第13話:レドリック魔法学校
――聖暦1015年2月15日早朝。
あれから三年が経過し、ボクは15歳になった。
否、15歳になってしまった。
もう間もなく、『メインルート』が動き出す。
主人公の、主人公による、主人公のためのシナリオが始まってしまう。
「ふぅー……」
ハイゼンベルク邸の
ロンゾルキアの世界に転生して早六年。
過酷な『ホロウルート』を乗り越え、幸せな生存Endへ辿り着くため、入念な準備をしてきた。
生来の怠惰傲慢を捨て、謙虚堅実に努力を重ねた。
「だから大丈夫、きっと大丈夫だ……っ」
自分に言い聞かせるように呟き、大きく深呼吸をすることで、
(しかし……本当にそっくりだな。いや、そっくりも何も本人なんだけどさ)
真っ正面の
人を見下した冷たい目付き・宝石のような真紅の瞳・綺麗に通った鼻筋、
ちなみに、身長は170の大台に乗った。目線もかなり高くなったね。
マジマジと鏡の中の
「っと、もうこんな時間か」
足早に自室へ戻り、ササッと荷物を纏めていく。
「受験票よし、筆記用具よし、剣よし――うん、ばっちり」
今日はレドリック魔法学校の入学試験が実施されるのだ。
ここクライン王国には、三つの王立学校がある。
レドリック魔法学校・ブルフリン剣術学校・グリーシア魔剣学校の三校だ。
原作主人公が通うのは、レドリック魔法学校。
原作ホロウが通うのもまた、レドリック魔法学校。
ボクはこれに
(まぁ正直、ちょっと考えたよ。主人公とは、別の学校へ進むルート)
悪役貴族の天敵は主人公、それがわかっているのなら、
(でも、メインルートと掛け離れた行動を取った場合、どんな超展開になるのかわからない……)
そうなっては、ボクだけの『圧倒的な強み』が、『ロンゾルキアの原作知識』が活かせなくなる。
ホロウ・フォン・ハイゼンベルクは、世界に中指を立てられた存在。
特に何をせずとも、ただ道を歩いているだけで、多種多様な死が向こうから寄ってくる。
(未知の死亡フラグよりも、
だから、苦渋の決断を下した。
原作通り、主人公と同じ学校に通うことを。
もちろん、無策じゃない。
当然考えている、『完璧な主人公対策』を。
「――オルヴィン、行ってくる」
「どうかお気を付けください」
ハイゼンベルク家の豪奢な馬車に乗り込む。
ちなみに父と母は、出迎えには来られなかった、というかそもそも屋敷にいない。
二人は王都で公務に当たっているため、一週間ほど留守にしているのだ。
客室に腰を落ち着かせたボクが、仕切り窓越しに合図を出すと、御者がゆっくりと馬を走らせた。
レドリック魔法学校へ向かう道中、車窓から外を眺めながら、今後の予定を思案する。
(とりあえず、今日のところは大丈夫だ。この入学試験において、主人公と遭遇することはない)
今集中すべきなのは、メインルートを丁寧になぞること。
(原作ホロウは、学校創設以来初となる満点を取り、首席合格を果たした)
つまり、今回のテストで満点を取り、首席合格を飾る必要がある。
とはいえこれは、そんなに難しいことじゃない。
何せボクは、今年度の試験内容を知っているのだから。
まずは筆記試験。
原作知識を持っているうえ、禁書庫の本を読み漁ったため、あまりにも簡単過ぎた。
(これでよし、満点間違いなしだ)
次に実技試験。
モンスターの放たれた樹海を突破するというものだ。
<虚空渡り>を使って森の入口と出口を結べば、試験開始と同時に即クリアだけど……もちろん、そんな目立つ真似はしない。
原作履修済みのボクは、当然のように知っている。
モンスターの出ない『安全ルート』。
筆記・実技を通して、受験生トップ。
今回の目的である満点+首席合格は、もはや確実と言ってもいいだろう。
それから一週間後の早朝。
ボクが自室で朝食を取っていると、メイドのシスティさんが入ってくる。
「ホロウ様、レドリック魔法学校より、
「ふむ……」
魔法で
ホロウ・フォン・ハイゼンベルク
上記の者につき、レドリック魔法学校への入学を許可する。
