来訪者殺しのセーラツィカ
二六イサカ
プロローグ
「いやはや、異世界転移者の力がこれほどのものとは…」
甲冑姿のまだ歳の若い将校は、血と土埃に塗れた顔に笑みを浮かべて言う。
「我らの皇帝を3人も屠っただけのことはある。冥土の土産に、良きものが見れました」
「ふざけている場合じゃない」口早に将校と同じ年頃の栗色の髪をした男が言った。
「コレをどう切り抜けるんだ? 勝ち目はあるのか? 砦は持つのか? 将軍は、アイツはなんと言っている?」
「閣下は──」若い将校の答えは、近くに落ちた火球の音で遮られた。土埃と火の粉と、兵士達の悲鳴とが辺りに飛び散る。
「閣下は責を取り、砦を枕に死ぬつもりです」若い将校は真顔で答えた。
「光栄かつ不運なことに、指揮は私が引き継ぎました。動ける兵をまとめて皇帝陛下の退路を死守いたします。可及的速やかに脱出の準備をお願い致します。長くは持ちません」
「砦を枕に…」
栗色の髪の青年は、圧倒的な敵の攻撃に対して微弱な抵抗を試みる守備兵達が張り付く城壁を見遣った。
城壁の向こうからは、火球、石礫、稲妻、氷塊が間断なく降ってくる。この世のありとあらゆる天変地異が、この小さな砦に集まってくるようだった。
「分かった、逃げよう!」
青年は監視塔の根元へと走った。
砦の最も堅牢な部分であり指令所が置かれていたその一室には、赤毛の少女が数人の側近と共に身を潜めている。
「セーラツィカ様!」その少女に向かって、青年は声を張り上げた。
「急ぎ馬車にお乗り下さい、砦を脱出致します!」
赤毛の少女は黙って頷くと、足早に部屋を出る。
その後ろを1人の獣人の少女が従い、2人の森人が飛来物から少女の頭を守るように盾を掲げて歩いた。
「スュルデとシギルナは共に馬車に乗り、セーラツィカ様を護衛してくれ」
青年は2人の森人に言う。
スュルデと呼ばれた方は「分かった!」と鼻息荒く答え、シギルナと呼ばれた方は「死んだわ…」と諦観に満ちた吐息を漏らした。
「バルナレク」馬車に乗る前に、赤毛の少女は栗色の髪の青年を振り返る。
「将軍は、兵士達はどうするの?」
「少数のしんがりを残して引かせます。将軍は…後で来るでしょう」
「私を盾にすればいいのよ。来訪者の魔術なんて、全部弾いてやるのに…!」
「敵が多すぎて捌ききれません。漏れた魔術は平気で兵士達を殺すでしょう。守る兵士がいなくなればセーラツィカ様も危うい。ここは逃げの一手です。逃げればいずれ、勝機もある」
「あなたはどうするの?」
「私は先に飛び出して、魔術師達の気を引きます。その間にセーラツィカ様はお逃げ下さい。東の森まで行けばなんとかなるでしょう」
「ば、バルナレク」
「なんです?」
「…し、死んだら許さないから!」
「死にません、あなたを本当の皇帝にするまでは。神々の恩寵によって無事に再会できますように。それでは、また」
シメとばかりに青年はニッコリと微笑む。
荷台の幌が閉じられ、赤毛の少女は獣人の少女と共に隅に身体を寄せた。外からは何かが弾け飛ぶる音や燃える音、馬のいななき、人の怒号や悲鳴とが聞こえた。
重量のある門が開く音がし、馬車が動き出す。赤毛の少女は四つん這いになって揺れる荷台の後方へと移動すると、幌の隙間から外を見た。
砦は死にかけていた。
攻撃をマトモに受けている壁面は殆ど足場もない程に崩れ、歩兵が攻撃を仕掛ければ容易に中に侵入出来るくらいの穴がいくつも空いている。
堅牢な見張り塔も虫に喰われたように穴だらけで、未だ立っているのが不思議なくらいだった。
(逃げればいずれ、勝機もある…?)
己が身を代償として煌々と闇夜を照らす砦を見ながら、少女は先程青年に言われたことを考えた。
来訪者が本気を出せば、あれほど立派に見えた砦だって腐った果実のように脆くなる。
(そんな連中に、どうやって勝つというの…?)
赤毛の少女が乗る馬車に続いて、崩れかけの砦から這々の体で人馬が駆けてくる。
砦から見て西側に陣取った王国の魔術師達は一層大胆になって近づき、無防備な敗残の兵達に攻撃を浴びせた。
鋭利な石礫が腕や足を切り裂き、氷塊が兜ごと頭を潰し、稲妻と火球とが身体を焼いた。魔防具を持たない兵士達は、魔術に対抗する術など微塵もない。
兵士達の遺骸を踏み潰しながら、馬車はひたすらに走った。
(呪われよ、来訪者…。滅びよ、異世界転生者…!)
倒れゆく兵士達から決して目を離さず、少女は強く念じる。
(私にもっと力があれば、来訪者に対抗できるくらいの力があれば、兵士達を、祖国を守れるのに。憎い…来訪者が憎い…! アイツらを、異世界からやってきた連中を皆殺しにしてやりたい…! 神々よ、ああどうか神々よ。もし私達をまだ見捨てていないのなら、異世界転移者とその信奉者を打ち滅ぼすための力と機会を、どうか与えて下さい…)
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