第2話:彼女は思ったよりもダメなのかもしれない

「結局、昨日のアレはなんだったんだ」


 考査明け翌日、つまり、篠原ささはら花恋かれんが噂されているような姿とは全然違う姿を見せ、そして、そのなんとも言えないポンコツさを漂わせながら走り去っていった日の翌日、俺は昼の放課の時間にどうしても、それこそそれが夢ではないと認識してからも、それを信じることが出来なくて一人ぼやいてしまっていた。


 だって、しょうがないじゃないか。いつも清楚な優等生を通している感じのある篠原花恋がそんな姿とは全く異なる姿を見せているところを見てしまったんだから。そのあとのどこか漂う残念感も相まって本当にそれが現実だったのかわからなくなってしまったんだから。


「おい、すすむ。どうしたんだ?そんな現実にはあり得ないものを見てしまったかのような顔をして」

「守、なんでそんな妙に具体的なんだ?」


 そんな思考に沈んでいた俺に話しかけてきたのは、田原たはらまもる。俺の数少ない友人である。そんな守は俺の思考を読んだかのように話しかけてきた。


「なんとなくだが?」

「なんとなくって、いやまあ合ってるんだけどさ」

「いや、合ってるんかい」


 そう言って、守は軽くツッコむかのように俺の頭に手を当てた。叩いたようには見えるがその実、全く痛くない。


「で、何があったんだ?」

「…どことなく抱いていた幻想が儚く崩れ去った?」

「なんでそんな詩的は表現を」


 昨日のことについて素直に話してしまおうかとも思った。けれども、その話題の中心人物がこの学年でも特に人気のある人物なために、守は当然のこととして今この教室にいる他人に話を聞かれて突っ込まれてしまうと非常にめんどくさいことになる気がしたために、少し濁してしまった。仕方ないことだと思うから許してほしい。


「まあ、そんな叶わない夢を見てそうな進は置いておこう」

「扱いわっるいなあ、おい」


 若干雑な扱いをしてきた守に対して、ついジト目を向けてしまう。しかし、そんな視線を気にすることなく、守は話を変えてきた。


「ところで進よ、テストはどうだったんだ?」


 そういえば、今日はテスト明け名物のテスト返しがあったんだった。正直、そんなものが名物であっていいのかとは少し疑問ではあるが、避けられない現実だから仕方がない。


「どの教科も平均より少しいいくらいだった」

「そうかあ。ま、俺も大差ないんだけどな」

「そうか」

「興味なしかよ」

「いや、ねえよ」


 なんで俺が守のテストの点について興味を持たないといけないんだ。そして、なんで俺のテストの点に興味を持たれないといけないんだ。と、思っていると、ふと視界の端に俺の悩みの諸悪の根源、篠原花恋が廊下を通り過ぎていくのが映った。どうやら友達と談笑しながら歩いているようだった。その姿からは昨日見たような残念感は全くなく、やはり昨日見たものは気のせいだったのではないか、と思ってしまう。


「俺、進ならもう少し点取れると思ってるんだけどなあ、って聞いてるか?」

「あ、ごめん。聞いてなかったわ」

「おい、人の話はちゃんと聞け、って、ああ、なるほどな」


 守が俺の視線の先を見てにやっと笑う。守はどうやら俺の目線から、俺が何を見ているのかわかったらしい。ちょっとうかつだったな。


「お姫様のことを見ていたのか。なんだ、恋しちゃったのか?」

「ちげえよ」

「進よ、彼女ってのはいいぞ?」

「それ、長くなるやつじゃないか?」

「愛する彼女の話だぞ?当然だろ?」

「却下で」

「えー、いいだろ?」


 守はニヤニヤしながら俺をからかってきたと思ったら、今度は彼女自慢を始めようとしたから迷いなく止めておいた。守って彼女を溺愛している節があるから語り出すと本当に長くなるんだよな。しかも、当然の如く中身がほとんど惚気なものだから話を聞いているうちに胸焼けがしてきてしまう。断ったにも関わらず、惚気たがる守の言葉は当然の如く無視である。


