アザミの花束をあげる

翡翠

第1話 表面張力

 日々の通学がまるで罰であるかのように感じた。


 教室に入ると同時に感じる視線と耳元でコソコソと交わされる悪口。


 それらがまるで目に見えない針となり、彼女の心をグサリと血が出るまで突き刺す。



美穂みほって、一人じゃ何も出来ない。この世界のお荷物だね」



 クラスメイトの藤井遥香ふじいはるかが、友人の森山京子もりやまきょうこに深い瘢痕はんこんのある左手を耳にあて、笑いながら、ちらりと美穂に視線を送る。


 美穂は視線を下に向け、耳に入ってくる言葉に耐え、もう慣れたはずのことが、今日もなおえぐっていく。


 授業中も、周囲の視線や噂は絶え間なく続けられる。


 先生の声が遠のき、ただ心に残るのは自分への否定的な言葉と、疎外感そがいかんだった。


 ある日の放課後、美穂は学校の屋上に立ち、ぼんやりと遠くを見つめる。



「何もしてないのに、なんで私だけ」



 声に出すことさえできない思いが、心の中で虚しく鳴いた。


 しかし、答えを見つけられるわけでもなく、ただ静かに涙が滲む。


 地獄の時間が終わり、家に帰っても、彼女はその孤独から解放されることはなかった。


 父と母は彼女の異変に気づかず、何も聞こうとしない。


 夕食の席で、ふと母が言葉を掛けてきたが、彼女の心に触れない他愛のないものでしかなかった。



「学校、楽しそうに行ってるみたいで安心した」


「…うん」



 美穂は短く答える。


 心の中では助けて欲しいと叫びたかったが、喉元で絡まり、上手く言葉に変換できなかった。


 家族の前でも孤立する自分が、どれほど辛いのか、両親には理解される事はこれからも無いだろう。


 その日の夜、美穂は布団に包まりながら、再び遥香たちの顔を思い出した。


 彼女たちの憎悪にまみれた笑顔と、言葉が脳裏に焼き付いて離れない。


 単なる悪戯ではなく、自分を完全に孤立させ、傷つけるための意図がハッキリと見て取れる。


 彼女たちは一体、何を望んでいるのだろう?


 自分にはどうすることも出来ないことに、美穂は絶望の深淵しんえんへと引きずり込まれていくのだ。

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