夕暮れの赤薔薇
及川稜夏
第1話
終業式が終わった。
咲はクラスの誰と話すでもなく、年度最後の教室を後にした。
(あ、同じクラスの……)
すれ違ったクラスメイトがひそひそと何か話している。咲は極力、周りの評価など気にも留めないというふりをして通り過ぎた。本当は、全部聞こえている。
咲が高校に入学して早一年。咲の服装は周りとあまりにも違いすぎて目立つのだ。
目を伏せ、ただひたすらに家路を急いだ。
(大丈夫、帰ったら蒼に会えるんだ)
咲は必死に自分に言い聞かせる。蒼と咲は、不思議な空間でしか会うことができない。でも、蒼は優しくて、咲の全てを受け入れてくれている。きっとそうだ。
(周りがどんなに受け入れてくれなくったって、ううん。蒼が全てを決めてくれるし、蒼だけが私をわかってくれる)
歩みを速める。
「本当は、私だって……」
言葉の先が紡がれることはない。
顔を上げれば、もう家に辿り着く手前の住宅街だった。街は、夕暮れに照らされて燃えるように赤い。
咲は街並みをぼんやりと眺める。
(あの子達、楽しそう。きっと私には無縁だけれど)
時々、普通に振舞ってしまえば、咲も「普通の」友人と青春していたのではないかと時々思う。けれど決まって首を振ることになるのだ。
家に着いたら、すぐさま咲は部屋に駆け込む。
「蒼、いる?」
一瞬景色が歪む。もう一度目を開ければ、そこは艶やかな床とどこまでも広がるような空間。
十代後半ほどの、「蒼」と呼ばれた青年が歩いてくる。
「やあ、咲。今日も何事もなく帰ってきてくれてよかった」
蒼がへらりと笑う。
「何事もなくはないけれどね」
そう返しながら、咲は心がほぐれていくのを感じる。
今日あったことは、全て言わなくても分かりきっている。たくさんのフリルにレースにリボンが使われたゴスロリ。赤薔薇の刺繍。この衣装がとやかく言われるのはいつもの事だ。
(それでも、これは絶対に譲れないこだわり……、でも)
一瞬、咲の心を不安がよぎった。本当に蒼だけが拠り所でいいのか、ずっと依存していていいのだろうか。
咲は全てを隠すようにして、蒼に微笑む。
「私たち、ずっと一緒にいられるよね」
「咲、急にどうしたの?」
「ううん、なんでもない」
全てに答えを出すのは、もっとずっと先でいい。今は、もう少しだけこのまま。
夕暮れの赤薔薇 及川稜夏 @ryk-kkym
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