しぇいぷちぇんじゃー!~犬化少年と魔法少女~

嵐山之鬼子(KCA)

第1話.留年少年は退役兵?

 「ふわぁ~あ、やっと終わったか」


 6時間目の授業が終わり、退屈そうにあくびをこらえながら、鞄を持って教室から出ようとする少年。


 「おーい、杉田ぁ、これからゲーセン行くんだけど、つきあわね?」

 「んーーー……わりぃけど、パス。今日は気分のんねぇし」


 クラスメイトの誘いに、ちょっと考えるそぶりを見せたものの、そのまま遠慮する旨の言葉を返すと、少年──杉田源内は、教室をあとにした。


 (今日は気分のんねぇ、か……)


 学校からの帰宅途中に、人気の少ない児童公園でベンチに寝ころび、空を眺める。


 先ほどの言葉は嘘ではない。が、同時に正確でもない。

 正しくは、“日本に帰って来てからずっと”源内のテンションは上がりきらないままなのだ。


 だからと言って、「もしかしてこの源内少年は帰国子女か何かで、日本の風土や気風に馴染めてないのか」などと考える人がいるかもしれないが、それも真実とは少々……いや、大幅に異なる。


 普通の人間にとってはおよそ信じ難いことだろうが、彼はそう遠くない過去に異世界に召喚され、2年近くの間、半ば強制的にひとりの少女の“随伴者パートナー”となって暮らしていたのだ。


 * * * 


 「あちゃあ、人間かぁ」


 出会いがしらの彼女のその言葉からして、互いの当初の印象は最悪に近かったと言えるだろう。


 修理したてのネットブックを抱え、電気街からの帰路をホクホク顔で歩いていた当時17歳になったばかりの少年・杉田源内は、注意散漫だったせいか、突然道に現れた直径1メートルほどの“落とし穴”にまともに足を踏み入れてしまい、その中へ落ちたかと思うと奇妙な漆黒の空間へと引きずり込まれていた。


 数十秒か数分か、いまひとつ時間感覚が定かでないまま、闇の中をさまよい、ようやく見つけた光の方へと歩みを進めた結果、源内は妙にファンシーな色合いで彩られた近世ヨーロッパ風の建物が立ち並ぶ場所へとたどり着いたのだ。

 周囲には学校の制服らしきお揃いの服装をした20人ほどの少年少女。そして彼彼女らにニラみを利かせている監督役らしき大人。さらに地面に描かれた複雑な紋様(魔法陣?)。


 源内とて、ゲームやアニメの類いにそれなりに慣れ親しんでいる現代っ子だ。

 このシチュエーションが、いわゆる“異世界からの召喚の儀式”とかそういう類いのモノであろうことは見当がついた。

 となると、胡乱気な目つきで源内の全身を値踏みするような目で見ている、先ほど失礼な言葉を投げかけた少女が、召喚の儀式を行った張本人だろうか。


 この時点で、有無を言わさず連れて来られたということもあって、源内の心象は限りなくマイナス方向に振れていた。

 たとえ、目の前にいるのが銀髪紅眼で中学1、2年生くらいの極上の美少女であろうと、年下趣味ロリコンのけのない源内にとっては、それほどプラスにはならない。


 しかも、「あ~、ハズレ引いたなぁ」という顔つきの少女が何やら呪文のようなものを唱えた途端に、自分の姿が子犬(?)に変わってしまったとあっては、なおさらだ。


 少女の説明によると、ここは、地球の“裏側の次元”とやらに存在する「イディアノイア」という異世界らしい。


 「始まりの女王」と呼ばれた偉大なる魔女モーリンの娘達が3000年前に建国した4つの王国と、幾つかの公国からなるこの世界は、魔法使いや妖精、精霊たちが実在するいわゆる“魔法の国”なのだとか。

 地球に比べると人口は少なく、また科学文明や技術も決して進んでいるとは言えないが、数多の魔法使い達の努力と奮闘によって、この世界の人々には快適で平和な暮らしがもたらされているとのこと。


