彼の務め

第3話


◇◇◇◇◇


『花一堂』と大きく書かれた木の看板をガラスの引戸の上に掲げている。



店内ではあらゆるお香の商品が並んでおり、客と店員は商品が入っているガラスケースを挟んでやりとりをしていた。



「夢……ですか」



店員である槐は客の話に相づちを打ち、客の女性は頷いた。



「そうなんです。連日、同じ夢で……これといってホラーってほどの内容でもないんですけど、やっぱり気になって……だから安眠効果のある『お香』が欲しいなって」


「いいですよ、安眠効果でしたらコチラやコチラ……女性の方にはコチラのお香も人気です」


「あっ、可愛い!!」



二人の女性客はカラフルな花型や扇の形のお香を見て、はしゃぐように商品を眺めた。


店員である槐は青藍の着物と男の色香を纏っていた。


「ところで、」と話を戻す。



「……その夢ですが、一体どんな夢ですか?詳しく聞きたい」


「え……詳しく……ですか?」


「実は自分、少々夢占いに詳しくて。もし宜しければ」



精悍せいかんな顔立ちの彼が少し微笑めば、夢を見たという女性客はほんのりと頬を染めたあと、思い出すように宙を仰ぐ。



「えっと……夜、ワインを飲んでたら、急に鷲が窓から突き破って部屋に入ってくるんです」


「ほう」


「で、すっごくビックリしてたらもう一匹また入ってきて『え!?何!?ツガイ!?』って混乱してたら、その鷲の足にはエサ?獲物?……その……鳩が掴まれてて……思わず『きゃー』って叫んで……それで夢から覚めて」



