第14話:原作主人公

(入学初日に四大貴族へ喧嘩を売るなんて凄いね……。キミの父君ちちぎみがこれを知ったら、卒倒そっとうするんじゃないかな?)


 ボクが心の底から呆れ返っていると、フランツの隣にいた黒服の本科生が、友人の暴走をいさめる。


「お、落ち着けフランツ! ホロウはハイゼンベルク家が誇る超天才魔法士だ! 風の噂によれば、あいつが七歳のときに出た武闘会で、同じ四大貴族エインズワース家の長女を、辱めるように痛めつけたとか……っ。とにかく、お前じゃ勝てっこねぇよ!」


「心配するな。ホロウはその怠惰傲慢な気質が災いし、天賦の才を腐らせたと聞く。どれほど優れた原石も、磨かなければただの石ころに過ぎない!」


「……確かに……っ」


「ここであの野郎をぶっ倒せば、俺の名はクライン王国中に轟く! 邪魔な兄上たちを押しのけ、トーマス家の次期当主筆頭になれるんだ!」


「さ、さすがフランツ! 完璧な作戦だぜっ!」


 完璧な作戦だね、実現不可能という点を除けば。

 類は友を呼ぶ、馬鹿フランツの友は、やはり馬鹿だった。


「さぁさぁ、どうするホロウきょう? まさか天下のハイゼンベルク家が、当代の首席合格者様が、尻尾を巻いて逃げたりはしないよなぁ?」


 チラリと時計塔に目をやれば、時刻は八時十五分。


(主人公が登校してくるまで後五分……。もう時間はないな)


 あまりモタモタしていたら、主人公と鉢合わせになってしまう。

 それだけは絶対に避けなければならない。


 今ボクが為すべきは――極悪貴族ホロウ・フォン・ハイゼンベルクのキャラを守りながら、このくだらない騒動を超高速で収めることだ。


(こういうとき、原作ホロウならば、どうするだろう……?)


 自分の思考と行動を、ホロウブレインゆだねてみることにした。

 その結果、この端正な口から、意外な言葉が発せられる。


「ふぅ……すまない」


「は、はは、ははははは……っ! やはり口だけのボンボン貴族! いざ決闘になったら、ビビッて何もでき――」


「俺はいささか潔癖のきらいがあってな。申し訳ないのだが、その小汚いボロぎぬを取ることはできん。決闘はつつしんで受けるゆえ、どうかこの無作法を許してほしい」


 謝罪を装った鬼煽おにあおり。

 ……うん、我ながら最低最悪だね。

 やっぱりホロウ・フォン・ハイゼンベルクは、クズの中のクズだ。


「ふふっ、何よフランツの奴、まるで相手にされてないじゃない!」


「四大貴族の嫡子ちゃくしともなると、煽りにさえ『品性』があるな……」


「ほ、ホロウ様、推せる……っ」


 周囲の予科生たちは、「ざまぁみろ」とばかりに笑う。


 衆人環視の中、耐え難い侮辱を受けたフランツは、


「き、貴様ァ……!」


 顔を真っ赤に染め、激情のままに剣を抜く。


けがれた極悪貴族め! このフランツ・トーマスが、ちゅうをくれてやるッ!」


 彼は奇声をあげながら、斬り掛かってきた。


 ボクは素早く迎撃の構えを取り――愕然とする。


(……えっ……?)


 遅い。否、遅過ぎる。

 まばたきをしても、ゆっくり呼吸しても、軽く小首を傾げても――フランツは未だ彼方かなたにいる。


(あれだけ大口を叩いてこれは……さすがにちょっと酷いな)


