変態女子アマクリン
印朱 凜
第1話 性の悩みゼロ
【~狙われたチトマス先生編~】
「……アマクリン、返事は?」
「はうっ!?」
――そうだった。今現在……
というのも、教室に颯爽と現れた憧れの女教師の美貌とスタイルに見とれていた私は、朝っぱらから何だかムラムラとしてきて、先生の胸元から仄かに漂ってくる大人のフレグランスに中枢神経がやられていたのだ。
更に心拍数が上昇し、顔も紅潮してくると、いやらしい妄想がVRのように脳内再生され、何もかもがうわの空の状態だったと思う。
「おい! 遅刻してきた理由を訊いているんだ。それとも何か……答えられない訳でもあるのか?」
意中の先生からの熱い視線が注がれた私は、あたふたとしながらも何とか平静を装い、上擦る声で冴え渡る返答を捻り出した。
「昨日、夜遅くまで古典の勉強をしていたんです」
「ほう、それで寝不足になって朝、起きれなかったと……ちなみにジャンルは?」
「人形浄瑠璃の『女殺油地獄』を配信で観てました」
「そりゃあ、勉強云々より、単にエグいタイトルに惹かれただけだろ?」
「ほおおっ! 正にその通りですが……よくお分かりで」
私が正直に告げると、担任のチトマス先生は黒板の前にある教卓に突っ伏すと、溜め息を手のひらで握り潰すような仕草を見せた。
愁いを帯びたその表情は、やっぱり羞花閉月……花をも恥じらわせ、月までも隠れるほどの美女ぶり。思わず黒基調のスーツ姿を15秒ほど穴が開くほど注視してしまった。
「アマクリン……!」
この世界において最も美しい憧れの教師から2度も名前を呼ばれた私は、大脳灰白質がトロけそうになり、発情期の猫にも似た甘い声で返事してしまった。
「んんッ!」
「何だ、その腐りかけの甘エビのような甘ったるい耳障りな声は? 身も心も弛んどる! 今からグラウンド10周でもしてくるか?」
その時であった……。
へその上辺りだろうか、不意に胃腸を捻るような不快感が徐々に伝播してゆき、脊髄から脳へ、電撃を思わせるアラートが発令された。
みるみるうちに、雨雲が立ちこめるかのごとく顔色が青ざめてゆき、額に脂汗が滲んでくると、さすがに教室にいるクラスメイト達がざわつき始めた。
ついに細身でしっかり者のメガネっ娘・クラス委員長のローレンスが不穏な空気を察知して立ち上がった。
「先生、アマクリンさんの様子が明らかに変です」
「いや、いつも様子が変だから、違いが分かりにくいのだが……」
その時、大腸から直腸へ、シクシクと痛みを伴う蠕動運動が発生し、外部に漏れ聞こえるような内臓の収縮音がしてきた。おそらく昨日食べた18禁の激辛ポテトチップスに当たったのだろう。
「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……!」
「うわ! ヤバいのは、お前のクネクネしたHIPHOPダンスだろう」
もはや限界……今、菊座を緩めれば……貯水量MAXの重力式ダムが、緊急放水する場面と同じ絵面となるだろう。
力なくその場にうずくまると、さすがにチトマス先生も心配そうに顔を覗き込んでくれた。
「おい……どうした? 大丈夫か……?」
「――産まれる……」
「へっ……? 何だって……?」
「先生! もう産まれそうなんですゥゥゥっ!」
「う、うわあああ!」
恥も外聞も、何もかも投げ捨てた私は教室を飛び出すと、刺激を与えないように最大限注意しながら、大臀筋を万力のように締め、一直線にトイレへと向かった。
何としてでも今日はいている、お気に入りのエリンギ柄のショーツを守らねば! どうか間に合って!
15分後……何事もなかったかのように教室に戻ってきた私は、クラスメイト達の呆れたような表情に出迎えられた。
担任のチトマス先生も、文化祭関連のプリントを配りながら、冷ややかな視線を浴びせてくるのだ。もっと心配してくれるのかと思ったけど、ちょっとひどい。
あまりの爽快感にムーンウォークで帰ってくるんじゃなかったよ。
「もう済んだのか? ずいぶんと遅かったじゃないか」
「――それが……難産でした……」
「難産だったか……」
トイレットペーパーに包まれた新生児を連想したのだろうか……先生は力なく、産婦人科の看護師のような天使めいた笑顔で、こう言うしかなかったようだ。
「そうか……無事に産まれてよかったな……すぐ家族に連絡しないと……」
いやまるで、道端に落ちている、踏まれてぺっちゃんこになった軍手を見るような目だったかも。
次の更新予定
変態女子アマクリン 印朱 凜 @meizin39
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