また貴殿は当校創設以来初となる、満点での合格を果たした。
その武と智は新入生を代表するにふさわしく、来たる入学式での挨拶を述べてもらいたい。詳細については、追って文書を送付する。
そこに入っていたのは、合格証書だった。
まぁ、当然の結果だ。
何せこっちには、原作知識があるんだから、これで落ちる方が難しい。
「あ、あの……いかがでしたか?」
システィさんが恐る恐るといった風に尋ねてきた。
「無論、合格だ」
合格証書を指で弾けば、それはひらひらと宙を舞い、彼女の手元へ綺麗に収まった。
「す、凄い……っ。あの名門レドリック魔法学校を首席合格なさるだなんて……さすがはホロウ様です!」
「大袈裟な奴だな。これぐらい大したことはない」
「全然、大袈裟なんかじゃありませんよ! これはとんでもなく凄いことです! ホロウ様はもっと御自身の力を誇るべきかと!」
「ふっ、ありがとう」
「いえ、真っ当な意見を申したまでです」
苦節六年、メイドにお礼を言っても、驚かれないようになった。
(長かった、ここまで本当に長かった……っ)
胸の中に感動と充足の嵐が吹き荒れる。
臣下の好感度が一定値を下回れば、『下剋上・謀反End』に突入してしまう。
だからボクは、周囲に違和感を与えないよう細心の注意を払い、毎日ほんの少しずつ態度を軟化させた。
その結果、臣下からの評判は
死亡フラグを一つへし折りつつ、次期当主としての地固めも済ませた。
けっこう大変だったけど、
「さて、父と母に報告しに行くとしよう」
「はい! きっとお二人とも、お
自室を出て、父の執務室に向かう。
部屋の中には、父ダフネスと母レイラの二人がいた。
「父上、母上、レドリック魔法学校に合格いたしました」
ボクはそう言って、合格証書を提出する。
「そうか」
父は顔も上げず、ただ黙々と書類仕事を続ける。
その様子を見た母が、大きなため息をつく。
「ねぇあなた、ホロウが入学試験に合格したのよ? しかもほら、首席合格。もうちょっと何かあってもいいんじゃないの?」
「この程度、ハイゼンベルク家の長子としては当然のことだ。わざわざ報告に来るまでもない」
「本当は嬉しい癖に、またそんなこと言って……。私、見たんだからね? 王都でこっそり合格祈願のお守り買ってたの」
「んなっ!? ば、馬鹿なことを言うな! アレは、その……そう、健康祈願だ! お前の体を案じてのモノだ!」
父は勢いよく立ち上がり、顔を真っ赤にして否定した。
しかし、それが誤魔化しであることは、誰の目にも明らかだ。
彼は乱雑に腰を下ろした後、わざとらしくゴホンと咳払いする。
「ホロウよ、レドリックに合格したようだが、そんなものは所詮スタートラインに立ったに過ぎん。大切なのは、そこで何を為すかだ。誇り高きハイゼンベルクの名に泥を塗らぬよう、精進するがいい」
「肝に銘じます」
「それから……まぁ、なんだ、その……合格おめでとう」
「はい、ありがとうございます」
その晩、ハイゼンベルク家では、盛大な合格祝いのパーティが開かれるのだった。
■
聖暦1015年4月8日。
今日はレドリック魔法学校の入学式が行われ、その後は流れるように初回の授業が実施される。
首席合格者たるボクは、新入生を代表して挨拶する予定だったのだが……。
ホロウ・フォン・ハイゼンベルクは、怠惰傲慢な極悪貴族。
入学式の挨拶なんて
合格証書を受け取ってすぐ、レドリックの学校長へ文書を送り、丁重に辞退させてもらった。
時刻は朝八時、レドリック魔法学校に到着したボクは、迅速に行動を開始する。
入学式が始まるまで後一時間。
ボクはそれまでに――正確には主人公が登校してくる前に、『とあるイベント』を潰さなければならない。
(イベントの発生は八時頃。主人公が登校してくるのは八時二十分。猶予時間は約二十分しかない……急ごう)
優雅にしかし早足で、体育館の方へ向かうと、前方に学生の集団を捉えた。
黒い制服の学生二人と白い制服の学生五人が、激しく口論を交わしている。
(よし、間に合った。いや、完璧なタイミングだ!)