「まあ、麻耶まやとの話はいつでもできるから今はいいか。で、だ。篠原さんについてはどう思っているんだ?」


 前言撤回、今回ばっかりは惚気を素直に聞いておけばよかった。


「特に何も。ただ、この学校で有名な人だから目についただけだ」

「ほんとかー?本当に何も思ってないのか―?」


 何も思ってない、と言ったらまあ嘘にはなる。だって、昨日のことが引っかかっているから。目で追ってしまったのもそれが理由だ。


「ほんとだって」

「んー、進がそこまで言うならこれ以上の追及は避けてやろう」

「なんだその上から目線は」


 許してやろうと言わんばかりの言葉を投げつけてきた守に対して、全く、とため息交じりにそう返してしまう。


「なんだー?そのため息は。幸せが逃げていくぞ?」

「うっさい」


 まあ、昼放課の時間のこのやり取りはある種いつものことだから気にすることはない。ただ、今回はテスト終わりってことと、篠原花恋についてのこととで話題があったからいつもよりもほんの少しだけ中身があっただけだ。普段は守の彼女の襲撃とかもあるが、今日はなかったしな。


 そんなやり取りをした日の放課後、結局一日中脳裏にずっとこびりついていて離れてくれなかった昨日の件について、どうしても確かめたくなって昨日と同じ場所を訪れてみることにした。


 向かった場所、図書室脇から西校舎へと伸びる天井がなく、そのまま空の見える廊下には誰もいなかった。


「まあ、さすがに一回目撃された場所には来ないよな」


 もしかしたらまたここに来るのではないかと思って来てみたけれども、当てが外れてしまった。まあ会えないものは仕方ない。そう思って帰ろうと教室へと戻るために階段を下ろうとしたときだった。


「「あ」」


 二人の声が重なった。一人は俺。もう一人はというと、探し人である篠原花恋であった。正直、完全に不意を突かれた形での遭遇であったために、完全に目が合ってしまった。驚いたのだろうか、彼女の目が丸くなっているのがわかる。正直言って気まずい。視界に映る彼女の綺麗な顔を見続けるのが若干恥ずかしい。ただ、一回合ってしまった目はなかなか逸らせないもので、そんな感情を胸に、動けなくなってしまった。


 しばしの間見つめ合って、先に口を開いたのは彼女の方だった。


「ええと、なんですか?」

「あ、いや、ここに来たら君に会えるかなと思って」

「へえ、告白ですか?残念ですが受ける気はありませんよ」

「告白とかではなくてだな。どうしても、昨日のことが少し気になってな」


 どうやら告白するために待ち受けていたと勘違いされたらしい。だから、即否定するためにここへと来た本来の目的を告げた。すると、そーっと彼女は目をそらした。そして、回れ右したかと思うと、


ダッ!


 そんな効果音がしそうな勢いで走り出した。


「え?」


 俺は驚きのあまり声を漏らした。それは彼女が急に走り出したことが理由の一つ。そして、もう一つは、そんな走り出した彼女がすぐに足をもつれさせたかと思うと、階段の踊り場で思いっきりコケてしまったことが原因になっている。頭から盛大にいったような気がするが、大丈夫なのだろうか。


「ええと、大丈夫か?」

「…」


 あまりにも出オチにも近いものを見せつけられてしまって、階段の上から昨日の再現をしてしまう。しかし、今回は返事は返ってこないし、ピクリとも動きもしない。もしかして本当に頭を打ってしまっていたのか?なんだか心配になってしまって階段の踊り場まで下りて様子を見てみる。


「おーい、大丈夫か?」


 そう問いかけながらさらに距離を詰める。しかし、それでも反応がない。仕方がないので様子を窺うために顔を近づけてみる。そこそこの距離まで近づいたところで、彼女が再起動して、パッと頭をあげる。


「「あだっ」」


 結果として、彼女の頭と俺の頭が衝突する形になった。彼女の後頭部が俺の顎に見事にクリーンヒットである。とりあえず万が一のことになっていなくてよかったけれど、それはそれとして二次被害が出てしまう形になった。不意打ちアッパーを食らった形になるからかなり痛い。


「あ、ごめんなさい!ええと、ええと」


 俺が無言で痛みに悶えている一方、彼女は半分くらいパニックになっていた。女の子座りをして、手をあわあわさせている。そこには昨日と同様に清楚さが消し飛んでいる彼女の姿があった。

 

「とりあえず、一回落ち着いて話さないか?」


 錯乱状態に陥っていそうな彼女にそう提案をすると彼女は一回動きを止めて、首を縦に振った。よかった、何事もなさそうだし、それに昨日のことについて聞けそうだ。


―――――――――

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