第2話.ニッポンダンジは大人気?

 寮の内部は、ボロ…いや、簡素で古びた建物のわりに、よく整備されており、雨漏りでもするのではないかと戦々恐々としていた源内も少しだけ安心した。


 「やぁ、改めてこんにちは。僕はシャルル、シャルル・グラフィアス。今年度から、ここの寮長を務めさせてもらっているよ。字名あざなは、「青銅像タロス」さ」

 「ぼ、僕は副寮長のマンカイン・スプリンフィルド。字名は「神風ゼファー」。よろしく、ゲンナくん」

 「あ、ああ……よろしく。それとゲンナイって発音しにくいならゲンでいいぜ」

 「ははっ、そう言ってもらえると助かるよ、ゲン」


 全員貴族かつ魔法使いのはずの男子寮生たちは、意外なほどフレンドリーで、源内としてはちょっと戸惑ったが、シャルルとマンカインに、ある部屋に案内されたことでその謎が解けた。


 男子寮生共有の娯楽室だというそこは、日本で言う10畳ほどの広さがあった。

 現在の寮生は、今日からここに住む源内も含めて計15人だと言うから、全員集まるのも、多少窮屈だが不可能ではないだろう。実際、休日の午後などは、ほとんどの者がここに集まって御茶のんびりしているらしい。


 ただし。


 「魔法の国の貴族の子弟たちのお茶会」なぞという言葉から連想される優雅でハイソなイメージとは程遠い光景であろうことは、源内にも断言できる。


 なぜならば。


 壁面に所狭しと貼られたアニメ絵のポスター。

 部屋の一角には昔懐かしい14型ブラウン管テレビが鎮座し、そのテレビ台の下には旧型PS2と白サターンが置いてある。隣りの角にある木製の棚には、源内にも見覚えのあるDVDやコミックスがビッシリ詰め込まれている。

 テレビの前には、4畳分の畳が敷かれており、その中央には一辺120センチくらいのコタツが置かれている。ご丁寧にも、天板の上には盆ザルに積まれたミカンまで完備されているのだ。


 「10年前のひとり暮らしの日本のアニヲタの部屋かよ!?」

 「はっはっはっ、“本場”の人にそう言ってもらえるとは光栄だよ」


 ニコやかにシャルルが笑いつつ、右拳を突き出してサムズアップする。


 「本当に白い歯がキランと光るヤツっているんだな~」と密かに関心しつつ、源内はふたりに説明を求めた。


 「ふむ……ミス・ドラクロワから、イディアノイアと君たちの住むチキュウの関係について、説明は受けたかい?」

 「あぁ、一応な」

 「ならわかるだろうけど、イディアノイアから赴く魔法少女達のチキュウでの活躍は、こちらの人間にとっても注目の的なんだよ」


 なるほど、たとえて言うなら、イ●ローみたく日本からアメリカに渡ってメジャーリーグで活躍してる選手のようなものか。いや、聞いた話から想像する限りでは、ステータスや人気はもっと上なのだろう。


 「幸い近年のチキュウには、記録媒体として磁気を利用した「ビデオ」や、電気信号による「デーヴイデー」があるからね。しかも、彼女たちの活躍を娯楽仕立てにまとめて見られるという神仕様だ!」

 「さすがに貴族も含め一般家庭ではおいそれとチキュウの品は手に入らないけど、ここは“魔法少女学院”だからね。お金とコネさえあれば、なんとかなるんだよ」


 シャルルの言葉をマンカインが補足する。


 「なるほど、それで魔法少女アニメのDVDが大半なのか」


 しかし、『ミ●キー』や『な●は』ならともかく、「セーラーム●ン」や「プ●キュア」まで、魔法少女に含めてよいものだろうか?


 「それも理想的な魔法少女となるための資料だよ。現地でどのようなヒロイン像が望まれているのかに関する研究も大切だろう? 知ってのとおり、チキュウの人々の心を豊かに、幸せにすることで、我々イディアノイアの地も、より大きな魔力を授かることができるのだからね。

 同様の理由で”魔法”とか”奇跡”とかが関係する作品も集めてある」


 一連の京ア●系鍵作品や、『ヤダ●ン』、『と●めきトゥナイト』などを指さしつつ、シャルルが真面目くさって言うが、源内はジト目で突っ込んだ。


 「──で、建前はともかく、本音は?」

 「い、い●ごタン萌え~! ご奉仕してほしいにゃん」

 「何を言うか、萌えの基本にして元祖はセ●ラーサターンこと土●ほたるちゃんじゃないか!」


 あまりにアレすぎるふたりの返しに苦笑する源内。彼自身、ライトヲタであり、某ちゃんねるのアニメ板なども時々のぞいてはいたが、さすがにここまでディープな問答を、異世界くんだりまで来て聞くハメになろうとは思ってもみなかった。