 もっとも、イディアノイアの住人全員が魔法を使えるというワケではない。むしろ、魔法使いと呼ばれる人材は希少で、それ故に人々から敬われ、感謝される存在らしい。

 日本で例えるなら、医者や弁護士、大学教授くらいのステータスだろうか。それも、モラルが低下した21世紀現在ではなく、古き良き日本におけるそれだ。


 また、魔法使いの9割以上は“高貴な血を引くうら若き女性”、つまり貴族の娘達にほぼ限られる。

 男性や平民の中から魔法使いになる例も皆無ではないが、割合は少なく、またその力も魔法の道具製作や秘薬の調合などに適している者が大半だ。

 とは言え、そういった非戦闘型魔法使いは、逆にそれゆえに庶民(イディアノイアでは「平民」と呼ばれることが多いが)の暮らしに密着し、感謝される機会も多かったりするのだが。


 一方、女性の魔法使いの中でも特に優れた者は、王宮から「魔法少女」──MAiden of maGic-Exercise/略してMAGE(メイジ)──と認められる。魔法少女メイジは、ただでさえ社会的地位の高い魔法使いたちの中でも花形とされ、多くの民衆からの崇敬と羨望を集める存在だ。

 また、魔法少女はその名の通り、若く見目麗しい少女がほとんど(というかほぼ全員)なため、地球でいうアイドルなぞメじゃない人気を得て、ファンがつくことも多い。もっとも、華やかな見かけに反して、その実、かなりの危険を伴う任務も多いのだが……。


 そして、ここ「王立トリストラム魔法少女学院」は、そんな魔法少女(メイジ)を育てることを目的とした国立の学府だ。

 卒業生の95パーセントが優秀な魔法使いとなり、さらにそのうちの約3割が魔法少女の資格を得ているエリート校だ。


 名前に「少女」とはついているものの、一応男女共学。とは言え、前述のような理由から、全校生徒200人足らずのうち、男子はせいぜい十数人しかいない。

 入学資格は満12歳から14歳。大半の生徒は13歳で入学することが多いようだ。

 教育課程は3年間で全寮制。ただし、2年生の進級時に大事なある「昇級試験」があり、これに合格できなければ留年となる。もっとも、たいていの留年処分を受けた者は、そのまま自主退学していくが。


 さて、その「昇級試験」とは──魔女少女につきものの「随伴者(パートナー)」を召喚し、共闘契約コントラクトを結ぶこと。「随伴者」がいてこそ、魔法少女は万全の力を発揮できる。それはモーリンが定めたもうたイディアノイアの大法則であった。


 ちなみに、3年生時のカリキュラムは、イディアノイアと表裏一体の関係にある地球へと1年間赴き、そこで“魔法少女見習い”として実習に励むことになる。


 とは言え、細かい判断は現場に任され、要は“周囲の人たちに多くの夢と希望を与える”ことができれば合格となる。これは、地球の人間の心が豊かになることにシンクロして、イディアノイア住人の魔力も強まるかららしい。

 実習に合格すれば晴れて正式な魔法少女として認定され、イディアノイア中を飛び回って、さまざまな役目を果たすことになるのだとか。


 ……と、そんな内容を、少女は学院の女子寮の自室で、目の前のイスの上にチョコンとお座りした柴犬の仔(言うまでもなくその正体は源内だ)に語った。


 「──それで、今、俺がこんなところにいてこんな格好してるのと、そのヨタ話にどう関係があるんだ?」


 普段なら眉唾物と一蹴するような話だが、現在進行中で我が身に起こっている異変と考え合わせると、ある程度は納得せざるを得ない。

 それでも、源内はその可愛らしい犬面にあくまでうさん臭そうな表情を浮かべて、そう言い返した。


 「呆れた。今の話を聞いて理解できないの? まさか、脳味噌まで本物のイヌ並なんじゃないでしょうね?」

 「うるせー、ほっとけ!」


 体つきの関係か、いつもより声が甲高いのが情けない。


 「つまり、アレだろ。俺に、その随伴者だかお供だかをやってくれってことか」

 「そ」


 きわめてそっけなく肯定した少女は、だが一瞬後にニヤリとたちの悪い笑みを浮かべた。


 「ああ、ひとつ訂正ね。「やってくれ」じゃなくて「やりなさい」、これは決定よ。あなたに選択権は事実上無し」

 「な……」


 そんなフザケた話があるか、と抗議しかけた源内だが。


 「けど、もしわたしの随伴者にならないなら、あなた、どうやってココで暮らして行くつもりなのかしら?

 トリストラムは他の王国と比べても割とのんびりしたお国柄だけど、身分保障も常識も、おまけに知恵も力もなさそうな異邦人が、独力で暮らしていくのは結構大変だと思うわ」


 などと、目の前の性悪娘は、トンデモないことを言い出すではないか!


