夜の二人
第2話
……———
午前3時。
朝にはまだ早すぎる。
軽く羽織を自分の肩にかけ、それを落とさないように自分の体を抱いた。
普段就寝している自分の部屋は一階に店を構える本宅の二階。
そこから降りて、裏庭に出て小さな別宅を目指す。
「……
明かりがついていたことを良い事に、遠慮なく引き戸を開け、玄関から声をかけた。
質問形式だが、花寿美は起きていると確信している。
十年…同じ敷地で暮らしているが、彼が眠っているところを見たことない。
少しして奥から一人の男が出て来た。
男は静かに笑った。
「……どうかしました?年頃の女の子がこんな深夜に男が一人で住む部屋にノコノコと来てはいけませんよ」
「…………毎度それを言うなんてあなたも飽きないわね」
「相変わらずお嬢は冗談に付き合ってくれませんね〜」
綺麗な骨格を思わせる指が花寿美の鼻先へ触れた。
「でもまぁ……ちょっとした洗脳みたいなものです」
「洗脳?」
「俺のせいで花寿美お嬢さんの貞操観念が緩くなったなんて言われたら困りますから」
「……なにバカな事を言ってるの?」
「俺以外の雄とは、安易に二人っきりにならないでくださいね?」
そう言って笑った槐は花寿美を奥の和室へと案内した。
花寿美に白湯を渡し、槐が「またあの悪夢ですか……化け物の」と聞いてきたので、ゆっくりと頷いた。
見た事もない獣。
鋭い眼光と爪。
直接攻撃などで怪我させられたというわけじゃないのに、ただ夢に出てくるだけ震えが止まらない。
白湯を飲んで少し落ち着いたところで花寿美を布団に寝かせ、添い寝のように槐も横になる。
「……大丈夫。自分がいる限り、お嬢さんに害は及ばせません」
目を閉じて…と、槐は囁き花寿美の唇に近付いた。
「……待って」
花寿美は槐の胸を押し返した。
「……え、何すか?」
「……」
「……やっぱり止めますか?」
「……まだ少し……緊張するだけ」
「……」
「……『口から』以外の方法は無いのよね?」
「……最近、悪夢の力が増しているようなんで……この方法が効果テキメンなんです」
「……それはわかるんだけど」
「…………脳天の頭蓋骨をくり抜いて、直接脳に……って方法が一番てっとり早いですが」
「ごめん、何でもない」
「もしくは目の中から…」
「本当に何でもないわ。私が悪かったから続けて」
槐は「すみませんね」と笑って返事をした。
「でも……言っとくけど、私に触れていいのは私が『良い』と言った時だけ。勝手に他のこと……変なことをしたら、許さないから」
聞き慣れた言い付けに槐は口角を上げて頷く。
「勿論です」
そうして触れて、侵される口内の熱に誘われ、もう一度、意識を離した。
悪夢の名残も違和感も息苦しさも溶けて消えていく。
花寿美の同居人は、悪夢を祓う霊獣・獏である。
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