 本当にココは異世界なのだろーか? 「ドッキリ」と書いた看板を持ったADが入って来ても、今なら信じられる気がする。


 「はいはい、萌え談義はそこまで。まぁ、大義名分のほかに個人的な趣味嗜好も関連してるってことだよな。

 でも、この世界にはモノホンの魔法使いや魔法少女がいるんだろ? ……て言うか、そもそもお前さんたちも、魔法使いの卵なんじゃないのか?」


 源内のもっともな問いに、フッ、と黄昏るシャルル達。


 「確かに、僕ら一部の貴族の男性も、魔力を扱うことは可能だ。しかし……魔法使いとしてはあまりにも“地味”、地味なんだよ!!」

 「ゲン、きみに想像がつくかい? 来る日も来る日も、森や野原をうろついて、魔力の豊富な土壌や薬草などを探し回り、採集する日々を!

 そうやって集めた素材から、魔力をいくつかの器具にかけて少しずつ濾過し、分離し、結晶化させる退屈な作業の時間を!」

 「さらに、その結晶化した各属性の魔力を用い、教本に載ってる基本に個人のインスピレーションに基づくアレンジを加えつつ調合し、あるいは魔法陣上で熟成させ、あるいは魔法炉で精錬していく行為の単調さを!」


 滝のような涙を流す男ふたりに詰め寄られ、タジタジになりながら、かろうじて答える源内。


 「あ~……聞いてる限りだと、魔法使いって言うより、錬金術師みてーだな」

 「そう、まさにそのとーり!」


 源内の言葉に、得たり!と頷くシャルルたち。


 「そりゃあ、『アト●エ』シリーズは名作だよ? でも、アレはまだ、仲間と冒険の旅に出て、強力な攻撃アイテムを使ってバンバン敵を倒したり活躍もできるじゃないか」

 「もし、アレが調合&販売だけを繰り返すゲームだったら、はたしてあそこまで人気が出ただろうか? 否!」


 どうやらサターンやプレステ2を如何なく活用しているらしい。


 「えっと……そーゆーの、しないの?」


 恐る恐る尋ねる源内の質問に対して、ドヨ~~ンとしたふたりの眼が、答えを物語っていた。


 「う……りょ、了解。つまり、男性の魔法使いは総じて地味で、あまり華々しい活躍をする機会はないと。でも、それがどうして魔女っ子アニメ偏愛に結び付くんだ? 同級生とかもいるだろうに」


 フッと、寂しげな微笑みを浮かべるシャルル。


 「夜空の四等星のごとくささやかな光しか持たない僕らにとっては、彼女たちの太陽の如き輝きは、眩しすぎるのさ」


 マンカインもしたりげに同調する。


 「そうそう。だから、せめて魔法少女の戦いの記録を収めた作品を見て、彼女たちの活躍をしのぶしかないんだ」

 「……要するに、言い寄って、相手にしてもらえる自信がない、と」


 彼女いない歴=年齢の源内としては、わからないでもない気持ちだが、あまりに屈折し過ぎてないだろうか?


 (でも、コイツらのアレな趣味のおかげで、日本から来た俺に友好的なんだろうから、別にとやかく言う筋合いはないけどな!)


 と、軽く現実逃避する源内。


 「と、ところで、さっき自己紹介の時、字名とか言ってたけど、アレは何なんだ?」


 あまり深く追求すると藪蛇のような気もしたので、話題を変える。


 「ああ、あれは僕らの魔法使いとしての特性や特技を、簡潔に表しているんだよ」

 「たとえば、このマンカインは、男性魔法使いでありながら、祖母からの遺伝か、ほんの一瞬だけごく小規模なつむじ風を起こす魔法が使えるんだ!」

 「いやいや、僕なんて。たかだか紙や軽い布をほんの一瞬持ち上げる程度の、風とも言えぬ程度の代物だしね」


 謙遜しつつ、微妙に自尊心をくすぐられたのか、鼻孔をピクピクさせるマンカイン。


 「は、はぁ」


 確かに凄い……かどうか、よくわからない能力だ。大体、使い道があるのだろうか?