 「ちょっ、おま……責任とって、俺を地球に……元の世界に戻せよ!」

 「無理ね。異世界への転移や送還なんて高度な魔法は、まだ習ってないし、そもそも学生がチキュウに行けるのは、3年生の実習の時だけって決められてるの。

 もし、あなたが随伴者にならないなら、わたしは落第して2年生にもなれないし……そうなったら学院を辞めて故郷に帰るわ」


 気のない素振りでそう告げる少女。

 もっとも、後日聞いたところによると、平然と居丈高に振る舞いつつも、内心はハラハラものだったらしい。なぜなら、随伴者との共闘契約は双方向性。つまり、源内からの了解を得なければ、正式に契約を締結できないからだ。


 姉ふたりの雪辱を果たすために、ぜひとも魔法少女になることを切望している自分にとって、最初の最初で躓くワケにはいかないから、ちょっと無茶ごりおししちゃったのよ。ゴメンね~──というのが本人の談。


 そもそも、冷静に考えれば、“レミリアには”使えなくても、教師や上級生など送還魔法を使える人間はいくらでもいるのだから。その事に思い至らなかった源内にも落ち度がある──もっとも、そう考えられないようプレッシャーをかけて思考を誘導したレミリアが一枚上手だったということだろうが。


 種明かしをされたころにはある程度親しくもなっていたので、源内も苦笑して(デコピン一発で)許したのだが、この場では怒りと焦り混乱の極地といった状態だった。


 「ぐぬぬ……」


 柴犬の仔が眉をしかめて考え込んでいる様子ははたから見ていればなかなかラブリーではあったが、今の源内は、そんな自分の姿に気づく余裕はない。


 「──確認するけど、3年生になったら、つまり1年後には地球に行けるんだな?」

 「ええ。言ったでしょ、見習い魔法少女として地球で実習するって」

 「当然、随伴者も連れて行く?」

 「当たり前よ。随伴者のいない魔法少女なんて、クリーム抜きのシュークリームみたいなものだわ」


 澄ました顔でのたまう少女の顔を、しばらくニラみつけた後、源内は唸るように口から言葉を押し出した。


 「……った」

 「──え?」

 「わかった! 随伴者だか炊飯ジャーだか知んないけど、やってやるって、言ってるんだよ!」


 彼が、そう叫んだ瞬間。

 ピカ~~ンと桃色の光が、少女の体から漏れ出して、子犬に降り注ぐ。

 やがて光が収まったとき、イスの上には人間の姿に戻った源内が、ブスッとした顔つきで胡坐をかいて座っていた。


 「じゃ、これで契約成立ね。長……くなるかはわからないけど、ま、当分よろしく」


 出会ってから初めて無邪気な満面の笑顔を向けてくる少女に、源内は、ちょっと(あくまで、ほんのちょっぴり、だ)ドキリとする。


 「あ、あぁ……その、よろしく。えっと……その、なんて呼べばいいんだ? あ、俺は源内、杉田源内」

 「あら、初対面の時に名乗ったと思ったけど……ま、いいわ」


 自分の椅子からスルリと滑り下りた少女は、ゴスロリ風のフリルの多いドレスの裾を翻して、優雅に一礼した。


 「ようこそ、イディアノイアへ、我が戦友にして相棒たる随伴者ゲン=ナイ。

 あなたのあるじの御名を、その心にしかと刻みなさい。

 我が名は、レミリア・フランシーヌ・ドラクロワ。ドラクロワ伯爵家の三女にして、未来の大魔法少女アークメイジよ!」


 ないムネを張って、そう言い放つレミリアだったが、当の源内は話半分に聞き流している。


 「ふぃーーっ、ようやっと人間の姿に戻れたぜ」


 椅子から降りて、肩をクキクキと回す源内の姿に、ちょっとムッとしたレミリアだったが、いきなり犬にしてしまったのは自分なので、ここは癇癪を堪える。


 「ふーん、よかったわね。じゃ、さっそくだけど、こっちへいらっしゃい」


 レミリアは自室のドアを開けると、ズンズンと廊下を進んで学生寮の外に出ていってしまった。


 「え? お、おい、ちょっと待てよ!」


 こんな女だらけのところにひとり放置されてはたまらない。

 無論、源内とて年頃の男の子だから、女の子に興味はあるが、さすがにこんな勝手のわからぬ異郷の地の(しかも、いわゆる魔法使いの卵らしい)女の子たちに、ちょっかい出す気にはなれない。


