映画「キリマンジャロの雪」と原作

九月ソナタ

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今日は映画「キリマンジャロの雪」について書いてみます。


ヘミングウェイの本を読んでから、ケーシー・ロビンソン(1902-1979)脚本の映画を観ると、これはいったい何なのか、よくヘミングウェイが許可したものだと驚きます。


でも、小説のことは一時忘れることにしてこの映画を観ますと、美男美女の恋愛物語ですし、(当時としては珍しい)アフリカの風景や動物が出てきますから、娯楽映画として楽しめるのではないかと思います。

またグレゴリー・ペック、スーザン・ヘイワード、エヴァ・ガードナーという当時の三大スターの競演ですし、悲恋あり、純愛ありですから、とてもおもしろいです。



映画では、小説には登場しない人物が書き加えられています。

ハリーをめぐる女性として、初恋のコニー、彼が一番愛したシンシア・グリーン(エヴァ・ガードナー)、そしてリヴィエラで会った伯爵のリズです。

ヘレン(スーザン・ヘイワード)は小説にも書かれていますが、性格や扱われ方は全く違います。

それに、彼に作家としての道を示唆する重要な役として、ビル叔父さんが書き加えられています。


この映画ポスターが、すごくハリウッド的。グレゴリー・ペックは顔が端正すぎて、ハリーのイメージではないかな。

タイトルの下に、虫みたいな小さな字で、ヘミングウェイの名前が書いてあります。


映画の初めのシーンはベットにいる彼が、木の上の3匹のハゲタカを見ているところです。

彼の顔の上に影が動いて、それはヘレンが大きなシダの葉で、風を送っているのです。


ハリーが2週間前にイバラの棘にさされて、それが悪化し壊疽になっている設定は、小説と同じです。

ヘレンが「わたしに何かできることはないかしら」と尋ねます。

「脚を切るか、殺してくれ」とハリーが言い、「メロドラマチックにならないで」とヘレン。冷静です。


ハゲタカはいつもそこにいたけれど、見過ごしていただけだとも。

映画のヘレンは理知的で、若くて、美しく、強い意志をもっています。

小説では年上で、美人でなく、しかし、また超がつくほどの資産家でしたが、映画のヘレンはそれほどのお金持ちではありません。


ハリーはいらいらとて何かと喧嘩を売り、自分は作家として「落第者」として死んでいくのだと言います。

「もし死ぬとしたら、そんなふうに何もかも、ぶち壊していかなければならないわけ?

ハリーは作家としての出発点になった初恋の話をしようとしますが、ヘレンは「聞きたいかどうかはわからない」と言います。


最初のガールフレンドはコニーといい、湖のそばのビル叔父さんの家に連れていった時、叔父さんがふらふらしている女だというようなことを言ったらしく、コニーは怒って去ってしまいます。

叔父さんはハリーに、おまえは作家になりたいのかと訊きます。


作家には二種類あり、ひとつは特に女性からは人気があり、たくさんのお金がはいるようなタイプ。もうひとつは、長い苦労と孤独からものを書くタイプ。

「書くというのは、サハリで狩りをするようなものだ」と叔父は言い、来週の誕生日を前に、スプリングフィールド(ライフル)をくれます。


それから数年後、ハリーはパリにいますが、まだ何も書けていません。

ある夜、とあるバーで、魅力的なシンシア・グリーンに出会い、恋に落ちます。


ふたりはパリの庶民的な地区に住み、ハリーは執筆に励みます。

そして、本が出版されお金がはいり、憧れだったアフリカに行きます。

最高に幸せな時で、ハリーは狩猟を楽しみますが、シンシアは実はそういうことは好きではありません。でも、ハリーを愛していたので、付き合っているのです。

シンシアは優しくて、繊細で、尽くしてしまうタイプです。

ハリーは本を書き続け売れていき、シンシアはおだやかな家庭を望みます。


しかし、彼は今度はスペインに行くと言います。シンシアは妊娠したのですが、それを言えないでいたのです。ハリーはまだ若いのだから、落ち着くのはもっと先で、今はいろんな所へ行き、いろんなものを見たいと思っています。シンシアは階段から落ちて(自分で落ちたようです)流産してしまいます。


ふたりはスペインに行き、ハリーは闘牛などを楽しみます。

しかし、シンシアは鬱になり、アルコールの量が増えています。

ホテルのレストランで、ハリーは今度は特派員としてシリアに行くと言います。シンシアが強く反対するので、ハリーはその話を断るための電報を打ちに受付までいきます。戻ってくると、シンシアの姿がありません。ボーイが来て、フラメンコダンサーと出ていったと言います。「もう帰ってはこない」というメッセージを残して。


それから、ハリーはリヴィエラで休暇中に、エリザベス(リズ)と出会い、彼女の海の見える邸宅に住むことになります。

リズは伯爵ですが、フランスでは爵位が廃止されていますし、アクセントがありますから、ドイツ人でしょうか。情熱的で、奔放、海でも、全裸で泳ぎます。


こういう強烈に個性的な女性でないと、シンシアの記憶を消せないのでしょう。

リズは独占欲が強くて、彼への手紙は全部チェックします。


そんな時、ビル叔父さんが訪ねてきます。

その頃のハリーは女ができるたびにその話を書いて、人気作家になっていました。ハリウッドからも、グレタ・ガルボで映画を作るという話もあります。今は、「自分との会話、成功への道」という本を書いているところです。


ハリーはビル叔父さんに、自分の本など読んではいないのだろうと言います。

おじさんは(この人も作家らしいです)、自分の本は図書館と博物館にあるだけだと言います。

そして、「最近、アフリカには行っているのか」と訊きます。


ある日、リズが手紙を持ってきます。

「マドリードから」

それは忘れもしないシンシア・グリーンからの返事でした。しかし、リズは封筒をあけないで、粉々に引きちぎってしまうのです。


ハリーはリズと別れて、スペインに行きます。

いくら捜してもシンシアは見つからず、彼はスペイン内戦に加わります。

ある日、戦場で、射撃線のさなか、一台の横転したジープの下敷きになっているシンシアを見つけます。ようやく会えたシンシアですが、彼女はハリーの腕の中で息絶えます。


パリに帰ったハリーは、ビル叔父を訪ねます。彼は今はパリで博物館を開いていたのですが、死にかかっていました。

ハリーは叔父さんに、自分の本など読んでいないのだろうと言います。

「読んでいるさ。そこにある。その本を取ってくれ」

それは彼がリヴィエラで書いた「成功への道」でした。

「でも、終りまでは読んではいない」とハリー。

つまり、読むに堪えられない作品だったということですよね。

「その中の封筒を取ってくれ」

そして、その封筒の中のものは、彼が死んだ後で読むようにと言います。



ビル叔父が死んだ後、女友達と、昔シンシアと出会ったバーに行き、その封筒をあけます。

そこに書いてあったのが、小説の冒頭にあったこの文章です。

「キリマンジャロは標高19170フィートの雪に覆われた山で、アフリカでもっとも高い山であると言われている。西側の頂はマサイ語で、「Ngaje Ngai」、神の家と呼ばれている。

その頂の近くに、干からびて凍った豹の死骸がある。

豹がこんな高所に、何を求めてやってきたのか、誰も知りはしない」

映画では、これがビル叔父さんの遺言だったということになっています。


その後、ハリーはどうしても寂しくてたまらない夜、ノートルダムの近くの橋で煙草を吸っていると、ある女性が煙草の火を貸してほしいと言います。暗闇の中でその女性の見て、ハリーは一瞬、シンシアが戻ってきたかと思うのですが、それがヘレンでした。

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