 「ふぅ~、キミには失望したよ、ゲンくん」


 さすが外人(異世界人?)、「やれやれだぜ」という風にシャルルが肩をすくめる姿は、なかなか様になっている。


 「いいかい? 逆に言いかえれば、彼の魔法は、軽い紙や布程度なら持ち上げられるんだよ?」


 ──! まさか。

 ある可能性について戦慄する源内。


 「気づいたようだね。そう、彼の力を使えば……女子のスカートをごく自然にめくることができるんだ!!」

 「な、なるほど……それで「神風」か」


 確かに、その場に居合わせた男子一同にとっては恵みの神風に違いあるまい──対象とされた女子には、いい迷惑であろうが。


 「でも、バレないのか?」

 「フッ、そう簡単に尻尾をつかませるようなヘマはしないさ」


 そうアッサリ言ってのけるマンカイン。小柄でやや小太りな彼の体から、別人のような自信に満ちた気配が感じられて、源内は思わず気圧される。

 ……いや、やってるコトは、ただのスカートめくりなのだが。


 「そ、そうか。で、シャルルはなんだ、「青銅像」だっけ?」


 まさか某聖●士の真似事ができるのかと思いきや、シャルルは笑って否定した。


 「いやいやいや、僕にできるのは、コレくらいさ」


 懐から太さ2センチ、長さ10センチくらいの金属製の丸棒を取り出すと、器用にコタツの天板の上に立てる。

 さらに、指揮棒(タクト)のようなモノを片手に目をつぶって何やら口の中で呪文をモゴモゴ唱えたあと、シャルルはカッと目を見開いた。


 「キたッ、【創像クリエイション】!!」


 不可視(なはずのに、なぜか源内には見えた)の力がシャルルのタクトから金属棒に流れ込み、モコモコと形を変え始める。

 変形終了までおよそ1分あまり。そこには、ゴスロリちっくなミニドレスに身を包んだ、美少女の姿が再現されていた。


 「おおおーーーーーっ」パチパチパチ


 思わず手を叩いてしまう。


 「ふぅ、ザッと、こんなところかな」

 「うわ~、これって、レミリアだよな?」


 8分の1サイズとは言え、髪型や顔つき、身体つきまで本物そっくりによく出来ている。


 「なぁ、もしかして、これ動かせるのか?」

 「ん? いや、それは無理だ。F●gmaのごとく関節可動性を持たせたものも将来的には作れないことはないだろうけど、今の僕の実力では十倍以上の時間と魔力が必要だしね」


