第19話「虫に縛られない人間」

「……先輩、あんまし無理しない方が良くないっすか? 私に勝てるわけないでしょ?」


「悪いな、後輩に遅れを取る先輩じゃないんでな」


「相変わらず負けず嫌いな人だなぁ。水無月 月音、あの娘からアメリカで感じた黒翡翠病の匂いを感じる。仮にここで私を倒しても私のボスが月音を殺しますよ?」


「く、くははは! やっぱお前は何も分かってないなぁ、告死蝶のボスはまだ幼いが、アイツは大切な者を守る為なら命を張れる男だ!」


 酔蜚蠊が両手を腰に構えると、彼女を中心に竜巻が発生した。


 明らかな異常現象ではあるが、ハイエナは特に驚きもせずに嘲笑あざわらった。


「かはは! なんすかそれ? 死ぬ前に手品でも見せてくれるんすか?」


「期待に応えられないが、私はまだ死なない!」


 酔蜚蠊が他の告死蝶のメンバーと異なるのは、ゴキブリの能力を人間で再現するだけに留まらず、彼女は常に人間として成長し続ける努力家である。


 ゴキブリとは、今から約3億年前の古生代石炭紀に地球上に誕生したとされる生物で、トンボと並んで最古の昆虫の仲間である。


 ゴキブリは、2億年前以上前から姿を変えていない生きた化石と呼ばれている。


 風読み、初速から新幹線と同じスピード、緊急時にはIQ300に跳ね上がる。


 これらの能力がゴキブリの生存率を上げて2億年間も姿を変える必要も進化する必要もなかった。


 つまり、ゴキブリは2億年前に完成した生命体で、これ以上は進化する必要性が無い生物だ。


 しかし、酔蜚蠊は人間。人間の歴史は新人類が登場してから、まだ20万年しか経っていない。


 ゴキブリの歴史と人類の歴史には1500倍以上も差があるが、しかし人類は常に発展し続けた生物。


 人類は創意工夫を繰り返し、技術を進化させて、後世に伝える事で今の生活を獲得したのだ。


 酔蜚蠊も虫のコードネームに縛られず、逆にゴキブリから学び、手に入れた能力をアップデートし続ける人間だ。


 つまり、彼女の能力は、まだまだ進化し続け、彼女は死ぬまで成長し続ける人物とも言える。


 今から使う奥の手も、酔蜚蠊に取って師匠であるゴキブリの能力を元に開発したもの。


「ハイエナ、悪いが痛い思いをすると思うが、覚悟しろよ!」


 風読加速エアドライブの特徴として発動すると暴風が発生する。これは意図いとして生まれたのではなく、自然発生したもの。


 しかも、連続使用すると竜巻が発生して、IQ300の知識を使って風を計算してコントロールし、この人間ではコントロールできない竜巻のエネルギーを全て拳に集めた。


「……」


 何かしてくるのは分かっていたが、ハイエナは待ってくれる程、優しくはなかった。


「かはは! じゃーね先輩! 骨食消化ボーンイーター!」


 ハイエナの手が酔蜚蠊に触れた瞬間だった。


「……信じてたぜ、お前が優しくない事をな!!」


 ーー風読多重竜巻エアサイクロン!!


「は? はぁがぁぁぁ!!?」


 酔蜚蠊の両手がハイエナの腹部に直撃すると、ハイエナの小さな体が、きりもみ上に吹き飛んで、激しい音を立てながら体育館の倉庫に直撃した。


「が、は、なにそれ? まさか、竜巻をコントロールしたのか?」


「ぜぇ、はぁ、た、竜巻災害は世界各地で起こってるからな。もしも竜巻のエネルギーを人間が使いこなしたら、こんな事ができる」


「は、はは、やっぱ先輩すげーや、はーあ、今度こそ先輩に勝てると思ったのになー」


 そう言い残すと、ハイエナは気絶したが、それと同時に酔蜚蠊も倒れた。


 一日に使用できる風読加速のエネルギーを全て使い果たした上に、ハイエナの攻撃で肋骨が何本かやられた。


「はー、こんだけ騒いだら人が来るかぁ、私はもう動けないから、後は頼むぜ星音」


 酔蜚蠊は満足しながら気を失った。

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