世界征服と人殺し

@yusuii

平和のために

「将来の夢は世界征服ですって言ったら皆に笑われるんです。」

「そりゃそうだろ。正義のヒーローならまだしも、ガキが悪の組織の親玉みたいなこと言ったら笑うに決まってる。」

「私は真剣なのに、どうして笑えるんですか。真面目に一生懸命考えて世界征服するって決めたのに。笑われたら傷付きます。」

「センチメンタルな悪者だな。そういうのは気にしなくていいんだよ。何の目標もなしに他人の夢を笑う奴より、バカみたいなことに一生懸命なお前の方が面白い。」

「面白いってなんですか。結局、あなたも私のことを哂ってるじゃないですか。」

「興味深いってことだよ。どうして世界征服したいんだ?」

「平和のためです。私が世界を股にかける悪役になれば、私を倒すために世界中の人が手を繋ぎます。人種や国境を越えて、お互いを認め合って、みんなで力を合わせれば争いはなくなります。そのためには誰かが凄い悪者にならないといけないんです。」

「お前はそれでいいのか?」

「みんなが仲良くなれたら、それ以上のことはありません。」

「そう。」

男は胸ポケットから煙草を取り出して火をつけた。

「子供が隣にいるんですから煙草はやめてくれませんか。」

「いやだね。お前は悪い奴にならないといけないんだろ。」

男が煙草を、少女に差し出した。

「吸ってみろよ。悪役になるなら煙草くらい普通だぜ。」

「いえ、健康に悪いのでやめておきます。」

「なんだよ。よくわからん。」

男は差し出した煙草を咥えた。

「で、ガキがこんな時間にこんなところで何してんの?」

男の右腕についている腕時計は八時を指している。辺りは暗闇に包まれ、明かりは男が加える煙草の火のみ。

「別になんでもいいじゃないですか。そういう不審者さんは私に何の用ですか?誘拐ですか?」

「俺は殺し屋だ。特にお前に用はない。散歩してたらなんかいたから話しかけただけだ。」

「へー、殺し屋ですか。いい歳なんですから、そういうのは卒業しておかないと痛いですよ。」

「お前に言われたかねえ。それに噓じゃねえ。マジだよ。」

「私の夢だって本気です。中学生になっても曲げません。でも、不審者さんが殺し屋って証拠はあるんですか?」

「ほら拳銃。」

「うわぁ、それいつも持ち歩いてるんですか?流石にどぎついですよ。」

「本物だもん。嘘じゃないもん。」

男は拳銃を仕舞った。

「今まで数えきれないほど人を殺してきた。」

「そういうことにしておいてあげます。」

「別に殺さないといけなかったとか殺したいと思ってたわけじゃねえ。殺しが一番楽だったから流されるようにこうなった。」

「じゃあ悪者なんですね。」

「そうだよ。お前とは真逆の、最悪な人間だ。自分の為に人を容易く犠牲にする、その行いに対して何の感情も持たない。なんとなく殺してなんとなく生きている。」

「どうしてそこまで理解して、殺し屋をしているんですか?」

「もう手遅れだからだ。俺はもう真っ当に生きることなんて出来ない。大勢に憎まれて死ぬ。その結末をどうにかしようと思う気力すら湧いてこない。何も変えられないって思ってる。断言できる。世界で最も邪悪なのは俺だ。」

生ぬるい風が通り過ぎた。

異様な空気を少女は感じている。

胸が中から圧迫されるような、気持ち悪い感触だ。

「こんな大人になるなよ。生きるのが楽になってしまう。」

「なりませんよ。最低ですね。」

少女は唾を呑み込んだ。

「私、家出してきたんです。」

「なんで?」

「私のせいで父と母が喧嘩するんです。私がいると周りが不幸になってしまう。だから、私が不幸にならないと皆は幸せになれないんです。」

「そうかもな。」

「はい。だから、将来私は悪者になるから、今のうちから一人になっておこうと思ったんです。捨てる時に迷わないよう、予め大切なものを作らないようにしようって。」

少女の声が微かに震える。

唇を嚙みしめた。

「お前はもう帰れ。」

男は煙を吐いて言った。

「お前がいなくなったら、親はもっと悲しむぞ。それに、人の為に自分を犠牲にするって考え、俺は嫌いだ。自分で幸せになれもしねえやつが誰かを幸せにするなんて出来るはずがねえ。」

少女は男の顔を見た。

どこか遠いところを見ているようだ。

「悪者なのに優しいんですね。」

「いい奴でも優しいとは限らねえよ。どんな奴にも良いところと悪いところがある。絶対的悪なんて存在しねえよ。」

また生ぬるい風が吹いた。

これ以上いたら風邪を引きそうだ。

「私、帰ります。」

「気をつけてな。」

「またね。」

「もう会わねえよ。」

少女は街灯に照らされた道を駆けて行った。

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