 なんで、Fi●ma知ってんだよ……と思いつつ、源内は首を横に振った。


 「いや、そうじゃなくて、歩いたり踊ったり……」

 「?」

 「ああ、シャルル、ゲンが言ってるのはこういうことだよ」


 どこから取り出したのか、紙切れをもじぴ●たんのごとき簡易な人型に切ったものをペタペタとコタツの上で歩かせてみせるマンカイン。


 「うん、それそれ!」

 「なぁんだ、そう言うことか。はっはっはっ──そんな魔法のようなこと、ムリだよ」

 「え? そんなアッサリ……」


 つーか、お前、今自分の存在意義を否定しなかったか? と心の中でメタな突っ込みをする源内。


 「確かにごく軽いものなら動かすことは【念動力テレキネ】の応用で不可能ではないだろうけどね。僕ら男性魔法使いには、それでさえかなりの難行なんだよ。

 比較的その方面が得意なマンカインさえ、紙切れを歩かせるのがやっと。某ハラペコ法術使いみたく、踊らせたり宙返りさせるなんて至難の業さ」

 「まして、シャルルの青銅人形はそれなりの重量もあるからね」

 「そりゃあ、僕だって、ホ●ホイさんとか武装●姫のごとく、愛らしい我が作品達に飛んだり跳ねたりしてほしいさ。でも……ムリ、無理なんだよ、ゲンくん」


 血の涙を流すシャルルを見て、「悪いコト言ったかな~」と源内は後悔する。


 「ま、まぁ、たとえ動かなくても、このブロンズ像が精巧でよくできた代物であることには変わりないって。だから、元気出せよ!」

 「うぅ……そう言ってくれると、多少は気が楽だよ。いや、キミはいい人だね、ゲンくん」


 今度はうれし泣きか。どうやらこの少年、美形な外見に反してやたら感情の振幅が激しいようだ。むしろ、お笑い方面でなら成功できるかもしれない。


 「──シャルル、そろそろいいんじゃないかな?」

 「……ん? ああ、そうだね。それでは、ゲンくん、そろそろキミの部屋に案内しようか」


 正直、源内としても、いろいろあって今日は疲れたので、休憩できるのはありがたかった。

 連れて行かれたのは、2階よりさらに上にある狭くて埃っぽい屋根裏部屋……などでは決してなく、ごく普通の2階の一室だった。しかも……。


──ガチャッ。


 「へぇ、ここが俺の…「「「「「ゲンくん、入寮おめでとう!!」」」」」…うわっ、なんだなんだ!?」


 ドアを開けた瞬間、中から彼を歓迎する声が聞こえてきたため、面食らう。


 「僕らで君を誘導しているうちに、皆にちょっとした歓迎会の用意をしておいてもらったのさ」


 見れば、部屋の中には大きめのテーブルが持ち込まれ、その上に所狭しと食べ物や飲み物が並べられている。


 「はは、まぁ、こんな時間だし、たいしたものは用意できなかったんだけどね」


 寮生の中でも年かさと思しき少年が穏やかに笑う。シャルルとはタイプの異なる、ちょっとインテリ風のこの美形が、昨年度の寮長のイアソンだと後で聞かされた。


 「お、俺のために、わざわざ?」


 小・中・高校とも転校などしたことがない源内だが、いまどき日本の学校でも、こんな粋な心遣いをしてくれるところは稀だろう。ちょっと感激してしまう。


 「なーに、いいってことよ。このウルカヌス寮に住むからには、俺達は仲間じゃねーか」


 貴族にしては柄の悪い物言いをする少年が、バンバンと源内の肩を叩いた。少し馴れ馴れしいが、決して悪い気はしない。シャルルたちと同級で、ギムレットというらしい。


 そこからは、乾杯とともに無礼講の時間となった。

 寮生たちは、“貴族”という言葉から想像されるようなイヤミで高慢な性格とは程遠い、気さくで親切な人間ばかりだった。それでいて、ギムレットのような一部例外を除いて、礼儀正しく上品な物腰は、育ちの良さを感じさせる。


 後日、一番の親友となったシャルルに聞いてみたところ、彼は優雅に肩をすくめた。


 「“貴族であること”自体を自慢するなんて、よほどの三流貴族か昨日今日に貴族の位を得た成り上がりくらいのものだよ。

 ああ、誤解しないでくれたまえ。別に成り上がり自体が悪いと言うんじゃない。実際、1、2代前に貴族となった家系でも、立派な人間は沢山いるからね。

 僕が言いたいのは、つまり大事なのは“貴族として何を為すか”だ、ということなんだ。僕ら貴族は、確かに自らの血統に誇りを持ち、おおよその平民よりも財力があり、高度な教育を受け、また魔法使いを輩出する機会も多い。

 だけどね、“どんな力を持つか”ではなく、“どういうことをして、国や領地を豊かに、周囲の人々を幸せにしたか”こそが、貴族の価値を顕す目安となる──この学院の院長先生は、そのことを僕らに教えてくださったんだ」


 なるほど、コレが本物の上流階級のご令息と言うヤツなのか……と、源内は感心したものだ。


 もっとも、年齢に似合わずよくできた少年たちだが、そうは言ってもやはり若い男の子。日本人の源内より体格がよい者が多いので忘れがちだが、彼らは全員中学生くらいなのだ。


 アルコールが入る(イディアノイアの飲酒可能年齢は10歳だ)につれて、多少はハメを外し気味になったのも無理はなかろう。


 「そ、そう言えばゲン、確かパソコン持ってきてるって言わなかったっけ?」

 「ん? ああ、確かにあるけど……」


 マンカインの何気ない(風を装った)質問に、気軽に応えた源内だが、その途端、部屋の中の喧騒がピタリと止まる。

 エアリード能力の低さには定評がある源内だが、さすがにここまで露骨だと一拍遅れてだが、気がつく。


 「えーっと……もしかして、みんな見たい?」


──ブンブンッ!


 14の首が一斉に縦に振られる様は、ある意味圧巻であった。その迫力に押されて、「仕方ないなぁ」と頭を振りながら、もったいをつけて肩にかけた鞄から愛機を取り出す。


 横幅20センチあまりのこの某国産コンパクトモバイルは、知り合いの先輩から、ほとんど新品に近い品を安く譲ってもらった代物だ。

 モニターはワイド11.6型と少々小さいが、機能的には数年前のノーパソに準じるレベルで、源内のようにインターネットとせいぜいギャルゲーくらいしかしない人間には、これで十分こと足りていた。


 「ど、どんな美少女ゲームをインストールしてあるんだい、ゲンくん?」

 (鼻息荒いぞ、シャルル。それにどもるな!)


 「それより、画像! エロ画像はないのか?」

 (ギムレット、もうちょっと言葉をオブラートに包め)


 「まぁまぁ、諸君、落ち着きたまえ。……それで、18禁の二次創作SSとかを保存してあると、個人的にはうれしいんだけど?」

 (S・H・I・T! イアソン前寮長、アンタも、ムッツリか!)


 心の中でいちいちツッコミは入れているものの、源内とて友人達とする猥談やバカ話の類いが嫌いというわけではない。

 夜中近くまで、ウルカヌス寮のメンバーとモニターを囲みつつ、ハイテンションに盛り上がった。


 勢いで、男子寮生全員(プラス女子や教職員数名)から成る、「現代地球文化を研究する会」、略して「げんちけん」というサークルにも、源内は加入してしまったのだった。

 ──自分でも、異世界くんだりまで来て、何をやってるという気がしないでもなかったが。

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