 ボクは右足を軽く振りかぶり、足元を軽くトンッと蹴った。

 その瞬間、石材で舗装された地面がバキバキに砕け、散弾銃のような石礫いしつぶてが放たれる。


「なっ!? が、は……っ」


 石の礫をモロに食らったフランツは、大きく後ろへ吹き飛び、何度も地面に体を打ち付けながら本校舎に激突――そのままピクリとも動かなくなった。


「おや、フランツ卿はどこへ……? いやはや、困ったな。砂利じゃりのように小さき御方ゆえ、つぶてかぶられては区別がつかん」


 あっ、駄目だ、このあたりで口を閉ざそう。

 ホロウブレインに任せていたら、煽りのオンパレードが止まらない。


 ボクが大きく深呼吸をして、邪悪な思考を頭の奥底に沈めていると、


「お、おい、フランツ! 大丈夫か? しっかりしろ! ……くそ、すぐに保健室へ連れて行ってやるからな!」


 黒服のお友達がフランツを掘り起こし、土足のまま本校舎に入って行った。


 これにて一件落着。

 主人公と遭遇する前に急いでこの場を離れよう。

 ボクがきびすを返したそのとき、予科の女生徒に呼び止められた。


「あ、あの……!」


「なんだ」


「仲裁に入っていただき、ありがとうございました。本当に、とても助かりました」


「気にするな」


「ホロウきょう、どうか一つだけお聞かせください。何故黒服の頂点――『序列第一位・・・・・』に君臨するあなたが、白服の私達を助けてくださったのですか……?」


「特に理由はない。いて言うならば、あの愚物ぐぶつが目障りだっただけだ」


 主人公アゲのイベントを潰す為、とは口が裂けても言えない。

 きっと頭のおかしな人だと思われてしまうからね。


(とはいえ、今のはちょっと味気ない回答だったかも……)


 予科生よかせいとは親密と言えぬまでも、ほどほどに良好な関係を築いておきたい。

 今後のメインルートの進行を考えれば、そっちの方がいろいろと便利だ。

 ここは一つ、彼らのやる気が湧くような、いい感じの言葉を贈るとしよう。


「せっかくの機会だ、金言きんげんをくれてやる」


「な、なんでしょうか……?」


「白服か黒服かといった、誰それの決めた尺度に意味はない。肝要かんようなのは、自分がどう評価されるかではなく、自分がどのように在りたいかだ」


 その瞬間、予科生たちの瞳に光が宿った。


「「「……っ」」」


 言葉とは『何を言ったか』ではなく、『誰が言ったか』が大事だと聞く。

 本科生の頂点に立つボクが、服の違いに意味はないと断じたことは、予科生にとって非常に大きな意味を持つ。


「そ、そうですよね! 固有魔法に恵まれなくても、地道に努力を続ければ、きっと明るい未来がありますよねっ!」


「よ、よぉ……ホロウ・フォン・ハイゼンベルクって、とんでもねぇ極悪貴族って話じゃなかったか?」


「そのはずだけど……。なんか、めちゃくちゃいい人じゃね?」


「あーぁ、本科の人達がみんな、ホロウさんみたいだったらいいのになぁ……」


「ほ、ホロウ様、最推さいおし確定……っ」


 よしよし、いい感じに好感度を稼げた!

 これでまた一つ、死亡フラグをへし折ったぞ!


(原作ホロウは予科生をゴミのように見下し、惜しみない侮蔑と悪辣あくらつな嘲笑を送った。その結果、屋上で気持ちよく眠っていたところをナイフで滅多刺しにされてしまう)


 所謂いわゆる『屋上斬殺END』だ。

 もちろんボクは、常時<虚空憑依>を展開しているため、刃物で刺される心配はないけど……無用な恨みを買う必要はない。


 とにもかくにも、既に目的は果たした。

 ボクはすぐにこの場から、主人公の進行ルートから外れる。


(ここまでは順調……いや、完璧だ)


 主人公が予科生と教師陣に評価される展開、『主人公アゲのイベント』は消滅。

 おまけに原作ホロウが辿るBadEndの一つ、『斬殺End』のフラグもへし折った。


 馬鹿フランツのせいで一時はどうなることかと思ったけど、最高の結果を手にしたと言える。


 しかし、油断は禁物だ。

 何せ今から悪役貴族ボクの宿敵、原作主人公様と出会うのだから――。



 その後、入学式はつつがなく終了し、生徒たちはそれぞれのクラスへ向かう。

 ちなみに一年生の『クラス』と『序列』は、体育館前の掲示板に張り出されていた。

 首席合格者たるボクは、当然のように最上位の『特進クラス』であり、最高位の『序列第一位』だ。


 繰り返しになるが、ここレドリック魔法学校は、超が付くほどの『格差社会』。

 入学試験の成績優秀者から、特進・A・B・C・Dと振り分けられ、学生一人一人に序列が付される。


(さて、いよいよだな)


 本校舎に移動したボクは、三階のトイレに足を運び、鏡の前で身だしなみを整える。


(シャツを少し出して、目をほどよく腐らせて、ポケットに手を突っ込んで……よし、いい感じだ)


 ほどほどに着崩した黒い制服・人を見下した真紅の冷たい目・気怠けだるげな立ち姿――どこに出しても恥ずかしくない、立派な悪役貴族の完成だ。


 しっかりとキャラ設定を固めたボクは、一年特進クラスへ移動し、教室の後ろ扉を開け放つ。

 するとそこには、原作の名前付きネームドキャラたちが一堂に会していた。


(う、うぉおおおお……『本物』だぁああああ!)