ボクは安堵の息を吐き、落ち着いてゆっくりと歩く。
距離が縮まるに連れて、言い合いの内容が聞こえてきた。
「おいおい、お前らは
「俺達『黒服』様に道を譲るのは、当たり前のことだろうが!」
黒い制服の男たちが威張り散らし、
「ふざけんな! お前たちがどれだけ偉いってんだよ!」
「そ、そうよ! 固有魔法を持って生まれただけじゃない!」
白い制服の生徒たちが、必死になって応戦する。
(ふふっ、原作とまったく同じ台詞だ)
これまで幾度となく経験してきたが、こういう原作を追体験する瞬間は、何度あってもいい。
自分がロンゾルキアの世界に生きている、そんな実感をヒシヒシと得られるからね。
さて、レドリック魔法学校は、超が付くほどの『格差社会』だ。
ここに入学した生徒は、固有魔法の有無によって、『本科』と『
固有魔法に恵まれた者は、本科生として黒い制服を着る。
固有魔法に恵まれなかった者は、予科生として白い制服を着る。
外見ではっきりと区別されるため、両者の間には明確な上下意識ができる。
その結果、毎年のように白服と黒服の
(確かこの喧嘩は、黒服の本科生が悪意に満ちたちょっかいを出し、挑発に乗った白服の予科生って構図だったはず……)
両者の
あれよあれよという間に騒動の中心へ
つまりこれは、物語冒頭によくある『主人公アゲのイベント』だ。
(悪いけど、そうはさせないよ!)
主人公が到着するよりも早く、このくだらない
そうすれば、彼の評価が上がることはない。
ボクは喧嘩の仲裁に入るべく、問題の中心へ向かった。
「いいか? 俺は優秀な聖騎士を何人も輩出してきた、あのトーマス伯爵家の三男フランツ様だ! 伯爵だぞ、伯爵! しかも、
フランツが威張り散らす中、
「お、おぃ
「怠惰傲慢な極悪貴族……ッ」
「今年度の首席、『序列』
こちらに気付いた予科生たちが、緊張した面持ちで後ずさる。
その後退を――ボクへの
気を大きくしたフランツは嘲笑を浮かべ、
「ははっ、それでいい! 二度と歯向かうなよ、愚民どもめ!」
勢いよく振り払った彼の右手が、ボクの胸にドンと当たる。
「あぁ!? なんだ、てめ……ぇ゛!?」
「随分と楽しそうだな。俺も混ぜてはくれないか、フランツ
「ほ、ほほほ……ホロウ・フォン・ハイゼンベルクぅ!?」
フランツは口の端から泡を吹き、小物然とした動きで一歩二歩三歩と後退する。
酷く
うちのハイゼンベルク家は、
フランツのトーマス家は、五爵の真ん中『伯爵』。
両家の間には、天よりも高く海よりも深い家格の差がある。
「こ、こここ……この学校にいる間は、身分の差は関係ない! ここでは俺もお前も同じ、レドリックの一年生だ! 偉そうにするんじゃねぇよ、極悪貴族のボンボンめッ!」
先の小物っぽい醜態を隠す為か、
一応、彼の言い分は正しい。『レドリックに在学中は、貴族・平民の別なく、みな同じ扱いを受ける』――これは明文化された規則だ。
でもキミ、さっき思いきり爵位を振りかざしていたよね?
それに、一歩学校の外に出れば、貴族社会という
四大貴族の次期当主たるボクに対して、伯爵家の三男坊が食って掛かるのは、あまり賢い行動じゃないと思うんだけど……。
ボクがそんな感想を抱いていると、
「ホロウ・フォン・ハイゼンベルク!」
フランツは突然大声を張り上げ、右手の白い手袋を地面に投げ付けた。
これって確か……聖騎士の間で、決闘を申し込むアレじゃなかったっけ?
いやまさか、そんな馬鹿なことをするわけ――。
「決闘だ! お前に一対一の決闘を申し込む!」
あっ、馬鹿だこいつ。
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