第16話「さようなら、私の初恋の剣」

 葉虫はむしと聞くと、あんまし馴染みが無い昆虫だと思う。


 葉虫とはハムシ科の昆虫の総称である。


 名前の通り葉の上で生活する昆虫で、種類によっては大小様々だが、特徴的なのが体長が1cm未満の種類が多い、つまり小さすぎて見つけるのが困難ではあるかもしれないし、見つけても知識が無かったら葉虫だと認識できないと思う。


 彼等が生息している植物を観察してると、成虫の体が宝石のように輝いていて、まるで葉の上を歩く宝石とまで呼ばれる程の美しさを持っている。


 眠葉虫ねむりはむしが葉虫のコードネームを貰ったのは、彼女の剣技が宝石のように美しいからである。


 そんな彼女と対峙しているのは、かつては柴犬のコードネームを持っていた老人リカオンである。


 仕込み杖から剣を抜き、リカオンは上段に剣を構えた。


 対して、眠葉虫は居合の構えを取っていた。


「ほぅ、居合ですか。かつてのアナタ様からは想像できないですな」


 剣術と居合術の違いを説明できる人間は居るだろうか?


 確かに、どちらも刀を使ってるが、残念ながら目的が違う。


 剣術は相手を攻める術、居合は武士の護身術。


 刀が鞘に収まってる状態とは武士にとって無防備、その状態から素早く剣を抜いて戦闘態勢に移行できるかが、居合の目的だ。


 居合って、見た目がカッコいいと思うが、実は一般的な誤解として広まってるのが、鞘の中で刀を加速させる最速の剣技ではありません。


 そんな事をしたら鞘が壊れて自分の手を傷付ける可能性がある。特に真剣だと、そう言った事故が起こりやすい。


 だから真似しない方が良いが、ではどうして眠葉虫は居合を選んだのか。


 それは、目の前のリカオンが柴犬だった頃の思い出があるからだ。


「柴、もう私の声が聞こえないと思いますが、アナタはかつて剣術とは誰かを傷付ける剣、しかし居合は誰かを守る剣と言いました……私は、友を守る為に守護の剣を選びます!」


 眠葉虫が足音も立てずにリカオンに接近して、抜刀と同時に逆袈裟斬りを放ち、リカオンは上段から、眠葉虫の斬撃を叩き落とす剛剣を放つが、眠葉虫は剛剣の力に抵抗せずに刀で受け流し、体を右に移動した。


 眠葉虫を追いかけるように、リカオンの刃が強烈な水平斬りを放つ。


 しかし、その水平斬りを眠葉虫は切先だけで止めた。


 リカオンの斬撃の衝撃波が強く、風圧だけで旧校舎の窓ガラスが一斉に割れてしまった。


「柴、私は悲しいです。アナタの今の剣は、私がかつて恋した剣とは程遠い暴力的な剣になってしまいました。何がアナタをここまで狂わせたのです?」


「……眠理様のような才能に恵まれた選ばれし人間には分かるまい。いくら努力しても本物の天才には勝てない凡人の気持ちなぞ、それこそ虫ケラ程度にしか考えてないですもんな!!」


 リカオンが再び上段に剣を構えると、確実に殺すつもりで渾身の斬撃を放った。


 眠葉虫は、それをギリギリまで引き寄せてから、紙一重でかわし、ガラ空きになったリカオンの喉に刃を突き付けた。


「柴、私はアナタの剣に恋をして剣の道を選んだのです。しかし、私の才能がアナタを狂わせたのですね……さようなら、私の初恋の剣」


 ーー乱花蓮命らんかれんめい


 眠葉虫の刃がリカオンの喉に食い込むと、そのままリカオンの肉体が空中で一回転してから地面に叩き付けられてリカオンは意識を失いかけていた。


「がはぁ!! は、刃引きの刀……刃が付いてない刀ですか……は、はは、真剣だったら、このリカオンは、死んでましたな……あぁ、でも、幼きアナタ様との剣の修行は……楽しかったですなぁ……」


 そう言い残し、リカオンは気絶した。


 そんなリカオンを見下ろしながら、眠葉虫は涙を流していた。


「もう、あの頃には戻れないのですね……柴、アナタの剣を今でも愛してますよ。だから……いつか戻って来てくださいね」


 眠葉虫は、刀を鞘に納めて、再び電動車椅子に座ると、彼女の瞳は閉じて眠りについた。

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