 思わず、吠えそうになった。

 ロンゾルキアを愛するファンに取って、これはもうたまらない光景だ。

 いやぁ、眼福眼福……っ。


「おい見ろ、噂の『極悪貴族』が来たぜ……」


「今年度の首席合格者ホロウ・フォン・ハイゼンベルクか」


「んー? でもさっきの式じゃ、エリザさんが挨拶をしていたような……?」


「新入生代表の挨拶は蹴ったんだとよ。十年前の夜会のときから、なぁんも変わってねぇ。相変わらず、感じの悪ぃ野郎だ」


 遠巻きにいくつもの視線を感じる。

 でも、誰一人として話し掛けて来ない。

 まぁホロウの悪評を思えば、当然のことだろう。


 確か席は決まっていないはずなので、ちょうど空いていた窓際の席に着く。


(主人公は……まだいないな)


 おそらく今頃、また何かわけのわからない事件イベントに巻き込まれているのだろう。

 ホロウが『超死亡体質』だとすれば、主人公は『超巻き込まれ体質』。

 入学式の開かれた体育館から、この教室に至るまでの極々短い区間で、なんらかのトラブルに見舞われる――『彼』にとっては、造作もないことだ。


 それから三分後、教室の後ろ扉が開き、白服の男子生徒が入ってきた。


 その瞬間、ボクの全身に悪寒が走る。


(……来た・・……っ)


 アレン・フォルティス、十五歳。

 雪のように真っ白なミディアムヘア。

 身長は160センチ、ほっそりとした体付きだが……驚異的な膂力りょりょくを内包している。

 大きな空色の瞳と柔らかい口元が特徴の中性的な顔立ちで、レドリック魔法学校の白い制服をまとっている。


 この見るからに人畜無害そうな男――アレン・フォルティスこそが、原作ロンゾルキアにおける『主人公』。

 英雄の血を誰よりも濃く引き継ぎ、魔王の因子を大量に宿しながら、その両方を支配下に置く異常者だ。


「……白服?」


「予科生がなんで特進クラスに……? 確かここって本科生だけじゃなかった?」


「さぁ、間違えたんじゃね?」


「そういや、今年はなんか一人、固有魔法なしで特進に入った奴がいるって聞いたぞ」


 クラス内に大きなざわめきが広がる中、主人公はぎこちない動きで空いた席へ座る。


 その直後、今度は教室の前扉が開き、美しい黒髪の女性が入ってきた。

 彼女は教壇に立つと、小さくコホンと咳払いをして、自己紹介を始める。


「はじめまして、この特進クラスを担当する、フィオナ・セーデルです。これから三年間、どうぞよろしくお願いします」


 ドロドロの内面を隠したフィオナさんが、美しい所作でお辞儀すると、パチパチパチと温かい拍手が送られる。


「やっば……可愛い過ぎね!?」


「可愛いっつーか、綺麗っつーか、美しいっつーか……」


「胸デカ、腰細、スタイル良過ぎだろ……っ」


 多くの男子生徒が、若い女教師に目を奪われていた。

 まぁ確かに彼女、遠くから見れば、完璧な黒髪美少女だからね。

 中身はドブだけど。


 ちなみに……担任がフィオナさんなのは、もちろん偶然じゃない。

 ボクが父にお願いして、捻じ込んでもらったのだ。

 ハイゼンベルク家は、レドリック魔法学校に多額の献金をしているから、ある程度の融通を利かせられる。

 権力万歳。


(フィオナさんはボクの言う通りに動く。学校内でかなり動きやすくなるはずだ)


 ボクが心の中で今後の予定を思案し、


「早速ですがこれより、朝のホームルームを始めま――」


 フィオナさんが口を開いたそのとき、


「――ちょっと待った」


 鈴を転がしたような美しく、しかし鋭い声が走り抜けた。

 クラス中の視線を受けたその女生徒は、ゆっくりと席から立ち上がり、落ち着き払った様子で淡々と述べる。 


「ここに一人、場違いな魔法士がいるわ」


 声の主は、序列第4位ニア・レ・エインズワース、十五歳。

 身長163センチ、ハーフアップにしたプラチナブロンドの長い髪。

 クルンとした大きな目・美しい琥珀こはくの瞳・瑞々しい白い肌が特徴的な絶世の美少女だ。

 張りのある豊かな胸・ほっそりとした腰・健康的な太腿、完璧なプロポーションである。

 上は黒を基調としたブレザーに純白のシャツ、下はスリットの入った黒のミニスカート、レドリック本科生の女子用制服に身を包む。


「――アレン・フォルティス、あなたのような白服おちこぼれが、どうして特進クラスにいるのかしら?」


 ニアは絶対王者たる目付きで、主人公を見下ろした。


 ひりついた空気が流れる中――ボクの心は感動でいっぱいだった。


(うーわー! ツンツンしているニア、めちゃくちゃ新鮮だなぁ……!)