夢のあらましを語った女性の友人は『獲物の鳩』という単語に「うわ……」とちょっとした恐怖と嫌悪から顔をしかめた。



「なるほど」



槐はニッコリと笑った。



「大丈夫です。概ね、悪い夢ではないですよ」


「え?」



自身の袖に手を入れ、腕を組み「えっとですね……」と口を開いた。



「獲物を取ってきた鷲や鷹は吉兆です。しかもつがい……そしてお酒を飲んでいる……ということは、」


「何ですか?」


「恋の予感ですね」



二人のお客は女性特有の高い声で「きゃあ」「本当!?」とはしゃいだ。


槐は口元を緩めた。



「いいですね〜。女性の方は居てくれるだけで場が華やぐ。その上、二人とも可愛い方ですからより一層そう感じます」



微笑みながら褒めれば、二人は顔見合わせたあと、笑い合った。



「そんな……お世辞言われても」


「ね?うちら、別に可愛いなんて」



謙遜の言葉を言いながらも照れと嬉しさを隠しきれずに笑顔を漏らす。



「そんな、とても可愛い……いや、可愛いだけでなく美しさも兼ね備えていらっしゃる」


「ふふふ、美しいなんて……」


「夢にもお告げがあるんです……どうでしょう?よければ今夜、新たな恋の一歩として自分と食事にでも……」




「え ん じ ゅ?」




店の奥から、腕を組んだ女子高生が、彼の背後に立った。


振り向いて表情を確認する必要もなく、その声だけでとても穏やかじゃないのがわかる。



「……あなた、お店で一体何をしてるの?イメージ落として死んだお婆ちゃんのお店を潰す気なの?」


「え……ちょ、いや、違いますよ、花寿美お嬢。今、お客様がいらっしゃってて、接客を……」


「槐のサービスは閉店後も続くの……へぇ〜そうなの」


「えー、いやー、これも一種の営業といいますか、なんというか……」


「……」


「……」



槐は非常に手際良く商品を包み、会計を済まし、笑顔で挨拶をした。


女性客達も空気を察して、固い笑顔で商品を受け取り、そそくさとお店をあとにする。



「ありがとうございました。またのお越―」



言葉を最後まで言う前に花寿美は槐の耳を摘み、引っ張った。



そしてそのまま、奥の和室へと入っていった。



「いたたたたたたた!!ちょ、お嬢!!」



無理矢理引っ張られた槐は段差につまづき、畳の上に膝をついた。


腕を組む花寿美は自然と槐を見下ろす形となった。



「お店で堂々とナンパなんて良い度胸じゃない?」



花寿美は決して声を荒げず、淡々と聞く。


それが余計に威圧を増す。


彼女は普段から不機嫌でなくとも抑揚の少ない物言いだが、今は決してご機嫌というわけでも無い。



「違いますよ!お客様が夢で悩んでいたみたいなんで、自分はちょっと話しを聞いていただけです!!」


「……それで食事でも?」


「アハハハ〜。そうです、それでほんのちょこ〜っとだけ食事でも……」


「……このスケベ」


「痛い痛い痛い!!ちょ、耳!!離してください!!もげる!!」


「お店に変な噂が立ったらどうする気なの?」


「いや、どちらかというとあのお客様達はお嬢の顔に引いてましたけど」



呆れたような溜め息と共に花寿美は槐の耳から手を離した。



槐は自分の耳に触れ、痛みを誤魔化し、名残惜しそうに外を眺めていた。


そんな彼を見て、花寿美は僅かに目を細めてもう一度溜め息をついた。



「大体貴方は霊獣のくせに人間の女の子に鼻の下を伸ばして」


「別にいいじゃないスか。霊獣差別です」



獏【ばく】


人の夢を喰って生きる者。



彼の姿は人に見えるが実際は人ではない。


その姿形は青年に見えるが、実際は花寿美の数倍長く生きている。



「誘われたあの人達もあなたの本当の姿と年齢を知れば食事どころじゃないわね」


「心配無用です!!そんなヘマはしません!!」


「そういう問題じゃなくて……あなたの仕事は一体何なのよ」


「もちろん、このお店です。そして縁起の良い霊獣の勤めとしてお嬢の厄を払っております」



槐は少し厳つい風貌からは意外な人懐っこい笑顔を花寿美に向ける。


だが発する言葉に誠実さと信憑性を感じられない。


それは彼の日頃の飄々とした言動のせいだろう。



「ははは、相変わらず二人は仲が良いね」



店の方から笑い声がしたから二人は同時にそちらへ視線を移した。


知り合いの男が訪ねてきていた。



宗鱗そうりんさん」


「やあ、花寿美さん。お邪魔しているよ」


「……なんすか、宗鱗さん」


「槐、宗鱗さんは仮にもあなたの上司にあたる人でしょ?」



宗鱗は麒麟一族の現当主であり、霊獣の長でもある。


だがしかし、槐の態度に対して気にせずと朗らかに微笑んだ。



「大丈夫だよ、花寿美さん。慣れっこだ。槐が素直なのは花寿美さん相手の時ぐらいだよ」



槐は宗鱗の言葉を遮るように花寿美に話しかけた。



「あれ、お嬢。今日、学校は休みなんじゃなかったんですか?えっと、ほら……体育祭の振替休日。なんで制服着てるんですか?」



花寿美は溜め息を付きながら、スニーカーを履いた。



「片付けやアンケート書類の用意とかの仕事で、結局学校に行かないと行けなくて」


「へぇ〜、相変わらず生徒会って大変そうですね」



言葉にあまり気持ちが乗っていないから、本当は興味が無いことがわかる。



「すみませ〜ん、花寿美〜?」


「お邪魔します」



タイミング良く、入り口には同じ生徒会の友人・天音あまねようが花寿美の迎えに来ていた。


花寿美が動く前に既に槐が出迎えていた。



「天音さん、おはようございます。今日も愛らしい」



その素早い行動に花寿美は槐の足の甲を踏んづけた。



……——




「日下さんの家はお店をしていたんだね。初めて知った」



コピーを取りながら洋は花寿美に言ったが、先に答えたのは天音だった。



「そっか、いかりくんはこの春からこの街に引っ越してきたから知らないよね。ここじゃ結構有名なお店なんだよ。『花一堂』。支店もあってさ、都会の方に」


「うん、家族はそっちの方にいるの」


「じゃあ、日下さん……あのお店に一人暮らし?」



またも天音は花寿美が答えるより先に笑顔で答えた。



「うぅん、さっきの店員のエンジュさん……えっと、親戚の伯父さんとかだったけ?今は二人と同棲なんだよね〜、花寿美〜」



何故かニヤけながら代わりに説明する天音に向かって「同棲じゃなく同居」と少し睨みながら否定する。


しかし手間が省けて助かったし、説明出来る真実もほんの一握りだから、花寿美はその後は黙々と備品の整理をする。


同じ敷地ではあるが、メインの生活は違う建物で過ごしているし、祖母が亡くなる数年前は三人で暮らしていた。


そして伯父と言ったが、実際は祖父以上の年齢でも通るのではないだろうかと思った。



「格好良いよね〜あの人!!会う度いっつも褒めてくれて……和服が似合う感じなのにフェニミストっていうの?あんなに格好良くて優しい伯父さんなら私も同棲したぁ〜い!!」


「……でもあの人、俺のことはガン無視だったけど?」


「それは錨くんが花寿美を見る目がイヤらしかったから敵認定されたんじゃない?」


「え!?見てないから!!日下さん!!見てないからね!!」



天音はそう言ったが初対面だったはずの洋の言う通りで、優しいのは『女』限定である槐のあからさまな態度に花寿美は心の中で呆れた。


そういえば彼の実年齢を知らないなと思いながら花寿美は欠伸をもらした。



「花寿美、寝不足?」


「あ……ごめん、大丈夫だから」



子供の時から色々な夢を見た。


悪夢を見て、恐怖を覚えるようになったのは祖母と暮らすようになってから。


その時から槐は祖母の元で働いていた。


子供の時から色んな夢をたくさん見ていたが、ここ最近は特に悪夢を見る頻度がひどい。



槐曰く、感情をあまり面に出さない分、夢になって出てくるらしい。



大人になるにつれ、悪夢をハッキリと思い出せないのに、恐怖が増すようになっていった。



「日下さん、体育祭本番もたくさん走り回って仕事してたからね。終わった今になって一気に疲れがきたのかな……今日も休んでくれて良かったのに。生徒会長には俺から言っておくよ?」


「お〜、さすが錨くん。花寿美には優しいね」


「さっきから含みのある言い方しないでほしい」



二人が心配してくれていることがわかったが、花寿美は首を横に振った。



「ごめん、本当に大丈夫だから」


『悪夢を祓う霊獣である獏と暮らしているから大丈夫』とは、正直には答えられないから苦笑するしかない。


悪夢を見た時はいつも槐がフォローしてくれている。


だから心配はいらないはず。


しいて言うのであれば、『あの方法』に慣れないことぐらいだ。



しかし……



その槐に何度祓ってもらっても出てくるあの悪夢は


一体何なんだろうかと花寿美は時々考える。

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