第14話 私って天才…?(前編)

「ラザドル将軍の別部隊が、相当数の集落と物資集積所を占領したようです」


 鞍上のバルナレクは得意げに言った。甲冑を着て背をキチンと伸ばした栗毛の青年は、なかなかどうして様になっている。


 前後には同じく甲冑姿の兵士達が、騎乗に徒歩に縦列を組んで歩いていた。それはいよいよ帝都に向けて進軍を開始した、反乱軍の長い列だった。


 道の両側に広がる畑の芽はまだまだ小さい。兵士達が背負う荷物袋には厚手の布や毛皮が括り付けられていた。冬が到来する前に、勝負を決めなければならない。


「ラザドル?」と、鞍上のセーラツィカはバルナレクに聞き返した。


 当然のように、セーラツィカは軍と行動を共にすることを選んだ。だがこれも当然のように、まだ年端もいかない少女が戦場に赴くことに周囲は激しく反対した。


 いくら傀儡でも皇帝と名乗る以上簡単に死なれては困る。デルフレドなんかは腹立たしげに、「趨勢が決まった後に顔を見せるだけで十分」とまで言った。


 だがセーラツィカは戦場へ赴くことにこだわった。老人達から主導権を奪う以上、全てが終わった後に出ていくのでは遅いのだ。


 常に戦場の近くにいて、あわよくば役立って信頼を築くことが出来れば、兵士達はきっと自分の味方になる。彼らの力抜きには絶対に老人達を打ち破れない事を、少女は十分理解していた。


 最終的にはバルナレクの説得もあり、セーラツィカが軍と行動を共にする事をホスナールは承諾した。老エネクルジュは何を考えて許可したのか、デルフレドも含めて殆どの人間が首を傾げた。


「誰? ラザドルって」と怪訝な顔をする少女に青年は答える。


「前に話していませんでしたか?」

「初耳よ」


「申し訳ありません。ラザドル将軍とは、別働隊を率いている者の名です。実戦経験を積んだ有能な男で、来訪者や魔術を使う来訪教徒との戦いに長けている。…とケテルローが言っていました」


「ケテルロー? ああ、あの男…」


 隠す気もなく、セーラツィカは眉を顰めた。ケテルロー、先日の会議で少女をコテンパンに言い負かしたあの忌々しい男の名前である。


 会議での一件は当然バルナレクの耳にも入っていた。慌てて、青年は親友を庇おうと試みた。


「し、少々真面目すぎるきらいはありますが、悪い男じゃない。セーラツィカ様とも相性が良いと私は思います」

「は? 正気なの?」


「正気です。見かけは立派な軍人になりましたが、内面は未だ繊細な感性を持った文学青年のままです。今のような地位にあるのは、その性格を生かして猛勉強したが故だ。ですから、きっと2人は話が合います」

「なるほど、人は見かけによらないってわけ」


「はい。もしかしたらケテルローの方が、私なんかよりよっぽどセーラツィカ様の傍人に向いているかもしれない」

「誰を傍に置くかを決めるのは私。勝手に決めないでくれる? バカ、アホ」


「も、申し訳ありません…」


 2人の会話をニコニコして聞きながら、ギルネラは主人が乗る馬を引いていた。


  ◇


 行軍が止まった。


 これ幸いと、歩きの兵士達は道端に腰を下ろし始める。列の先頭の方から伝令が1人走ってきて、指揮官がバルナレクを呼んでいることを伝えた。相手に聞くまでもなく、セーラツィカはバルナレクに付き添った。