 何より聞いた話によれば、この学院は、日本でいえば中学校に相当する年齢の子が集まるらしい。この春から高校2年生になったばかりの健全なる男子としては、女子中学生に手を出すのは何となく犯罪ちっくではばかられた。


 「はぁはぁ……お前、足速いな」

 「──レミリアよ」

 「は?」

 「だから、わたしの名前。お前じゃなくて、レミリアと呼びなさい。

 感謝してよね、名前を呼び捨てにすることを許すなんて、普通の平民にはないことなんだから」


 ほんの少しだけ頬を染めてそう言うレミリアを不覚にも可愛いと思いながら、源内の脳裏で「こいつもしかして俺に……」とヘンな妄想のスイッチが入りかけた。


 「……何か勘違いしてるみたいだけど、わたしがあなたに名前を呼び捨てることを許したのは、それが魔法少女と随伴者のあいだにおける不文律だからよ」


 心なしか鼻の下が伸びた源内の顔を見て、おおよその心中を察したのか、軽蔑したような呆れたような目で、レミリアは鼻をならした。


 「フブンリツ?」

 「そ。いい? 魔法少女、いえすべての魔法使いにとって、随伴者ってのは生涯の大事な相棒なの。

 まして、危険な任務に就く機会も多い魔法少女にとっては、随伴者とは、ただの従者おともじゃない。戦いにおいては自らの背中を守る盾ないしアドバイザー、冒険においては苦楽をともにする戦友バディなのよ。

 命の危険が迫っている時に、「●●お嬢様、危うございます。3時の方向にお逃げください」なんて、まどろっこしくて言ってらんないでしょ。

 だから、どんなに位の高い魔法使いであっても、その随伴者だけは対等な口をきくことが許されてるわけ。それが偉大なる「始まりの女王」モーリン様の定められた決まりなの」


 平和な日本で生きてきた源内にとっては「戦う」だの「命の危険」だのは縁の遠い言葉だったが、どうやら「魔法少女の随伴者」とは予想外に大変な仕事らしい。

 内心ビビりながらも、源内は軽口を叩く。


 「ふーん。魔法少女とかって、もっとファンシーでリリカルでメルヘンチックなものだと思ってたぜ」

 「まぁ、確かに歴代魔法少女の中には、戦闘がそれほど得意ではない人もいることはいたみたいね。でも、わたしのお母様は、あの「ウィンディ・カリナ」、その跡を継ぐ以上、そんなこと言ってらんないわ!」

 「エッ!?」


 生粋のアニヲタというわけではないが、多少はアニメに詳しい源内には、レミリアが口にした名前に心当たりがあった。


 もう10年くらい前だろうか。夕方のテレビで再放送しているのを母が懐かしそうに見ていた番組のタイトルが、たしか『魔法のつむじ風☆ウィンディ・カリナちゃん』だった気がする。


 本放送が彼が生まれるより前に放映されたアニメとは思えぬほど、女の子たちの造形は可愛かったが、物語中で繰り広げられるのは、ミラクルとかファンタジーという言葉とは無縁な、ガチの魔力ちからのぶつけあいだった。

 ──まぁ、ある意味、(個人の戦闘能力とは思えぬほど)奇跡的ミラクルであり、(指輪物語やロードス的な意味で)ファンタジーではあったが。


 そう言われてみれば、眼前の銀色の髪の少女には、どことなくあのヒロイン「カリナちゃん」の面影があるような……。


 (魔女っ子アニメって絵空事だと思ってたけど、もしかして全部実在のモデルがいるのか? いや、まさかね)


 一瞬そんな考えが浮かんで、源内はあわてて否定するが、実はそっちが正解だったりする。


 ──ちなみに、肖像権その他の権利にまつわる収入は、後輩の魔法少女見習いが地球に滞在する際の費用として積み立てられているらしい。

 後でその話を聞いたとき、あまりの世知辛さに源内は思わず涙したものだ。


 「さ、着いたわ。ここよ」


 考え事をしているあいだに、どうやらレミリアの目的地に着いたようだ。


 「こりゃ、また、ボロ…あ、いや、由緒ありそうな建物だな、おい」


 もっぱら貴族の子女(しかも女性の方が圧倒的に多い)が通う学校だけあって、現代人の源内の目から見てさえ、豪華で清潔そうな建物ばかりが目につくこのトリストラム魔法少女学院だったが、目の前の建物だけは別だった。