 ニアは本作のヒロイン候補の一人であり、その美しい容姿となんとも不憫ふびんな属性から、一部のファンに熱狂的な人気を誇るキャラだ。 

 彼女は現在、あまりにも大き過ぎる問題を抱えており、精神的に酷く追い詰められている。

 憔悴しょうすいしている序盤こそツンツンしているものの、中盤から終盤に掛けては主人公に完堕かんおちしてベタぼれ。


 つまり、『ツンツンニア』を拝めるのは、序盤も序盤の最序盤――今この瞬間だけなのだ。

 しっかりとこの眼に焼き付けておきたい。


「私は優秀な魔法士たちと研鑽を積み、自分を高めるためにレドリックへ入ったの。あなたのような、固有魔法も持たない落ちこぼれと遊ぶためじゃないわ」


 ニアは鋭い言葉を飛ばし、


「こ、固有魔法に恵まれなかった人は、決して落ちこぼれなんかじゃありません! しっかり地道に努力すれば、優秀な魔法士になれます!」


 アレンも負けじと反論する。


(おいおい待て待て、勝手にメインルートを進めるな……っ)


 本編ではこのまま、二人の決闘が始まる。


 ニアは起源級オリジンクラスの固有魔法<原初の炎>を使い、有利に戦いを進めていくのだが……。

 追い詰められたアレンは、土壇場で固有魔法を覚醒し――大逆転勝利を果たす。

 要するにこの決闘は、『主人公の強化イベント』だ。


(悪いけど、そうはさせない……!)


 メインルートに散りばめられた、大量の主人公強化イベント。

 アレンはこれを回収することで、その身に秘めた英雄と魔王の力を覚醒させていく。


 ならばどうするか?

 答えは簡単だ。


(原作知識を使って舞台シナリオの裏で暗躍し、アレンの強化イベントを全て叩き折る……!)


 こうすれば、主人公とまったく敵対することなく、その力だけを削ぐことができる!


 これこそが、ボクの考えた『完璧な主人公対策』だ!


(そのためには今、ニアの気を引かなければならない)


 幸い原作ホロウとニアの間には、『とある因縁』が存在する。

 これを上手く利用すれば、彼女の意識をさらうことができるだろう。


「……くくっ」


 ボクは肩を揺らし、邪悪にわらった。


「……何がおかしいのかしら、ホロウ?」


 人一倍プライドの高いニアが、驚くほど簡単に釣れた。

 このチョロいところは、原作と全く同じだ。


「いや、あまりに滑稽でな。直視に耐えなかった」


「どういう意味よ」


 ボクは軽く鼻を鳴らした後、アレンとニアを交互に見やり、人を小馬鹿にした笑みを浮かべる。


「お前とお前、いったい何が違う? 俺から見れば、どちらも路傍ろぼうの石と変わらん」


「あなたのその傲慢っぷりは相変わらずね」


 彼女はつかつかとこちらへ歩み寄り、琥珀の瞳で見下ろしてくる。


「いったいいつまで『過去の栄光』にひたっているのかしら? あなたが私に勝ったのは八年前の武闘会。あれから七年、謙虚で堅実な私と怠惰で傲慢な極悪貴族――果たしてどちらが強いでしょう?」


「地を這う小鼠こねずみがどれだけ牙を研いだとて、大空を舞う巨龍には決して届かん。幼子おさなごでもわかる道理だ」


「……っ」


「おっと、すまない。なけなしのプライドに傷をつけてしまったか?」


 いや……凄いなホロウブレイン

 嫌味・皮肉・侮蔑の言葉が、次から次へと湧いてくる。


 原作ホロウの性格は本当にゴミだ。

『性格がドブなキャラランキング』を作れば、ぶっちぎりの第一位だろう。


「――いいわ。そこまで言うのなら、先にあなたを叩きのめしてあげる!」


 彼女はそう言って、長く細い人差し指をビッと延ばす。


「ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、あなたに『序列戦』を申し込むわ!」


 ちょっっっっっろ。

 なんてチョロいんだ、ニア・レ・エインズワース、彼女の今後が心配になってしまう。

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