「バルナレク、頼みがあるの」

「はい」


「未定だけれど、私はいずれ皇帝となる身。だから立ち居振る舞いには気をつけようと思う。もし相応しくない言動があったら、遠慮なく注意してちょうだい」

「素晴らしい…! 私にお任せください!」 


 長い列の先頭でケテルローは幕僚達と何かを話し合っていた。表情を見るに、良い話しではないらしい。


「どうした、何か問題か?」馬を降りながらバルナレクは友人に話しかける。「砦の兵数が多い」感情のない声でケテルローは答えた。


「密偵の報告によると、昨晩300程の兵が砦に入ったらしい」


「報告が遅れて申し訳ありません」フード付きのローブを被った1人の男が言った。生まれて初めてみる密偵の姿に、セーラツィカは目を輝かせる。


「急ぎ砦に集結するよう周辺部隊に命令が出ているだけで、我々の接近そのものに気づいた様子はまだありません」


「謝る必要はない」とケテルロー。「だが厄介なのも確かだ。速さを重視する為に手持ちの兵は最低限しかいない。落とせるだろうが、損害が痛い」


「後続を待つか?」とバルナレク。「その分向こうにも援軍が来る」ケテルローは答える。


「仕方ない。いずれ必ず同胞同士で殺し合いをするんだ、いい練習になる」

「王国の魔術使いはいるのか? まさか、来訪者など…」


「いないらしい。不幸中の幸いだな。試しに降伏勧告をしてから攻撃する。いいな、バルナレク?」


「ああ──」というバルナレクの返答は、「ダメ!」と言う少女の声に掻き消された。


「そんなことをしても無意味。今の状況で降伏勧告は成功しない。絶対に」


 ケテルローは微かに眉を顰めると、いつも通りの抑揚のない声で答えた。


「お元気そうでなにより、セーラツィカ様」

「いいから聞いて。降伏勧告が通じるような状況は大体3つ。1つ、攻め手と守り手が知己の間柄にある。2つ、こちらには目に見えて勝機があり、相手にはない。3つ、相手を満足させるだけの見返りがある。今回、そのどれか1つでもある?」


「まるで体験してきたかのような口ぶりだ」

「したわ。本の中でね」


「『本の中』ですか」

「あなたの知識と経験も、大概『本の中』からじゃないの?」


 相手の眉がピクリと動く。(図星ね)赤毛の少女は、口角が上がりそうになるのを必死で堪えた。


 幕僚達は唖然として事の成り行きを見守った。バルナレクはというと、冷や汗をかきながら割って入るタイミングを探していた。


「確かに道理はある。だが、絶対に降伏勧告をしてはいけない理由はなんです?」

「当たり前だけれど、降伏勧告をすれば向こうに私達の存在がバレる。そしたら向こうは警戒して戦いの準備を始める。警戒をされれば、少ない損害で砦を落とすための必勝の策が通じなくなる」


「必勝の策。へえ、後学の為に是非とも伺いたいものだ」

「いいでしょう。将軍、人伝に聞いたけれどあなたは読書好きだそうね?」


「遠い昔の話です」

「そう謙遜せずに。『テシュデーンとザサリナ』という本を読んだことは?」


「あるかもしれません」

「第2章の中盤で、寡兵のテシュデーンが敵の城を落とす為に使った策はどんなものだった?」


 思い出すまでもない。『テシュデーンとザサリナ』は、幼いケテルローの愛読書の1つだったのだ。セーラツィカが言いたい事を理解した黒髪の青年は、目を見開いた。


「まさか…」

「そう、そのまさかよ!」


『テシュデーンとザサリナ』を読んだことがない幕僚達に、セーラツィカは嬉々としてその必勝策を話して聞かせた。


 将校達は驚き、顔を見合わせる。突飛だが、存外悪くない作戦ではあった。勿論、全てが上手くいけばの話だが…。


 悪くはないが、幕僚達の反応は鈍かった。何よりも重要なのは、誰がその任につくかだった。ケテルローは俯き気味に考える。


(しくじれば十中八九、ソイツの命はない)


「面白そうだ。是非やりましょう」だがそんな時、1人の将校が明るい声色でそう言った。


 名前はベシュゲ。上背があり、胸板も広い青年は、隣に立つケテルローよりも遥かに軍人らしく見えた。


「簡単に言ってくれるな」とケテルロー。「これは常道じゃない。失敗すれば目も当てられない。第一、誰が指揮を取る?」


「私が行きます」さも当たり前のように、赤みがかった金髪を短く刈り上げたベシュゲは答える。


「やると言ったからには責任を負います。ダメでも失う兵は少ないし、半分でも成功すれば最低でも守将を討ち取るくらいは出来ます。時間は少ない。やりましょう」


 黒髪の青年は副官の顔をジッと見つめる。セーラツィカには幸運なことに、そしてケテルローには不運なことに、ベシュゲは副官達の中でも筆頭だった。


 頭が切れて勇気があり、公平で部下からも好かれている。そのような男が「やれる」と言っているのだ。


 ケテルローはセーラツィカへと視線を滑らせる。忌々しい赤毛の少女。皇帝の血統だか知らないが、何かと首を突っ込んでくる。老エネクルジュはどうして同行を許可したのだろか? 


 だがバルナレクの言う通り、例えそれが嫌いな相手の意見であっても、筋が通っているなら取り敢えずは聞くという点で、ケテルローは確かにセーラツィカに似ていた。


「分かった。準備しよう」


 ケテルローがそう言った時、耐えきれずにセーラツィカの口角は上りに上がった。


「素晴らしい! より相手を騙しやすくなるとっておきの策もあるんだけれど、聞きたい?」


 ケテルローは親友のバルナレクを睨みつけ、(なんなんだこの女は?)と言外に尋ねる。


 バルナレクは誇らしげに微笑みながら、(な? 素晴らしいお方だろう?)と言外に答えた。




 

 


 

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