 木造二階建てなのはともかく、その壁の作りがきわめて簡素だ。防水防腐用に最低限のニス程度は塗ってあるようだが、装飾らしい装飾もなく、何よりかなりの年月を経ていることがわかる。


 (昔ニュースでやってた京大吉田寮とか、こんな感じだったような……)


 嫌な予感に冷や汗が止まらない。


 「ふふん……「ボロい」と言わなかった心遣いは褒めてあげる。でも、そんな遠慮は無用よ。

 トリストラム魔法少女学院・男子寮ウルカヌス。今日から、あなたはココで暮らすんだから」

 「や、やっぱり、そうくるか……」


 ガックリと地面にorzの姿勢で膝をつく源内。

 レミリアが扉の外に備えつけられた紐をグイッと引くと、頭上でカランカランと意外に澄んだ鐘の音がして、入口のドアが開かれた。


 「おや、ミス・ドラクロワじゃないか。意外に早かったね」


 中から顔を見せたのは、パッと見、男か女か判別しづらい中性的な人物(もっとも、シャツの胸元が大きく開いているので、乳房がないことがすぐにわかったが)だった。


 「ええ、素直というか考えなしと言うか……いずれにせよ、物分かりのいい随伴者で助かったわ」


 そう言うと、レミリアはいまいち事態を把握していない源内の腕を引っ張った。


 「ほら、いくら平民でも、初対面の人への挨拶くらいはできるんでしょ?」

 「あ、ああ。えーと、初めまして、日本から来ました杉田源内です」


 言いながら、「なんで異世界人に転校生みたいな挨拶してるんだ、俺は」と、げんなりする。


 しかし、最初に顔を見せた少年その他の反応は予想外のものだった。


 「なんと! 名前からもしやとは思っていたが……ゲヌイくん、君は日本人なのかね?」

 「あ、アクィハブラーとか行ったこと、あるかい?」

 「最近の日本のアニメで好きなのは何?」

 「ケータイゲームキとかノーパソ、持ってきてない?」


 次々に玄関から顔を出すここの住人と思しき男子生徒達の迫力にたじろぎつつ、源内は答える。


 「その通り、日本人だ。アキバは月1くらいで行く。最近のマイブームは『サダメノヨル』。リュックの中には修理したてのネットブックが入ってる──それから俺の名前はゲンナイな」


 律儀に全部の質問に対応したのち、どうしたものかと傍らのレミリアを見……ようとしたところで、彼女がスタスタと来た道を帰ろうとしているのに気がついた。


 「ちょっ、おま…じゃなくて、レミリア、どこ行くんだよ?」

 「どこって……帰るのよ、自分の部屋に。今日はいろいろあって早く寝たいし」


 振り向いて不思議そうな顔をするレミリアに駆け寄り、肩に手をかけ……ようとしてかろうじて思い留まる。

 3つも年下の女の子にすがりつくというのは、さすがにカッコ悪く思えたからだ。


 「いやいや、だから。俺はどうすればいいんだ?」

 「言ったでしょ、この男子寮で暮らしなさいって。心配しなくてもいいわよ。ウチの男子連中は、ちょっと変わり者が多いけど、基本的には気のいい人ばかりだから。

 ──それともまさか、あなた、女子寮で暮らすつもりなのかしら?」


 マイナス273度の視線に「この変態、ド変態、大変態」という侮蔑の色を乗せて、レミリアが源内を睨んでくる。


 「ち、違うって。そのぅ……夜はここで寝るとして、朝になったら俺、どうしたらいいんだ?」


 チラリとそんなことを考えないでもなかったのだが、慌てて否定しつつ、源内は別の疑問を口にする。


 「ああ、なるほど。そうね……男子寮の早起き組がいるはずだから、その人達と一緒に起床して、そのあとすぐにわたしを起こしに来なさい」


 「げぇ~、お嬢様付きの執事みてぇだな」と思いつつ、ハイハイと安請け合いする源内。


 「じゃあ、頼んだわよ?」


 レミリアは、多少うさん臭げな視線を向けつつも、自分の部屋に帰っていった。


 「はぁ……それじゃ、俺もココに世話になるか」


 夕闇とともに、あたかも戦前の廃病院か旧校舎のような趣きをかもしだす古びた男子寮に視線を向けながら、源内は男子寮生とおぼしき少年たちのもとに足を向けるのだった。

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