催眠術

冬生まれ

1

僕と彼しかいない教室で、僕は本を片手に彼に話かける。


「あなたは、僕の事が好きですか?」

「……はい」


椅子に座る彼が静かに告げる。

思いがけない返事に、僕は再び問い掛けた。


「ほ、ほんとうに好き……?」

「はい」


虚ろな瞳で僕を見つめる彼の二度目の返事に、僕の手から本が放り投げられた。

同時に天井へと高らかに突き上げられた両の腕は、手を広げて、僕は喜びを噛み締める。


「やっ……やっ……やっっつたぁぁぁあ~~~!!」


まさか、本当に、、“催眠術”という非科学的なモノをかけられるとは……。

スマホやパソコンという電子機器のテクノロジーが発達する現代社会。

尚且つ、死活している紙媒体がまさかこんな処で役に立つとは、本もなかなか捨てたモノではない。


それはさておき。


目の前で椅子に座りながらぼーっとしている彼、夕凪 十夜【ゆうなぎ とおや】を見つめて、僕は浮かれていた。

夕凪くんは、人気者で友達も多く、皆から好かれるムードメーカー的な存在だ。

誰彼構わず絡む彼の性質状、クラスの中では疎外感丸出しの僕にも何の気なしに絡んでくれる良い人だ。

だが、その行為は僕みたいな根暗で陰湿な野郎に“勘違い”を引き起こす。


元々、僕と彼は親しい間柄じゃない。


さっきも言った様に僕は外見が暗いせいか、はたまた性格の問題なのか……。

皆からはよく腫れ物のような扱いを受けている。

目が合えば逸らされたり、近づくものならば避けられる。

そんな奴が少しでも優しくされたらどーなるかなんて分かりきってる事だ。


あれは、クラスに回ってきた挨拶運動での事だった。

その日はたまたま、僕ともう一人、クラスメイトの女子が日直で挨拶運動係をすることとなった。

校門に立って、登校してくる生徒に挨拶をする中、同じ日直の女子だけならず、皆が係である僕を避けて通るという不思議な現象が起きた。

ひとり、そんな疎外感の中、挨拶していると彼だけが僕に話掛けてきた。


「よぉ、朝日菜!挨拶運動?はよ~」

「おっ、、おはよう御座いマス……」


手を振り、笑顔で挨拶してくる彼に、声が小さくなりながらも返すと、彼は茶化すように僕の背中を軽く叩いた。


「おいおい、声出てないぞ?しっかりやれよ挨拶運動係さん!」

「あ……はい」


じゃあなと、去り際にポンッと肩を叩いた彼は、それから挨拶運動していた係のひと一人一人に丁寧な挨拶をして、颯爽と立ち去る。

そんな彼の姿に、僕は一目で惚れてしまった。

同じ日直の女子と他の係の人も彼が去った後、密かに彼の噂をしていた。

女子は「格好いい」とか「イケメン」等の彼の容姿を絶賛する褒め言葉。

男子は「なんかスゲェ」とか「神対応」とか、彼のやり取りに対しての賞賛があげられた。

同じクラス以外にもそう言われる彼は、やはり凄いヒトなのだと、改めて実感した瞬間だった。


話を元に戻そう……。


そんな彼が、今、僕の目の前で催眠術に掛かってはいるものの、僕を好きだと言ってくれた。

僕は床に落としたままの催眠術の本を拾い上げ、【誰でも出来る催眠術】と書かれた表紙を見つめる。


「コレさえあれば、彼を……」


独占欲を抑えきれなくなった僕は、本から目を逸らして彼を見つめる。

椅子に座ったまま僕を見ている彼に近づき、そっと手を伸ばした。

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