・フォルティスは、ただの『一般モブ』に成り下がる。


 ボクはこれを『主人公モブ化計画』と名付けた。


(くくくっ……完璧だ。我ながら、完璧な計画だ!)


 悪役貴族ボクが真に恐れるべきは、主人公の覚醒!

 それさえ防げれば、メインルートの攻略は成ったも同然!


「ダイヤ。この先、キミにも動いてもらうことがあるかもしれない。そのときは、お願いしてもいいかな?」


「ふふっ、当たり前じゃない。世界と戦う力も、虚という組織も、大切な仲間たちも、全てホロウがくれた。あなたのためならば、私はどんなことだってする。この命でさえ、惜しくないわ」


「えっ、あっ、うん……そんなに重く考えないでね? 少し手を貸してくれれば、それでいいからさ」


 ダイヤって時々ちょっと、いやかなり『重たい感じ』がするんだけど……まぁそれも彼女の個性として尊重すべき、だよね。

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